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夜桜神楽  作者: 武神
第一章 京料理は愛を育むのかもしれない
10/18

什ノ夜 覚悟しているのと、そうでないのとでは大分違う

元々本編に祈祷師の人間は咲良以外に出す予定が有りませんでした。

つまり、このスピンオフの為だけに急遽設定したという……

「北神宗次…………? あぁ、思い出しましたわ。あの変態ロリコン祈祷師ですわね。確か咲良、貴女の大叔父でなくて?」



 西薗彩乃が不思議そうな顔で私の方を見てくる。

 いや、そこで私の方を見ないでほしいんだけど…………。



「あんなの親戚と思いたくないわよ。ホントあんなロリコン、さっさと悪霊に呪われれば良いのよ」



 北神宗次は私の大叔父で、一言で言えば「勘違いロリコンオヤジ」。北神分家の中では大した力も持っていないくせに、やたらと血筋を自慢したがる。しかもロリコン。

 私も昔から北神家の集まりで集まった時に、あの厭らしい目で全身を舐めるように見られて、本当に気持ち悪かった。

 隣の西薗彩乃なんて私よりも童顔かつ幼児体型なんだから、トラウマ級のセクハラされてても不思議じゃない。流石にちょっと可哀想になるわね。



「まあ彼が性的倒錯者かどうかは正直言って私にはどうでもいい話なんですがね。どうにもNOIRの店主さんは運の無い人のようです。店への入口を作る場所が悪かった」


「あ、そっか…………! 下賀茂神社は宇治北神家の息がかかった場所…………。だからアイツ――――」


「ええ。自分のお膝元でそんな噂が飛び交っているのが許せなかった――――そんなところでしょう」



 私は思わずイラッとして、神童特級に注いでもらったジンジャエールを一気に飲み干した。

 アイツはいつもそうだ。野心と虚栄心ばかり強くて、周りの環境だとか影響、反応なんてもの全部無視する。全部自分が良ければそれでいい。そんな考えの持ち主。

 特級への昇格条件に性格検査が有れば絶対に落とされていると断言できる位に性格がネジ曲がっている。ホント、さっさとくたばらないかしら。



「ともかく。わたしが気が付いた段階で、既に彼の独断の命令で調査班と言う名の討伐隊の選定が始まっていたんです。手段を選んでいる場合ではありませんでした。私は即座に本部に報告を入れると、私が調査報告を入れるまで決して安易な調査隊派遣をしないよう要請したのです」


「そう…………だったんですね…………。でも、神童さんがどうしてそこまで…………?」


「誰かが誰かの世界を壊す事など……そんな権利など誰も持ち合わせては居ないのです。私にも君にも、もちろん北神特級祈祷師にも。それでもどうしても手を下さないといけない時もありますが、北神特級はそうじゃない。彼は自分の為に他の人の世界を壊そうとしている。ただそれだけの事です。」



 それならそれで、私に一言教えてくれても良かったとは思うけど。でも、彼の言葉を信じるのであれば、彼は大叔父の暴挙をすんでのところで止めてくれた恩人ということになるのだろう。相変わらず彼の言っている事はよくわからないけど。それでもあの店主さんの事を想っての行動だった事は私にもわかった。



「ですが、さすがの私にできたのもココまでです。明後日の夜、私が調査に向かう事になっています。それを過ぎれば、対策院は容赦なく討伐隊をNOIRへと差し向けるでしょう」


「わかり……ました……」



 急に戻ってきた現実感に私は再び翻弄されてしまう。

 彼の言葉が本当なら、私に残されているのは後1日しかない。

 後1日の間に彼女の抱える矛盾を解決して、NOIRが存在する"あの場所"を安定させなければならない。


 事態が飲み込めたとしても、何の道も見えていないっていうのに、私に何をしろって言うのよ。

 わからない…………わからない…………っ!



「でも神童様? 関西支局がそこまで進めていた案件を、本部の力を使ったとはいえ一時的に保留させるなんて…………。どういう手を使ったんですの?」



 何とかあの店主さんを救う道がないかと思い悩む私と違って、空気を読めていない隣のポンコツお嬢様が、そんなどうでもいいことを聞き始めた。

 そんな事、今どうでも良いじゃない…………。



「まあそれは…………知らない方が身のためだと思いますよ?」


「え゛…………?」


「ご心配なく。法にもとる様な事は一切しておりませんので」



 神童特級は満面笑みで言っていたけれど。

 私は彼が恐ろしくてかなわなかった。いくら発言権も影響力も持っていたとしても、どうして別班の祈祷師、それも関西の特級祈祷師の出撃を止められるんだろう。


 西薗彩乃の疑問も確かに頷けるけど…………。

 私はただ、彼の得体の知れなさに肝を冷やす事しか出来なかった。

 ちなみに彼がご馳走してくれた料理はとても美味しかった。彼のお店を見る能力はどうも1000%らしい。





 翌日。

 私は最後のチャンスを無駄にしないように、再び「異世界京料理カフェ&バー NOIR」への道を歩いていた。



「きっとこれが、私がただのお客さんとしてあそこに足を踏み入れる、最後の機会になる」



 そんなわかり切った事を改めて口にしないといけない程には、私の心も参っていた。

 今回、あのお店に行って『店主さんの最初の想い』が何であったのかを見つけ出せなければ、今度こそ本当におしまいだ。私は為す術もなく店主さんが除霊されていくのを見ている事しかできないだろう。


