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アルプスの傭兵 ハイジ  作者: エムポチ
13/17

 ソンムの戦いで初めて投入された新型兵器の戦車。

 しかしながら、まだ、完成度は低く、故障率の高さと操作の難しさ、運用が確立していない事から、その真価を発揮するに至ってはいなかった。だが、実際に戦場において、敵の機関銃や小銃を物ともせず、塹壕を乗り越えて行く様は塹壕に多くの損害を出していた事からすれば、奇跡的な戦果であり、それを目の当たりにしたドイツにおいても同様の兵器の開発が急務だと浮上した。

 同時に戦車に対する対策も急務となった。

 機関銃や小銃が利かないという事から、可能性として、要塞攻撃に用いられるキヤノン砲や野砲が効果的だろうと推測されたが、大口径の砲は移動も大掛かりであり、速度は遅いながら、動き回る事が出来る戦車を相手に砲口を向けるのは容易では無い事は明らかだった。まだ、貫通力を高めた小型の砲が開発されるのは後の事だった。

 

 ハイジは後方へと移動する中、戦車の事を考えていた。

 「銃が利かないのがまた来たら・・・どうしようか?」

 その問い掛けに誰もが苦笑いをする。

 「鉄の箱だからな・・・ダイナマイトを束にした奴を近付いて、下に放り込むか?」

 誰かが笑いながら言う。

 「それ面白いわね。でもあの鉄の箱って、下も鉄板なんでしょ?ダイナマイトで吹き飛ぶかしら?」

 ハイジは隣に座るマンシュリッターに尋ねる。

 「さぁな・・・だけど、あれだけ厚い鉄板で覆っていると、相当な力が無いと動かない気がするし・・・意外と天井や底は薄くなっているかもね」

 「へぇ・・・天井なら、銃弾が貫通するかな?」

 「どうだろう?解らないよ」

 ハイジは自らの銃であの巨大な鉄の箱を止める事を考えた。


 ヴェルダンにおいて、フランス軍は反攻を始めた。

 ハイジ達は急遽、ウォー要塞に配備される。

 フランス軍は攻勢を強め、激しい程の砲弾が降り注ぎ、損害を恐れずに敵兵が要塞へと迫った。

 ハイジは懸命に狙撃を続けるが、やがて、弾丸は底を尽き掛け始める。

 ドイツ軍は激しい損害と劣勢な事を理由に要塞の放棄を決定した。

 ハイジ達は12月1日に撤退を命じられ、翌日、要塞を後にした。

 この事でヴェルダンにおけるドイツ軍の侵攻は全てフランス軍に奪還された事になる。

 

 ハイジ達は長らく続いた転戦の疲れを取る為にベルリンへと後送された。

 僅かばかりの休息のはずだった。

 ハイジが宿舎に到着すると事務員がハイジ宛ての手紙を持って来た。

 それは1ヵ月も前に到着していたが、最前線のハイジは転戦が続いたために、手元に届ける事が出来なかったのだ。

 ハイジはそれがクララからの手紙だと知り、すぐに封筒を開けた。だが、その内容を読んで、彼女はその場に泣き崩れる。これまで、男よりも勇ましく戦う姿を見ていた戦友たちはその姿に何事かと思い、驚くしか無かった。

 手紙の送り主はクララでは無く、クララの執事であったロッテンマイヤーであった。

 クララは結核を患い、闘病を続けていたが、1ヵ月前に亡くなった旨が記されていた。

 まだ、若いクララであったが、元々病弱で、体力が無かった彼女では結核には勝てなかった。

 ハイジはすぐに長期の休みを願い、クララの墓があるフランクフルトに向かった。

 クララの墓は実家の近くにある墓所にあった。

 クララはありったけの花を花屋で買い、その墓に飾った。そして、神など信じないと思った彼女が慣れない祈りを捧げた。それは最も信頼していた友人が天国へと無事に召されるようにと。

 墓参りを終え、ハイジはロッテンマイヤーの勧めもあり、懐かしいフランクフルトで数日を過ごした。

 しかしながら、戦局が怪しく動く中、たった一人の傭兵と言えども、いつまでも休暇を許される事は無かった。

 ハイジはフランクフルトから離れる汽車の中で、クララを想いながら、涙を一粒、流した。

 

 フランクフルトからベルリンに戻った時には原隊はすでに前線へと移動をした後だった。

 ハイジは後を追うべく、ベルリンから出発する部隊に伴った。

 1週間程で新たな戦場へと到着した。

 そこはソンム川に沿って展開される西部戦線の最前線であった。

 しかしながら、前年からの敗戦により、かなりの消耗が目に見えてあった。

 傭兵部隊も正規部隊と同様に前線の一角を守るが、あまりに薄い防衛線に、いつ、突破されてもおかしくないとハイジは思った。それは彼女よりも先にここに到着していたマンシュリッターも同じだった。

 しかしながら、ただの兵である彼等に何か出来る事などは無かった。

 「ハイジは友達が亡くなったばかりだけど・・・大丈夫なの?」

 マンシュリッターはハイジが泣き崩れる所を見ていたので、少し心配であった。

 「問題無いわ。今の時代、どこに居ても人は死ぬわ。知ってる?本国じゃ、食べ物が不足して、餓死する人だって居るって話よ」

 「へぇ・・・餓死が・・・それは嫌だな」

 マンシュリッターはハイジの笑顔を見て、少し安堵する。

 「だけど・・・最前線も酷い有様ね。去年、散々、やられたと思ったけど、ここまで疲弊しているなんて」

 ハイジは不安そうに周囲を見渡す。

 「あぁ・・・戦争が長引いたからね。それに前線も伸びすぎた。多くの国が参戦しているようだけど・・・これだけ死傷者が増えるともたないね」

 マンシュリッターは当たり前だと言わんばかりに言う。

 「毒ガスも飛行機も・・・あの戦車ってのも・・・殺す為の武器が次々と・・・まるで魔女の鍋ね」

 ハイジの言葉にマンシュリッターは笑う。

 「魔女の鍋か・・・言い得て妙だね。確かにここは魔女の鍋かもしれない。毎日、多くの人間の血がスープのように流れ出しているんだから」

 死者が埋葬されている丘を見て、マンシュリッターはそう呟いた。

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