春の大攻勢
ハイジ達は突撃歩兵へと編入が決定した。
突撃歩兵は強力な攻撃力を有した歩兵部隊である。
傭兵としての戦闘力の高さを買われたわけだが、明らかに死傷率の高い部隊への編入は傭兵達には不満だった。しかしながら、上層部は逃敵前逃亡は死刑であると明らかに脅しを掛けた事から殆どの者は諦めた。
だが、悪い事だけではなかった。最新鋭の武器が配備されたのだ。
軽機関銃とベルクマン社の開発したMP18短機関銃である。それとルガーP08自動拳銃。
マンシュリッターは古びた小銃からMP18短機関銃へと持ち替えた。
短機関銃は拳銃弾を使う機関銃だ。ドラム式弾倉が左側面に装着され、毎分300発以上を撃つ事が出来る強力な火器であった。しかしながら、拳銃弾である為、射程と威力に不満があり、敵の防御陣地を破壊するに至らない。だが、機関銃同様の連射能力は近距離において、敵を圧倒するに足る火力であり、突撃歩兵にとって、必要な武器となっていた。
それとルガーP08自動拳銃である。尺取虫と呼ばれる独特な機構を採用した優秀な自動拳銃であり、MP18のドラム式弾倉を併用する事が出来る。この拳銃の登場により、ハイジが持つモーゼルC96は影を薄める事になった。
ハイジ達は改めて、一般の兵と同様に突撃歩兵としての教育を受ける事になった。それはこれまでの歩兵の戦いとは違った。彼女達に求められるのは機動力であった。
それまでの歩兵は隊列を成して、敵陣地へと突撃し、蹂躙した後、制圧を行う。
だが、突撃歩兵はまともな隊列を成さない。比較的に少数の部隊毎に行動し、敵陣地の急所、弱点となる箇所に急襲し、突破した後、制圧を行わずに更に移動をして、敵陣地深くへと侵入する。
個人の戦闘力が高く要求される内容において、傭兵部隊はその多くを満たしていた。
元々、敵勢力下への威力偵察など、危険任務に投じられていた彼らにとって、突撃歩兵の任務はあまり目新しい感じではなかった。
特にハイジは狙撃兵として、装備は一切、変わっておらず、何も違わないと思った。
再訓練を終えた彼らは即座に戦場へと送り込まれた。
戦場へと向かう列車の中で、ハイジは開け放たれた貨車の扉から外を眺めていた。
「何か考え事?」
マンシュリッターは気になって、そう声を掛ける。
「えぇ・・・幼馴染の事を思い出してたわ」
「アルプスの?」
「うん・・・クララも亡くなってしまったし・・・昔の幼馴染も傭兵として出稼ぎに出ているはずだけど、私みたいにこうして、戦場に出ているのかしらと」
「あぁ・・・そうなんだ。戦場は広いからね。出会う事は無いと思うけど」
「もし、敵だったら・・・嫌だな」
「そうだね」
そんな事を思いながら、列車は汽笛を鳴らし、レールをひたすらに走った。
雪解けの季節。
春を迎え、ドイツ軍は反攻作戦を計画した。この作戦において、英仏軍の分断を画策したのである。
ミヒャエル作戦と名付けられた作戦でドイツ軍は新兵器として開発した戦車を投じた。
アミアンの英軍陣地に向けて、ドイツ軍は攻撃を開始する。
陣地へは砲撃が集中されたが、突撃歩兵は機動力を活かし、敵陣地の薄い部分へと集中する。
ハイジ達もその一端に配置されていた。
軽機関銃が唸り、敵の塹壕へと兵士達が突撃する。
敵は懸命に機関銃を唸らせ、突撃を蹴散らそうとするが、軽機関銃の攻撃に怯む。
ハイジは狙いを定め、機関銃手の頭を撃ち抜く。
攻撃の手が止んだ陣地へと突撃兵達が雪崩込み、塹壕内の敵兵に対して、マンシュリッターの短機関銃が唸る。至近距離において、短機関銃は圧倒的であった。銃剣やニードルの付いた長い歩兵銃は取り回しが利かず、ナイフやスコップでは相手にならず、拳銃を圧倒した。
短時間において、塹壕を突破した。
だが、彼らはそこに留まらず、すぐに次の目標へと向かう。狙うのは敵司令部、または通信、補給の拠点である。敵後方へと侵出して、敵の拠点を孤立化させる。
こうして、ドイツ軍は60kmに前進する事に成功し、パリさえも視野に入れるまでに至った。
クルップ社は3門の巨砲を列車にて、移動させる列車砲を完成させる。それは空気の薄い高高度へと砲弾を撃ち、飛躍的に飛距離を伸ばすという砲であった。
その為、砲身は高らかと大空に向けられ、100キロ近い砲弾を発射した。
これにより、パリへ砲撃が行われ、フランス人は初めて、首都パリに直接の攻撃を受けた。
これは大いにフランス人を震え上がらせた。
パリまで120kmと迫り、更なる前進が皇帝からも望まれ、ドイツ軍は更なる進撃を始めようとしたが、急激に伸びた補給路は最前線に十分な物資を届けるには不十分で、この時代における兵站の弱さが露呈される結果となった。
結果として、火力を多く消費する突撃歩兵は進撃を止めるしか無かった。
ハイジ達も不足する弾薬とあまり携帯されていなかった食料などの不足から、停滞した。
「思ったよりも激しい戦闘の連続だったわね」
ハイジは周りを見渡し、そう告げる。
彼女の部隊も多くの死傷者が出ている。幾ら、弱点を突いた戦闘とは言え、簡単ではない。連戦を続ければ、当然ながら、消耗は致し方が無かった。
ドイツ軍の攻勢はここで一旦の終了となった。ただし、この事により、英仏軍は戦局の劣勢に動揺し、この危機的状況を回避する為に指揮命令系統の統一など、これまで以上に軍事同盟を強固にし、対応する事になった。更にこの事態に動き出したのはアメリカであった。アメリカ軍は遠征軍を結成し、ヨーロッパへと派遣したのである。