 でも、そんな私の感傷をもう一人の私が冷ややかに見ている事も知っていた。

 だってどちらも私自身なのだもの。



(何としても手掛かりを見つけて、NOIRの――――店主さんを助けてあげたいのよ!)


(バカを言わないで。西薗彩乃の言う通り私は彼女に肩入れしすぎたのよ。私がやろうとしているのは、いつもの仕事と同じ。いい加減割り切りなさい)


(でも、私はあの霊(彼女)に勇気を貰った! 見失っていた目標を今一度思い出させて貰った! その恩は返したい!!!!)


(笑わせないで。別にあの霊(彼女)は私に対してそういう気持ちで向かってきたわけじゃない。ただたまたま彼女の言葉と境遇が私に()()()()だけよ。別に私が恩に感じる必要なんて無いわ)



 そんな風に延々と私の中で二人の私が言い争いを繰り広げているうちに、私はとうとうNOIRへの"入口"を通り、その店の前へと出てしまっていた。

 私がこの店に来るのはこれで3回目。

 だけど、前回は勿論、初めて来たときよりも私の足取りは重い。

 両足首に鉛の板を仕込んだかのように、足を前に動かすのがしんどい。



「はぁ…………っ。こんなに気分の乗らない仕事は初めてね…………ゴシックドレスも一番のお気に入りを着てるのに…………」



 前回ここに来た時の様な前向きな気持ちなど、今の私には微塵も無い。

 服装だって前回みたいな私服じゃない。ちゃんとした仕事着だ。それも一番気合いの入る。

 まあ、その効果のほどは今の私を見れば一目瞭然だけど。


 私は重い足取りを引きずったまま扉の方へと近づいていく。

 そしてその扉の取っ手に手をかけようとした瞬間――――



「~~~――――♪ ~~~♪」



 とても美しい歌声が微かに私の鼓膜を震わせた。

 今まで聞いた事も無い様な美しい声――――それは金糸雀の如く甲高くも心の琴線に触れる綺麗な歌声。

 スピーカーからではない、明らかに生の声であるその声が私の耳に届いていた。

 私は聞き惚れていたかもしれない。

 もしその歌声が恐ろしく音痴でなければ。

 何を歌っているのかここからではわからないけれども、明らかに音程を外している事は火を見るよりも明らかだった。


 その気高くもどこか間抜けな声を聴いた私は、扉を開ける事を最早躊躇わなくなっている。

 どこの誰かはわからないけど、陽気な先客もいるようだし。

 どうせ最後なら、私も楽しみましょう。その先に見えるものがあるかもしれないし。

 そんな一種の期待を持って私は扉を開ける。



「…………」



 ドアの向こう側は一種の地獄(ゲヘナ)だった。

 そこら中に散らかるお菓子とナッツの残骸、そして酒瓶。

 店主さんは明らかに酔っぱらった感じでカウンターにもたれかかってるし、窓際ではとても長い黒髪に2つのお団子を作った綺麗な子が狂った様に歌っていた。

 服は別にこれといって特徴のないカーディガンと黒のプリーツスカートだけど、片目に眼帯をしていたり、どこか薄汚れた様子もあって、あまりお近づきになりたいタイプの人では無かった。

 …………新種の厨二病?


