終末
ドイツ軍の春季攻勢はパリを目前に失敗に終わった。
空前の前進を遂げたが、ロシアとの停戦によって、東部戦線から転進した戦力も使い果たし、これ以上、投入する戦力が無いからだ。
そして、アメリカ軍が投じられ、戦局は踊った。
連合軍はフランス、マルヌ付近のドイツ軍の突出した前線に対し、攻撃を開始した。疲弊したドイツ軍はこの攻勢を防ぎ切れず、撤退を余技無くされ、連合軍はこれまでにない大戦果を挙げるに至る。
そして、アミアンの戦いが始まった。
連合軍は用意周到に多くの戦車を投じ、一大攻勢を開始した。
戦車は塹壕を蹂躙し、機関銃は兵士を薙ぎ倒し、砲撃が陣地を壊した。
空は飛行機が飛び回り、爆弾が大砲を破壊した。
苛烈な攻撃にハイジ達は塹壕に頭を隠すことしか出来なかった。
機関銃が唸るが、大量の戦車にそれは効かなかった。
「敵は戦車を前に押し出して突撃して来るわ!」
ハイジも必死に狙撃をするが、それは焼け石に水であった。
「無理だ。ここは守り切れない。隊長!隊長!撤退を!」
マンシュリッターは叫ぶ。
怒号と銃声と悲鳴に爆音が混じり合う。
前線は次々と崩れ、ドイツ軍は潰走を始める。
逃げ惑うドイツ兵に連合軍の攻撃が浴びせられる。
僅か7時間で占領地の中心に連合軍が雪崩れ込んだ。
ハイジ達も後退を余儀なくされた。
「た、助けてっ」
腕を失ったドイツ兵が助けを求める。
だが、それに構っている暇など誰にもなかった。連合軍が攻めてくるのだ。
ハイジは彼を憐れむも、自分の身すら守れない現状において、手を差し伸べる事は出来なかった。
すでにハイジ達の部隊も多くの兵を失っている。ハイジも見知った者が何人も死んだ。
二人が生き残っているのは奇跡に近かった。それほどにドイツ軍は大敗を喫した。
これ以後、ドイツ軍はアメリカ遠征軍の前に勝利をする事は無かった。
ハイジ達は幾度も再編成され、前線に投じられた。
多くは大軍を前に戦力不足と士気低下によって、戦わずして、正規部隊が後退するのを目の当たりにした。ハイジ達は絶望的な状況で殿を務める。
多くの死体が転がる戦場。
迫りくる連合軍。
すでにドイツに勝機など微塵も無かった。
ハイジ達は逃げ惑いながら、戦いを続けた。
アメリカ遠征軍を主軸にした連合軍の猛攻は9月に入って更に苛烈となる。
ハイジの部隊は幾度かの全滅の後、モンコフォランへと集結した。
ハイジ達はそこで新たに正規軍の一部と部隊が編制された。
「マンシュリッター。負けると解っていて、傭兵が止められないのは何故なのかしら?」
ハイジはこの状況において、傭兵が部隊を離れる事を禁じられた事に不満を言う。
「まぁ、金で雇われているだけだけど・・・軍からすれば、肝心な時に居ないのは困るって事さ」
マンシュリッターは笑いながら言った。
ハイジは戦場を駆け回った。
場所を変えながら狙撃をしていく。彼女の的確な狙撃は、敵を確実に足止めした。
だが、連合軍にも勇猛果敢な連中は居る。
この好機に功績を上げて、少しでも報酬を上げたい傭兵連中だ。
奴らは勝ってる時程、調子に乗る。
そんな彼らがハイジの前に躍り出る。
ハイジは彼らを次々と狙撃する。
狙撃と言っても大抵は撃ち殺す事を考えない。足を撃ち抜き、動けなくすれば、良いのだ。
足を撃たれた兵は後方に運ぶにも人手が掛かる。
だが、常にそれが出来るわけじゃない。塹壕から頭だけを出して発砲しているヤツはその
頭を撃ち抜くしかない。鉄帽を被っていても確実に銃弾を避けられるわけじゃない。大抵は貫通するのだ。
そして、ハイジは戦場を駆け抜けて、塹壕へと飛び込んだ。
そこには今、撃ち殺した兵士が倒れている。軍服から、彼がフランスの傭兵である事は解った。
そして・・・見知った顔であった。
久しぶりに見たペーターであった。
彼は左目を撃ち抜かれ、側頭部に大穴が開き、脳を散らしていた。
目を見開いたまま、死んでいたペーターを見下ろして、ハイジは僅かに止まった。
「ハイジ!どうした?」
マンシュリッターが叫ぶ。その声にハイジは我に戻る。
たった一瞬の事だった。子どもの頃からの幼馴染の死に顔を見るとは夢にも思わなかった。
だが、死を多く見たハイジにはそれだけの事だった。
いつ、自分がそうなるか解らない場所に立っている。
それを知っているから、ペーターの死に動揺などしなかった。ただ、微かに目の端に光る物があった。
ドイツ軍は最後の抵抗を示した。
アメリカ軍はここにきて、苦戦を強いられたが、それは多くある戦場の一つでしかなかった。
殆どの場所において、連合軍は勝利を得ている。無駄に損害を多くする必要など無く、彼らはドイツ軍を深追いしなかった。
そして、ドイツは混乱の中にあった。革命が起き、皇帝が退位した。
休戦協定が結ばれ、事実上、ドイツは連合軍に敗北したのだ。
ハイジはマンシュリッターと共にドイツ本国へと戻った。
政治、経済が大混乱となっているドイツ。
傭兵として戦い続けた二人が得た報酬も僅かなもので、とても食っていけるわけが無かった。
だが、ドイツにはすでに職など無く、ハイジ達は仕方がなしにスイスへと戻った。
かつての故郷へと戻ったハイジ。
ペーターの両親に彼の死を伝えた。
傭兵なのだから、当然の結果とは言え、両親は泣き叫んだ。
こんな事はスイスの至る場所であった事であった。
ハイジは故郷を離れ、チューリッヒに移り住んだ。
そこで彼女は卓越した射撃技術などが認められ、軍の教官を任された。
薄給ではあったが、暮らしていくには困らなかった。そして、その隣には時計職人を目指すマンシュリッターの姿があった。