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アルプスの傭兵 ハイジ  作者: エムポチ
6/17

東部前線

 態勢を整えたフランス軍はマルヌ会戦にて、ドイツ軍の進撃を食い止めた。

 マルヌ河畔に掘られた長い塹壕にて、機関銃と小銃にて、進んで来るドイツ軍を撃退するフランス軍。戦争の様相はそれまでの戦争から塹壕戦という形に変わっていった。

 

 ハイジは膠着する戦線を横目に敵前線に幾度か接近して、様子を伺っていた。

 ハイジは照準鏡で塹壕の様子を伺う。

 「塹壕って・・・思ったよりも狙い辛いわ」

 「要塞に比べたら、単なる穴だから、爆弾でも投げ込んだら終わりそうだけど」

 「そこまで近付く前に機関銃で撃ち殺されるわ。今までみたいに相手に向かって突撃をしていたら、どれだけ被害が出るか」

 ハイジは冷静に塹壕を分析した。

 彼女の分析通り、塹壕は戦争の形を変える物となった。

 堅牢な要塞を建築する程、費用も時間も掛からず、相手の銃弾から身を守れ、突撃してくる敵には重たい機関銃で攻撃をする事が出来る。更に後方に野砲を配置すれば、そこは鉄壁の防御線となる。

 膠着した戦線においては塹壕による防御線の構築はより強固となっていく。塹壕は幾重にも掘られ、要所要所に機関銃や野砲が置かれた。

 両軍は互いに塹壕による陣地と前線の構築を始め、西部戦線は完全に膠着化し、ドイツ軍が当初、描いた1カ月内のフランス攻略は頓挫した。

 ハイジ達の任務にも変化があった。

 塹壕の突破を優先するドイツ軍はフランス軍の陣地に穴が無いかを探る為に彼らに偵察任務を指示した。

 

 ハイジ達は少数で森や林を抜け、敵の陣地へと接近する。当然ながら、敵もこうした見通しの悪い場所には少数の部隊によるパトロールを行い、警戒を怠らない。ドイツ軍に深く入り込まれた英仏軍はこれ以上の侵攻を許すまじと徹底抗戦を決めていた。

 ハイジは静かに茂みを掻き分ける。手にはモーゼルC96。

 いきなり敵と遭遇する可能性は高い。緊張感が高まる。

 そして、何事も無く、敵陣地が見渡せる場所へと到達した。

 「長い塹壕を幾重にも・・・後方には大砲があるわ」

 ハイジは数百メートル先まで見渡した。

 「ハイジはよく双眼鏡も無しに見えるね。しかし、塹壕もこれだけ迷路みたいに掘れば、立派な陣地だな。まるでアリの巣だ」

 「アリの巣?」

 ハイジは不思議そうに尋ねる。

 「あぁ、アリの巣だ。アリは地中に枝分かれするようにトンネルを掘って、巣を作るのさ。まさにこんな感じだよ」

 「へぇ・・・アリの巣か・・・。それはおもしろいわ」

 「君が面白いなんて、珍しいね」

 「私だって、面白いと感じる時はあるわ。あなたが普段、あまりにつまらないだけよ」

 ハイジは小銃を構える。

 「ここで指揮官を撃っても効果は無いよ。相手は持ち場の決まっている連中だ。指揮官を失っても機能不全に陥らない」

 「じゃあ、機関銃手?」

 「それも意味は無いよ。代わりはいくらでもいる」

 「何なのよ。私がここまで来た意味が無いじゃない」

 ハイジがそう言う間にマンりっひはスケッチをしていた。

 「上手な絵ね」

 「あぁ、こうして、敵陣地を詳しく分かり易くするのさ。そうすれば、攻撃を仕掛ける時のヒントになる」

 「なるほど。じゃあ、私の出番は無しね」

 「そんな事も無いさ。ここまで来るにも帰るにも君の力が無いと無理だからね。とてもこんな敵陣深くまでは進めないよ」

 スケッチを終えたマンシュリッターは笑った。

 

 西部戦線は完全に膠着状態に陥った。

 塹壕掘りが兵士達の日課となり、機関銃手は幾度となく突撃を繰り返す敵兵を追い返すのが日課だった。電話回線のリールを背負った兵士は前線から後方の指揮所へと回線を繋ぐ事。

 長い塹壕戦は敵を後方へと侵攻させる事も不可能にした。ハイジ達のような小規模な部隊でも後方へと潜入する事はほぼ、不可能になっていた。

 その為、敵の後方を知る為に新たに投じられたのが航空機だった。大戦が始まる前に開発された航空機は数年で性能を各段に向上していた。それでも戦闘兵器としてはあまり評価はされていなかった。少なからず、手りゅう弾を地上に落とす程度ぐらいだった。だが、それでも兵器としての価値があるとなれば、それを撃ち落とす為に飛行機に機関銃が搭載された。

