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アルプスの傭兵 ハイジ  作者: エムポチ
12/17

怪物

 西部戦線は相変わらず、膠着状態であった。

 ハイジ達は活躍する場も無く、転戦を続けた。

 前線へ物資を運ぶ馬車の列に並びながら歩くハイジ達。

 「一体、どれだけ歩いたら、戦争が終わるのかしらね」

 ハイジは隣を歩くマンシュリッターに尋ねる。

 「さぁね。傭兵の中には戦争が終わらない方がいつまでも給料が貰えると喜んでいる奴も居るよ」

 「呑気なもんね。突撃しても塹壕に阻まれて、機関銃に雨のように撃たれるのよ?攻撃命令は死ねと言っているようなもんよ?」

 ハイジは退屈そうに言う。

 「ハイジは手厳しいな。だけど、突撃しか、敵陣地を奪う方法は無いしね」

 「大砲をもっと前に出して、塹壕が埋まるまで砲撃を加えればいいのよ」

 「ははは。それが出来たら良いけどねぇ」

 「最近、敵の飛行機が空を飛び回っているけど、こちらの飛行機はどうしたのかしら?」

 ハイジは空を眺める。

 「あぁ・・・そうだね。敵もさすがにやられっぱなしじゃないだろ」

 マンシュリッターは当たり前だと言わんばかりに答える。

 「なるほどね。こうなったら、どっちが根負けするかの我慢比べね」

 「我慢比べか。相変わらず、ハイジはおもしろいことを言うな」

 「バカにしないでよ。私は本気なんだから。幾らでも敵を狙撃するわよ」

 「バカにはしてないよ。君の狙撃技術は一流さ。ただ、たった一人で戦局が変わる程、甘くないだけさ」

 彼らはのんびりと初夏のフランスを歩き続けた。

 

 激しい砲撃が英仏軍の陣地から放たれていた。

 ドイツ軍の陣地は被害を受けながらも応戦をする。

 現地に到着したハイジ達は予備兵力として、後方に配置された。

 「凄い砲撃ね。いかにも侵攻が始まるって感じだわ」

 ハイジは遠くから砲撃によって、巻き上がる土埃を眺めながら感想を漏らす。

 「あぁ、英仏軍は数日で侵攻を始めるだろうね。ただ、ここの陣地もかなり強固だから・・・突破は難しいと思うけど」

 マンシュリッターは余裕のある笑みで答える。

 彼女達が到着したソンムにおいて、7日間に及ぶ砲撃が行われていた。だが、それでもドイツ軍の損害は軽微であった。だが、その間にドイツ軍は制空権をフランス軍に奪われた。これはそれまで圧倒的に有利だったドイツ軍に対して、飛行機の性能で劣っていたフランス軍が戦術の見直しをした結果、集団による空戦を用いた為であった。ドイツ軍は飛行機性能と操縦手の腕によってのみの空戦しかしてなかった為に多くの損害を出す事になった。

 7日間の激しい砲撃が終わり、予想通りに英仏軍は進行を開始した。

 それは相当に大規模な侵攻作戦ではあったが、幾重にも強固に築いたドイツ軍の陣地はそれまでの戦闘と同様に敵の突入を大きく拒み、英軍は大損害を出した。だが、この状況においてもフランス軍はドイツ軍第1陣地を突破して、更に侵攻を試みていた。

 この事においては制空権を奪われた事で、フランス軍飛行機がドイツ軍の野砲陣地などの後方に侵入して、妨害を行った事も効果があった。

 ハイジ達は思ったよりもフランス軍が侵攻した事で、予定よりも早く、前線に投じられた。

 激しい敵の攻勢を前に塹壕に入ったハイジはひたすらに銃を撃った。

 次々と倒れる敵兵。

 合間から駆け込んでくる敵兵。

 機関銃が唸り、彼らを薙ぎ倒す。

 この状況は2カ月近く続く。

 英仏軍はソンムを奪還する為に堅牢なドイツ軍陣地への攻撃を続けた。

 ハイジは顔を泥だらけにしながら、敵の猛攻に対して懸命に銃を撃ち続ける毎日だった。

 「交代はまだかしら?」

 疲れたようにマンシュリッターに尋ねるハイジ。

 「まだだよ。さっき昼飯を食べたばかりだろ?」 

 「あの肉の無い薄いお湯みたいな奴?」

 「ああ、そうさ。奴ら、機関銃を前線に持ち出して、こっちに散々、撃ち込むから、被害が甚大で、後方も料理にまで手が回らないのさ」

 「勘弁して欲しいわね。あいつらも無茶するわね。突撃に機関銃を一緒に持って来るなんて」

 ハイジはまだ、あまりよく分かっていない。火力が必要とされる認識が広がった事で、それまで移動が大変だった機関銃を軽便な形にした軽機関銃が登場している事を。

 だが、それでも幾重に掘られた塹壕は敵兵を拒んだ。

 英仏軍は多くの損害を出しながら、塹壕を一本づつ、超えるという地獄であった。

 

 ハイジは朝を迎え、再び始まるであろう英軍の攻撃に備えた。

 その日、英軍の動きはおかしかった。

 いつも通りに行われた砲撃が止み、白煙の合間から姿を現したのは巨大な鉄の塊だった。

 いくつもあるそれらは横一列に並び、ゆっくりとドイツ軍陣地へと向かってきた。

 初めて見るそれにドイツ兵は誰もが何事かとただ、見るだけしか無かった。

 ガタガタと動くそれらは彼方此方で停止してしまうが、5輌だけが更に前線へと近付いた。その背後に敵兵が居る事が解ったので、すぐに機関銃がそれに向けて発砲を始めた。

 ハイジは驚いた。

 鉄の塊のようなそれは銃弾を跳ね返したのだ。まるでトーチカが動いているようにも思えた。

 そして、それからも機関銃が発砲を始めたのだ。

 巨体が塹壕を易々と乗り越え、ドイツ兵達は慌てて、逃げ出すしか無かった。

 ハイジもそれに向けて発砲したが、銃弾は見事に鉄板に跳ね返された。

 「ハイジ、まずい。あれは動くトーチカだ。逃げるしかない」

 マンシュリッターが慌てて、逃げ出す準備を始めた。

 「待って、勝手に退却なんて・・・」

 ハイジは傭兵と言えども、命令無しに後退は出来ないと言う。

 「もう前線は崩壊した。正規部隊も逃げ出したよ。僕らがここに留まる理由は無い」

 マンシュリッターに手を引かれ、ハイジは戦場に現れた鉄の塊を見詰めながら、逃げ出した。


 この日、新たに投じられたのは英軍の新型兵器である戦車であった。タンク(貯水槽)と言うコードネームで戦場に運び込まれたそれは僅かではあるが、塹壕を突破し、塹壕戦の花形であった機関銃さえも利かない化け物であった事は間違いなかった。

 ハイジは後方に移動しながらも銃弾の利かなかったあの新型兵器に魅入られた。

 ソンムの戦いは新型兵器が投じられるも結果的には英仏軍の侵攻は僅かに留まり、依然として、戦局は停滞してしまった。

 

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