戦車の群れ
新たな戦場でハイジは激しい戦いに晒された。
すでに戦争の勢いは英仏軍にあった。
欧州各地で戦火が広がっているが、ドイツ軍に開戦当初の勢いはすでに無かった。
唯一の支えであった塹壕も飛行機や戦車が軽々と突破し、厚いコンクリートで固められたトーチカも火炎放射器が焼き払った。
毒ガスは様々な薬品が開発され、強力になっていったが、その効果が限定的な事や、毒性が強い事、知識の不足する味方にも被害が及ぶ事から、徐々に使用が避けられるようになっていた。
臭いガスマスクを被ら無くて済むので、ハイジはそれを喜んでいた。
ハイジはマンシュリッターから聞いた話で、ドイツ軍陣地が大爆発によって、壊滅した事を聞いた。どうしたらそんな大爆発が起きたのか解らないが、着実にドイツ軍が劣勢に陥っている事を彼女は気付いた。
幾度目かの戦闘で遂に彼女の前に戦車が現れた。それも想像を絶する程の大軍であった。
戦場において、戦車が投じられる事が多くなったと同時に対処方法もすぐに考えられた。
まずはドイツ軍が使う手榴弾である。ドイツ軍は独特の柄付きの手榴弾を用いるが、その爆薬部分に他の爆薬部分をワイヤーで括り、威力を高めた物を戦車に向けて投擲する。
それは戦車の上部で爆ぜれば、天井を穿ち、戦車の底で爆ぜれば、底やキャタピラを破壊した。これと同様に工兵などが障害物除去に用いるダイナマイトの束が投げ込まれる事もあった。
そして、これとは別に現地で開発されたのが火炎瓶である。元々はアルコール度の高い酒に生地を浸し、それに火を着けて投げる程度の物であった。
アルコール程度の火力では戦車の装甲を燃やしたとしても中の乗員に被害を与える事は少なかった。しかし、中身を機械油などを混ぜる事により、高い火力と長い燃焼時間となり、これを浴びた戦車は炎に巻かれ、鉄板は一気に高熱となり、戦車の中を高温にすると同時に周囲の酸素を奪い、酸欠状態にした。
これらの攻撃により、当初、戦車に対して、まったく手も足も出なかった歩兵達であったが、死に物狂いの肉薄攻撃によって、戦車を仕留める事が出来た。
ハイジも小銃を肩に掛け、手榴弾を手にした。左手に手榴弾を持ちながら、右手にモーゼルC96自動拳銃を持ち、戦車の周囲に群がる英兵を撃ちながら、戦車に駆け込んだ。
マークⅣ戦車は両側から機関銃を撃ち捲るが、視界が悪い為、迫って来る全ての敵を確認が出来てるわけじゃない。ハイジは敵の視界の外から低い姿勢で迫り、手にした手榴弾を戦車の天井に向けて、投げた。
大きな爆発と共に戦車の天井は穿たれ、その破片にて、中の乗員の多くが死傷する。
「やったわぁああ!」
ハイジは戦車に飛び乗り、大きく開いた穴に向けて自動拳銃を撃ち放った。
生き残っていた乗員は銃弾に倒れ、戦車は動きを止めた。
ハイジは戦車の上面から射撃を始める。敵はそれに気付き、ハイジが乗り込んだ戦車の残骸に向けて攻撃を始めるが、それによって生まれた隙を突いて、他の兵が別の戦車を襲った。
燃え上がる戦車。
だが、それは微々たる事であった。大規模な戦車部隊による攻撃は戦闘を決した。
ハイジ達はすぐに撤退する事を余儀無くされた。
しかしながら、敵の攻勢を何とか後退して、やり過ごした後、ドイツ軍は反撃に転じた。
占領されたはずの陣地を一気に取り返す。
ハイジ達はボロボロになりながら、何とか、敵兵を追い払う事に成功した。
「今回は凄い数の戦車を投入してきたわね」
ハイジは破壊された戦車を眺めながら、呟く。
「飛行機の数も凄かった。次々に爆弾が落とされるんだ。よく、反撃が出来たと思うよ」
マンシュリッターも驚いていた。
これが初めての大規模な機甲戦であったカンブレーの戦いであった。
連合軍はこの戦果において、戦車の有用性を理解しつつ、整備などの支援が必要不可欠だと判断した。だが、対するドイツ軍は戦車について、その戦闘力は評価しつつも、持続的では無いとして、この時点において、戦車の有用性に懐疑的な判断をしたのだった。
戦車の大規模な攻撃を目の当たりにしたハイジは考え方を改めた。
「あんな鉄の化け物に銃だけじゃ挑めないし、爆弾を使うにしても決死になるわ。やっぱり、同様の兵器か、直接、攻撃が可能な大砲が必要だと思うの」
ハイジの言葉にマンシュリッターも頷く。
「だけど、戦車は生産性も低いし、移動にもかなりの労力が必要とされる。簡単には数は揃えられないし、大砲だって、最前線に配備するにはコストもメリットも低いんだよねぇ」
「もっと小型の大砲ってないの?」
「小型の大砲はあるさ。だけど、威力も射程も低くて、あの戦車には通用しないね」
ハイジは悩む。
「あの鉄板さえ貫通が出来ればいいのだから、小型でも装薬を多くすれば良いんじゃないかしら?」
「それはそうだけど・・・砲尾が持たないよ。多分、大砲が破裂して、終わりさ」
「そうかぁ・・・あの戦車・・・多分、これから、戦場を走り回るわよ」
「そうだろうね。その対策は上に考えて貰うしかない。それまでは地雷と爆弾が僕らの武器さ」
「嫌な話ね。私は狙撃兵よ。そんな爆弾を抱えて、戦車に向かって行くようなドン・キホーテになりたくないわ」
「ドン・キホーテなんて、よく知ってるね?」
「クララに教えて貰ったの。こんな兵士になってはいけないってね」
「なるほど・・・その通りかもね」
マンシュリッターは笑うだけだった。