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アルプスの傭兵 ハイジ  作者: エムポチ
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毒ガス

 東部戦線において、ドイツ軍はロシア軍に大勝利を挙げた。

 膠着する西部戦線に対して、大きな勝利を得た事で、当初、西部戦線に力を注ぐはずだったドイツ軍は次第に東部戦線にも戦力を割く事になる。

 東部戦線での活躍も評価され、ハイジ達の部隊は再び、西部戦線に戻される事が決定した。

 ベルリンにて、三日の休息が許されたハイジ達は久しぶりの都会での休暇を満喫する。

 ハイジは年頃のお嬢様とは違っていた。

 お洒落には興味が無い上に、あまり食事などにも興味が無い。はっきり言えば、都会で楽しみを得る存在では無い上に、女性という存在からも程遠いのだった。

 兵隊の中において、彼女が女性と思われないのもそんなところが露出しているからだろう。

 ハイジは軍服姿でベルリンの街を歩く。

 移動中の兵士なんてのは持ち物に限りがある。私服を持ち歩く兵士など存在しない。

 荷物の殆どは間借りしている兵舎に置いてあるが、モーゼルピストルだけは持ち歩いている。

 彼女のお供でマンシュリッターも隣を歩いている。

 「ベルリンかぁ。久しぶりだなぁ」

 「マンシュリッターはベルリンに来た事があるの?」

 「あぁ、昔ね。綺麗な街で僕は好きだなぁ」

 「そうね。確かに綺麗な街ね。でも空は黒煙で汚れているわ」

 「あぁ・・・まぁ、どうしてもね」

 ハイジは工場地帯の汚れた空が嫌いだ。

 美しいアルプスの山々で育ったのだから、当然だった。

 今でもあの美しいアルプスの山々に帰りたいと思っている。

 「ハイジは山育ちだけど・・・故郷に帰りたいとかないの?」

 「故郷に・・・もう家も無いから・・・帰るとしたら、十分に稼いだらの話よ」

 「なるほど・・・家畜とかそれなりに買えるだけの資金を手に入れるために傭兵に?」

 「最初はお爺さんが死んで、生活が苦しくなったからよ。故郷を出た時から帰れるなんて思っていないわ」

 「ふーん・・・まぁ、僕も似たようなもんだけどね」

 「あなたも故郷を捨てたの?」

 「いや・・・僕は10人兄弟の末でね。実家はそれほど、金持ちでも無いから、戻るに戻れないよ」

 「色々と大変なのね」

 「あぁ・・・」

 ブラブラと二人はベルリン観光を楽しんだ。

 この頃、ベルリンは大きな戦争をやっているような感じでは無かった。

 無論、徴兵などにより、男手は少なかった。そのせいか、活気は減っていたが、それでも帝都らしく、多くの商品に溢れ、煌びやかな女性の姿なども垣間見えた。

 

 短い休暇を楽しみ、ハイジ達は西部戦線へと送り込まれた。

 西部戦線の侵攻はパリを目前にして、フランス軍の決死の反撃により、後退を余儀無くされる。エーヌ川のラインまで後退して、陣地を構築した。結果として、戦線は膠着していた。そこから塹壕を海岸線にまで伸ばしながら、遠大な塹壕が掘られ、それは幾重にも構築され、機関銃が設置され、目の前に迫る敵の突撃を食い止める事になった。

 結果として、旧来の戦法は悪戯に被害を生じさせるだけとなり、互いに相手の塹壕線を突破する方法を失っていく事になる。この事が戦線の膠着化に拍車を掛けた。

 ハイジ達が送り込まれた場所はベルギーであった。

 ドイツ軍は膠着化した戦線において、不用意に攻撃を始める事は悪戯に被害を増やすとして、このまま、長期化を望んだ。だが、思わぬ形で進撃が進む東部前線における攻勢を偽装する為にベルギーにて、新たな攻撃を計画した。ただし、損害を増やす事を嫌ったドイツ軍は東部前線において、新たに毒ガスを投じる事にした。

 ハイジ達がここに送り込まれたのにはガスマスクをすでに携帯している事と毒ガス攻撃の経験があるからだ。彼女達は攻撃後の敵状況を確認する事であった。危険な任務ではあるが、戦果を確認する事は重要な任務であった。


 「また、毒ガスを使うの?」

 ハイジは呆れたようにマンシュリッターに言う。

 作戦に関してはすでに伝えられている。だが、東部戦線での実績を知るハイジからすれば、毒ガスがそれほどに効果があるとは思っていなかった。

 「何でも今回はまた違う薬品を使うそうだよ」

 マンシュリッターと言えども、全てを知り得るわけが無い。ただ、他の部隊の兵士と気軽に声を掛け合う事が出来る彼だからこそ、様々な情報を断片的に得る事が出来るだけだ。だが、それは最前線において、とても大切な事であった。

 作戦が開始される。前線部隊は目立って、前に出る事は無い。後方に位置していた砲兵部隊は少しでも敵陣地に近付く為に前に出される。そして木箱に詰められた砲弾が丁寧に装填される。それらを扱う砲兵達は慣れないガスマスクを被る。重労働の中でガスマスクはとても苦しい物だが、それでもその砲弾に詰められている毒ガスが万が一にも漏れれば、彼らは確実に死ぬ。上官からはそう教わっている。火薬よりも恐ろしい武器だと。

 次々と発射される砲弾。

 それは弧を描き、敵陣営近くへと落下していく。最前線へとなっている場所には幾重にも塹壕が掘られている。ただの砲弾であるならば、直撃で無い以上、容易に人的被害を出す事はこの塹壕によって、難しいことは誰もが解っていた。だから、着弾した事に驚く事はなかった。ただし、砲弾は爆発しなかった。

 不発弾?

 誰もが思った。だが、着弾と同時に砲弾からガスが噴き出した。それは一気に周囲に広まる。ガスに用いられたのは塩素ガス。塩素ガスは空気より重い為、地面を這うように広まる。それは当然ながら、塹壕へと入り込み、留まる。そこに居た兵士達は黄緑色の空気が流れ込み、同時に皮膚や目が痛み、息をすれば、強い刺激臭を感じ、喉が焼かれる。息をする事も出来なくなり、悶え苦しみながらその場に倒れていく。

 

 毒ガスが初めて、効果的に威力を発揮した。

 何の対策も知識も無い兵士達はただ、苦しみ、塹壕で重なるように倒れて行くしかない。

 何とか逃げ出した者も肌や目などにガスの影響を受けて、死なないまでも倒れ込むしか無かった。

 敵の衛生兵は初めて見る症状に右往左往する。戦場の衛生兵や軍医はその多くが傷や疾病に対する事にしか対応しておらず、毒ガスについての知識は皆無であり、その対策も皆無であった。

 ただ、大勢の兵士が一斉に倒れて行く。そんな有様だった。

 

 ハイジ達は無力化された敵陣地へと近付く。

 「まるで地獄みたいね」

 ハイジは銃を構え、照準鏡で惨状を眺める。その中にはピクピクと痙攣をしている敵兵の姿がある。

 「すごいな。前の時より格段に効果がある」

 マンシュリッターも驚いていた。

 彼らは戦果を確認しながら歩き、逃げ出す者を片っ端から射殺した。

 彼等が持ち帰った戦果によって、毒ガスの有用性が確認され、ドイツ軍は更に毒ガスの開発に邁進する事になった。 

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