勝利
ハイジ達の部隊は東プロイセンの脅威を排除すべく、前進を続けた。
東欧の冬は極寒であった。
緯度の高いドイツも寒冷地には違いないが、それでも東欧の冬は厳しかった。
それはアルプス育ちのハイジにも同じだった。
凍てつく大地。
それでも彼らはロシア帝国との激しい戦いに明け暮れた。
膠着する西部戦線に比べ、東部戦線は激しい攻防を繰り返した。
野砲が火を噴き、騎兵が戦場を駆け巡り、歩兵達は泥を跳ね飛ばしながら突撃を繰り返した。
ハイジ達は猟兵として、遊撃にて、敵を翻弄していた。
ありったけの銃弾を撃ち終えれば、前線の後方に戻れる。
ハイジは凍る息を吐きながら、ひたすらに狙撃を続けた。
凍って堅いパン。すぐに冷めるスープ。
極寒の戦場は酷い有様であった。
「ハイジ。そいつで今日は3人目だ」
遊撃によって駆逐されるのは敵の伝令であったり、偵察部隊である。
ロシア軍からすれば、それらが駆逐されるだけでも厄介であった。
白い大地の上で鮮血を垂れ流して転がる死体を眺めながら、ハイジはコーヒーを口にする。
「ポーランドは冷えるわね。それに雪も凄い」
積もる雪を眺めて、ハイジは感嘆する。
「戦場なのにのんびりしたもんだ」
のんびりとしたハイジを見て、マンシュリッターは笑う。
「笑わないでよ。これでも必死よ。ロシア軍だって必死みたいだし」
「誰だって、戦場じゃ必死だよ。だけど、思ったよりも圧勝な感じだね」
事実、ドイツ軍はロシア軍に対して、優勢であった。しかしながら、それは必ずしも当初からそうであったわけでは無く、数的、地学的にもロシア側に利があったわけで、ここにおいて、ドイツ軍が優勢であるのはロシア軍の連携の悪さと前代的な用兵、士気の低さによるものだ。
ロシア帝国軍はドイツ軍に追い詰められていた。
アウグストゥフの原生林の中でハイジ達も後詰とも言える状況で索敵に投じられていた。
深い森の中、ロシア軍は後退を続けた。それを追うドイツ軍。
ハイジ達は小径を進み、先へと急いだ。
必死の行軍にハイジ達の息は切れる。肩で息をしながら、彼らは敵を求めて進む。
「馬が欲しいわね」
ハイジは疲労を見せながら呟く。
「ハイジは馬なんて乗れないだろ?」
マンシュリッターは笑いながら答える。
「あんただって、乗れないでしょ?」
ハイジは悔しそうに答える。だが、それもすぐに終わるを告げる。
「お前ら、敵だ。敵のケツが見えたぞ」
曹長が叫ぶ。それを聞いて、ハイジ達はようやく足を緩められると喜ぶ。
ハイジは担いでいた小銃を手に持ち直す。
「ハイジ。あいつらの動きを止めるだけで良い。殿の指揮官の腹でも撃ち抜いてやれ」
小隊長の指示に従い、700メートル近く離れた敵の隊列から指揮官らしき者を探し出し、狙った。
一発の銃声が鳴り響く。弾丸は背中から彼の腹を撃ち抜いた。
その一発で敵の行軍が止まった。
「どこからだ!」「後ろだ!うしろ!」「どこにも敵の姿が見えないぞ!」
ロシア軍は慌てた。撃たれた指揮官は慌てて部下に担がれ、茂みへと隠れる。
それを見ていた小隊長はニヤついた。
「ハイジ。よくやった。見事だ。あいつら、慌ててるぞ。見当違いの場所を探してやがる」
マンシュリッターは茂みの中で双眼鏡を手に敵を探る。
「ハイジ。次はあの機関銃を担いでいる奴をやれ。少しでも火力を削った方が良い」
「わかった」
ハイジは茂みに潜むように伏せて、手にした銃を構えた。
彼等は決して、姿を晒さない。
こうして、敵の妨害をする事が彼らの任務だからだ。
一度、行軍を止めた部隊は簡単には動けない。そうこうしている間に追撃をしているドイツ軍の餌食になるのだ。
ハイジは敵が動きそうになれば、1人づつ、狙撃した。
倒れる兵士はその一発で死ぬ事は無かった。だが、重傷を負い、1人で動く事は出来ない。
まだ、狙撃技術が固まってはいない時代ではあったが、彼らは本能的にどうすれば、相手を妨害する事ができるかを知っていた。
指揮官を殺す。機関銃などの火力を潰す。伝令を殺す。負傷者を増やす。狙撃は少数の部隊における最も効果的な攻撃オプションだった。
ハイジはその天才的な狙撃技術で、敵を翻弄した。
ドイツ軍において、狙撃は一つの技術として認識されるに至った。
それは狙撃銃の開発に及ぶが、この時点においてはまだ、精度が高い個体を選抜して、光学機器メーカーによって開発された光学照準器を搭載させる程度に留まるが、光学照準器の性能はその効果の高さから、民生用として、開発が進む事になった。
結果として、ロシア軍はこの森で降伏をする事になり、9万人の兵と300門の大砲を失う事になった。
ハイジ達はこの戦いの終りと共に休憩を含めて、一旦、ドイツへと後退するように命じられた。
数カ月に及ぶ戦場暮らしでハイジ達も相当に疲労が溜まっていた。
ポーランドの端まで移動を終えて、そこから列車にて、ドイツ本国へと移動をした。
空になった貨物車に詰め込まれたハイジ達は揺られながら、藁のベッドで眠っていた。