 やがて、空では飛行機同士の戦いが始まるようになった。飛行機は偵察任務から攻撃兵器へと変貌を遂げるのに時間は掛からなかった。

 

 膠着した西部戦線では特に任務も無くなったハイジ達は東部戦線へと移される事が決定した。ハイジ達は列車に乗せられ、ベルリンを経由して、東プロイセンへと向かった。

 東プロイセンはロシア軍の想像以上の早い進軍に対抗が出来ず、後退を余儀無くされていた。その為、ロシア軍の侵攻を食い止める為に戦力の増強が不可欠であった。

 列車での移動はハイジ達に久しぶりに休息となった。

 ハイジは降り立った東プロイセンの地を眺めた。西部戦線と違い、色合いは暗く、肌寒く感じる土地だった。

 「ロシアの熊共はこの地を奪い取る為に雪崩れ込んでいる。我々は敵の後方に潜入し、敵の指揮官、伝令、後方部隊の破壊を行い、進軍を遅らせる」

 小隊長の指示に従い、ハイジ達は馬車に乗り込み、前線へと送り込まれた。

 タンネンベルクにて陣地を構築したドイツ軍はロシア軍を各個殲滅する作戦を計画していた。その為には2手に分れているロシア軍を完全に分断する必要があった。

 ハイジ達の役目はロシア軍の伝令を徹底的に潰す事である。

 まだ、無線機などもまともに無い時代である。移動する部隊同士の連絡手段は伝令以外に無かった。

 

 ハイジ達は少数の部隊に分けられ、敵地へと潜入した。

 ハイジとマンシュリッターは森の中を静かに突き進む。

 マンシュリッターは曖昧な地図を眺めながら、冷静に伝令が通るであろう道を探し出す。

 伝令は基本的に少数での移動になる。大抵は馬を使う為、移動は街道なり、整地された道を使うのが普通であった。

 街道が見通せる丘の茂みに潜んだ二人は静かに敵の伝令が現れるのを待った。

 「ハイジ。よくこの退屈な時間を何もせずに待っていられるね?」

 数時間。何もしない事に飽きたマンシュリッターが隣でただ銃を構えるだけのハイジに尋ねる。

 「おんじ・・・お爺さんが言っていたわ。猟師は獲物を待つものだと。我慢比べに勝った者が報酬を得られるんだと」

 「へぇ・・・お爺さんは色々と知っているんだね」

 「傭兵の前は猟師をしていたらしいわ。銃の腕前を買われて傭兵になったとか」

 「昔は銃の性能が低かったからね。腕利きの鉄砲撃ちは重宝されたからね」

 「お爺さんはあまり語りたがらなかったけど、狙撃で数十人は殺したそうよ。その殆どが火縄銃だったって」

 「凄いね。君の腕前を見ていてもお爺さんの凄さは本当だと解るよ」

 マンシュリッターは笑いながら答える。

 「黙って・・・来たわ」

 ハイジは銃を構え直す。マンシュリッターも慌てて双眼鏡で眺める。500メートル近く先に数頭の馬の群れが見える。それに乗っているのはロシアのコサック兵である。彼らが伝令かパトロールなのかは判別がつかないが、この先へと通すわけにはいかなかった。

 「ハイジ。一人残らず仕留めろ。ここに我々が布陣している事がバレるのはマズい」

 マンシュリッターはかなり難しい指示を下す。敵の数は3人。馬に乗っている。連射の効かない小銃を構えるハイジが3人を仕留めるのは困難であった。だが、それでもハイジは冷静に狙いを定める。

 目標が100メートル近くまで接近するのを待った。ハイジは冷静に初弾を先頭の兵士に撃ち込む。彼は馬から落ちた。残りの二人が襲撃に気付いて、一気に駆け抜けようとした。騎乗中に襲撃を受けた場合、立ち止まるよりも駆け抜けた方が生存率が高いのだ。

 ハイジは即座に頬をストックから離し、ボルトを引いた。空薬莢が飛び、ボルトを戻す。この間、3秒も無いだろう。だが、その間にも馬に乗った兵士達はその場から離れる。

 ハイジは構え直すと共に撃った。二発目は最後尾の兵士の背中を貫く。彼は馬にもたれ掛かるようになりながら、そのまま、落馬した。

 再び弾を装填し直す。最後の兵士が300メートル先へと離れて行く。小さくなっていく敵兵の姿を捉えたハイジは僅かに間を置いて、撃った。そして、兵士はグッタリとして、転げ落ちた。

 「死体を回収する」

 マンシュリッターは銃を手に茂みから出る。それに合わせて、ハイジも茂みから立ち上がった。

 「馬はどうするの?」

 ハイジの問い掛けにマンシュリッターは笑う。

 「今夜は御馳走だろ?」

 

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