 店主さんは私の姿を見るなり、慌てた様子で居住まいを正した。

 そんな様子がおかしくて。私の口角は思わず上がってしまう。



「…………あのー、まだランチいける? …………無理そうね」



 私はこの店に入る前から先客が居る事は知っていたのだけれど、敢えて知らない風を装った。

 彼女に入店を断られてしまう事をどこかで望んでいるかのように。



「いやいやいや、いいんですよ、まだギリギリ13時52分ですから……」


「…………でも、ほかにお客さん、いるわよ?」



 この店に入る事はできたけれども。

 でも、彼女と話しても何の手掛かりも見つけられなかった時の事を考えると――――

 この店に入った時点で。いや、あの日、女将さんの依頼を受けてこの店を訪れようと思ったあの瞬間から賽は投げられていたというのに。

 ここで入店を断られて帰る事になれば、自分の心を誤魔化せるだなんて、そんな卑怯な事をまだ考えているのだ。


 私はどこまでズルい人間なんだろう。

 私はいつまで臭い物に蓋をして、見たくないものから目を逸らし続けるんだろう。

 5年前、一哉兄ぃと疎遠になってしまったのだって、結局は彼が私に構ってくれないという現実からただ目を逸らしていたのが原因だったのに。 


 そんな私の気持ちを勘違いしたのか、店主さんは私にニッコリと微笑みかけると、カウンターを布巾で拭きながら、私を安心させるように話しかけてきた。



「ああ、1日1人縛りって、アレ僕の気分ですから……貴方なら全然オッケーですよ。ランチ、何にします? さっきカッペリーニ作ったんですけど」


「……………まあ、もう、それでいいわよ」


「了解」



 私はそんな自分自身の心をさらに誤魔化すように、彼女の提案をそのまま受けた。

 別にお腹がすいているわけじゃない。

 本当はそんな事しに来たわけじゃない。

 だけど私には、彼女の勧めるまま、客としての役割を演じるしかできる事は無かったのだ。


 やっぱりひどく酔っぱらってるんだと思う。

 フラフラと調理場へと戻り、珍しく危なっかしい手つきで調理する店主さんをただ眺めていた。

 冷蔵庫からトマトを取り出して、賽の目に刻みながらパスタを茹でる水に火をかけている。

 確かに危なっかしいけれども。

 でも、店主さんはやっぱり手慣れた様子で次々と調理を進めていく。



「…………酒盛り中だったの?」


「乾杯中です」



 店主さんは私の質問に答えつつ、細目のパスタを鍋に投入。その後、トマトとバジルをオリーブオイルで混ぜ合わせる作業に移行していく。

 私は今も愉しそうにヘタクソな歌を歌い続ける後ろの女の子の事を尋ねる事にした。



「…………いや、楽しいお客さんだなって思って………………」


「なんと王女様なんですよ。たまたま来てもらって……なんか、どうも、ちょっとこの世界の住人じゃ無い方っぽいですけど、世界って広いんですね」


「…………………この世界じゃ無い?」


「つまり、僕たちの知っている世界と、違うと言う意味で。シュラーフって聞いたことあります?」



 私は――――。

 私はその言葉を聞きたくは無かった。

 だけど、可能性としては想定していた。

 昨日の晩、神童特級に話を――――このNOIRを取り巻く状況を聞かされていたから。


 正直言って私は世界が通じるだとか、別の時間と繋がるだとかそんな事信じてなかった。

 店主さんの言葉だって、ただの伊達と酔狂と聞き流す事だってできた筈だった。

 だけど。神童特級の話、店主さんが発した「シュラーフ」という謎の単語、そして違う世界の住人だという言葉。そして、私のすぐ後ろにいる音痴な女の子が纏う高貴なオーラ。それらが合わさって、本当に異世界などというファンタジーなものが存在するという事を理解させられてしまう。

 そして、後ろの女の子が本当に異世界から来た人間だという事も。



 そうしている間にも、店主さんはパスタを冷水で締めて、手早くトマト&バジルと混ぜ合わせて胡椒を多めに振りかけた。



「…………いえ。 初耳だわ。…………でも、こちらの王女様……? が、さっきから大声で歌っていらっしゃる曲には、聞き覚えがあるけど…………」


「え、そうなんです?」



 私の前に、食べるラー油を添えた少し深い角皿に盛られたカッペリーニが置かれた。

 そしてもう一つ、木鉢に盛られたサラダ。



「さすがに私もQueenの有名どころの曲くらい知ってるわよ。Bohemian Rhapsodyでしょ、あ、意外とオペラ・パートまで上手いし…………」


「………………クイーン?」



 彼女が歌っているのは私ですらよく知っている曲。

 そしてなぜか彼女はこの曲だけは歌うのが上手かった。

 そこまで言って私は自分の言葉に疑問を持った。

 なぜ、暫定異世界人の彼女がこの世界の曲を知ってるんだろう。

 だけど、考えたところで答えは出ない。



「ほらほら、そこのお姉さん。私と一緒に歌いましょう♪」



 恐ろしく酒臭い眼帯の女の子に連れられて私も一緒に歌う羽目になった。

 そしてそれは――――自分でも驚いたけれども、嫌じゃなかった。

 そうして楽しい時間は過ぎていく。

 時には店主さんを交えて。

 色々な話をしながら時は過ぎていく。



 そして私は終ぞ、彼女から彼女の"最初の想い"を聞き出す事が出来なかった。

最後まで読んでいただきましてありがとうございます。

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次話、第11話は4/21 22:00掲載です。

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