傭兵稼業のはじまり
傭兵となったハイジはクララを守るに必要な道具を集めた。
おんじからの教えは戦いに必要なのは道具だと。
素手よりも剣、剣よりも槍、槍よりも弓、弓よりも銃。
相手より確実に強い武器を使う事が勝つための必須である。
「クララ。今回は近くに居たから、相手の拳銃を奪う事が出来たけど、遠距離からの狙撃だと身を挺して守るにも限界があるわ。私も銃を所持する必要がある」
ハイジの説明にクララは理解を示し、銃器の所持を認める。クララから費用を出して貰ったハイジは銃器を扱う商人から銃と弾薬を購入する。
1900年代初頭ぐらいになると、拳銃は自動化が盛んになり、それまで主流だった回転式拳銃から徐々にシェアを奪っていた。
ハイジが選んだのも当然、自動拳銃であった。
まだ、コルト社はM1911を発売する前であったが、それに通じるモデルとしてM1900があった。他にもルガー社などが本格的な自動拳銃を発売に至っていたが、飛躍的に弾数が多く、安定した射撃性能を有しているのがモーゼル社のC96であった。
ハイジが選んだのはこのC96であった。これ以外にも小銃として、スイスで開発されたシュミット・ルビンM1997ボルトアクションライフル銃を取り寄せた。
クララの身辺警護として、目立たないように普段はメイド姿のままでいるハイジ。その手には木製の旅行鞄がある。中身は当然、モーゼルC96自動拳銃と予備の弾丸を纏めたクリップやメンテナンス用具である。大柄な銃である為に身体に携えるとなると目立つ為にこうしたのだ。
クララの隣に常に立つハイジ。黒いメイド服に白いエプロン。このエプロンの裏には革の鞘に納められたナイフがある。ナイフではあるが、かなり大柄で山刀や短刀に近い物だ。
クララは資産家の令嬢として、彼方此方のパーティーに出向いたり、父などの代理で商談に向かったりする。その道中は常に馬車を用いるが、出向く場所によっては郊外などを走る為、そうした場所では盗賊などに遭遇する事もある時代であった。
貴族や資産家ともなると、そのような危険が考えられる場所では警備の為に人を雇う事も多い。無論、クララも同様だ。隣にハイジが居るとは言っても、戦闘は常に数が物を言う。盗賊に対抗する為には相当の人数を警備に割り当てる必要がある。
クララの馬車を警備する為にいつも5人の元軍人が雇われる。
彼らは許可を得て、小銃や散弾銃を担ぎ、馬に跨る。
馬の疲労やトラブルを避ける為に比較的ゆっくりと進む一行。
殆どの場合、盗賊の襲撃に遭う事は無い。郊外でも軍による巡回は行われているからだ。盗賊の存在は商業などに打撃を与える為、王国や都市にとっては厄介である事は間違いが無いからだ。
だが、それでも気を許すわけにはいかない。盗賊はそうした事も含めて、襲ってくるからだ。
盗賊のやり口は待ち伏せである。
馬車が通れる街道は限られている。そのどれかで待ち伏せをするである。
盗賊のやり口はまず、相手の動きを止める。襲撃に気付かれて、駆け足になれば、簡単には止められなくなる。最初の一撃で獲物の足を止める。
銃声が鳴り響いた。その後、馬車を牽く馬の一頭が倒れ込んだ。それと同時に馬車は激しく揺さぶられ、横転しそうになるが、何とか踏み止まった。それを見た警備の者達が叫ぶ。
「襲撃!襲撃だぁ!」
その言葉を合図に彼らは馬車を囲むようにして、担いでいた銃を構えようとする。だが、彼らが構えるよりも早く、銃声が鳴り響き、警備の者達が次々と倒れる。
銃弾は馬車の壁も破る。ハイジはクララに乗りかかるようにして庇う。
茂みから姿を現したのは10人程度の男達だった。彼らは旧式のマスケット銃などを手にして、馬車へと近付く。
「娘だ!娘を捕まえろ」
男達は馬車へとゆっくりと近付く。彼らの手が扉に触れるか触れないかの時、扉が開かれる。それに驚く
男達。だが、それも狙いだった。姿を現したのはハイジだった。その手にはモーゼルC96がある。すでにボルトを引いて、弾は装填され、撃鉄もコックされた状態だ。安全装置も解除されており、ハイジは冷静に男達を狙った。
数秒の間、銃声が途絶えなかった。空薬莢が宙を舞い、銃弾が飛び出してゆく。
次々と男達の胸や顔面に着弾していく銃弾。男達の半数は数秒で倒れた。
ボルトがオープン状態になり弾切れとなる。もし、男達の中に銃に詳しい者が居れば、これはチャンスだっただろう。だが、突然の銃撃に彼らは怯え、逃げ出していた。
ハイジはクリップで纏められた銃弾の束を手に取り、クリップを排莢口に差し込む。そして、銃弾の束を上から押し込む。全ての銃弾が弾倉に入り込んだら、クリップを引っこ抜く。ボルトは前進して、弾丸を薬室へと押し込んだ。
この僅か数秒の間に逃げ出した男達は50メートル以上先へと逃げていた。この時代の拳銃だとこの距離でも命中精度からして、当てるのは難しかった。だが、モーゼルの用いる弾丸は初速を高めた設計でもあり、それ以前の銃弾に用いられるような鉛玉では無く、鉛よりも堅い金属で覆われた銃弾である。発射後の変形が少ない為、精度は格段に上がった。
発射された銃弾はハイジの高い射撃技術と相まって、1人も逃さずにその背中を貫いた。
一発の銃弾で確実に相手を殺せるわけじゃない。多くの男達は悲鳴と怒号、嗚咽を漏らしていた。
ハイジは残った弾丸で馬車周辺に転がる男達の息の根を止めた。
ハイジはこの間、とても冷静だった。
彼女は初めて殺人をしたはずだった。
そして、敬虔なクリスチャンでもある。必ずしも殺人が善い行いのはずでは無い。
だが、それでもハイジは冷静に転がる男達を射殺した。
一通り、殺し終えたハイジは馬車に戻る。そして、クララに報告をする。
「クララ。襲撃者を排除したよ」
それを聞いたクララは少し驚きの表情をしたが、すぐに冷静になる。
「そう、ありがとう。警備の連中はどう?」
「二人が死んだ。一人は生きているけど、傷が深い。後は軽傷かと」
ハイジは倒れていた警備の者を見て、そう判断した事を告げた。
「そう。深手を負った者を軽傷の1人を付けて、街に戻らせなさい」
「はい」
クララの指示で警備の二人が後方へと戻って行く。死んだ警備の乗っていた馬を馬車の馬にして、警備一人の体制で再び、先を急いだ。
ハイジは常に拳銃を膝の上に置いた。また、襲撃に遭う可能性があるからだ。