状況の変化
年が明け、ハイジ達は戦場を転々とする事になった。
塹壕によって、戦局は硬直してしまった。
小競り合いは生じるが、本格的な侵攻が始まる事は無かった。
まともな戦闘が起きないのであれば、傭兵であるハイジ達の出番も少なくなっていった。
このまま、戦争が終わるのじゃないか?
傭兵達の間ではそんな会話がなされていた。
戦闘が激化しないまま戦争が終わるのを喜ぶ者も居れば、ボーナスを目当てにしている者は不満であった。
ハイジはどちらかと言えば、このまま、静かに戦争が終われば良いと思っていた。
だが、事態は彼女の思うようにはならなかった。
ハイジ達は移動を命じられた。
マンシュリッターは移動中の部隊を見ながら、大攻勢を仕掛けるのじゃないかと思った。
「大攻勢って・・・塹壕と機関銃に遮られて、大損害を出すだけよ」
ハイジは呆れたように呟く。
「だろうけど・・・かなり、密集した感じで部隊が集められている感じ」
通常は規模に合わせて、相当な幅で侵攻が行われるはずだったが、集められた部隊はおよそ、4キロまでの間に密集していた。
ハイジ達は遊撃部隊として、後方に位置し、必要があれば、前に出て行く事が命じられた。
ヴェルダンに到着したハイジ達を襲ったのは吹雪きであった。
それにより、一部の部隊が遅れたために、攻撃開始の予定は9日程、遅れた。その間、ハイジ達はただ、雪に堪えるだけだった。
そして、雪の晴れ間となり、開戦となった。
重砲と野砲が唸る。その数はこれまでに見ない程の多くの砲門が用意され、一斉に砲撃を開始した。
「すごい。あんなに大砲が投じられるなんて」
ハイジは砲声に驚く。
「あれだけ集中して砲撃を受けたら、むこうは堪ったもんじゃないな」
マンシュリッターも驚いた。
激しい砲撃は思ったよりも早く終わり、進撃が始まった。
ドイツ軍は砲撃によって、態勢が崩れた敵陣地へと雪崩れ込む。通常、100メートルからの突撃を500メートル手前からの突撃となり、普段より長い距離を歩兵達は銃を構えながら、駆け抜けた。
急襲と言う言葉通り、フランス軍の陣地が砲撃によって乱れている時に突撃を受けて、まともな反撃が出来なかった。塹壕は次々と突破され、フランス兵達は戦うよりも逃げ出すしか無かった。
ドイツ軍は要塞攻略の為に火炎放射器も投じて、トーチカなどを焼くという戦術にも出た。
ハイジ達は予備兵力として、突破した陣地へと入る。
砲弾による穴や火炎照射機に焼かれた死体。
多くのフランス兵が倒れているのを見て、この戦いは圧勝だと確信した。
「私達の仕事は無いかもね」
マンシュリッターにそう告げると彼は苦笑いをする。
「だけど、こんだけ速い行軍だと先頭はかなり疲労が出るだろうから、きっとすぐに交代しないと、この勢いを維持が出来なくなるよ。見れば、敵戦力はかなり大きいみたいだし、それに対して、少し、こちらの兵力は足りないように見える」
「そうなの?」
「あぁ、一カ所に集中しているから多いように見えるけど、この辺りの敵の要塞はかなり広大だからね」
マンシュリッターの不安は後に的中する事になる。
ドイツ軍は勢いに任せて、3キロ程、敵陣地を侵攻した後、今度は左右へと侵攻を始め、この一帯の敵陣地の制圧を始めた。敵に大きな損害を出しつつも、当然ながら、最前線の兵は弾薬も尽き、体力も尽きるため、後退を余技なくされる。予備兵力は彼らに入れ替わり、作戦を続行する。
ハイジ達も前線に投じられ、戦闘が始まる。
遊撃部隊である傭兵部隊は突撃をする歩兵部隊を支援するように敵陣地へと狙撃を行う。
ハイジも塹壕から敵を狙い撃つ。
フランス兵の士気は低く、僅か死傷者が出ると、それだけ陣地を放棄して逃げ出そうとする者が相次いだ。その背後をハイジは狙い撃った。
緒戦においては、ドイツ軍は圧倒的に有利であった。このまま、この地の要塞を完全に制圧をすれば、勝利が出来る。そう思われていたが、ヴェルダンの要塞はそれをするには広大過ぎた。
フランス軍は消耗した兵力を補強するために後方から部隊を呼んだが、補給路である線路は早々にドイツの砲撃によって破壊され、道路のみであった。徒歩による移動では到底、間に合わないはずだったが、フランス軍はトラックをかき集め、兵士を乗せて、移動させる事にした。結果として、ドイツ軍の予想以上に多くの兵が短時間で前線に到着したのであった。
結果として、残された要塞に兵を投じる事が出来たフランス軍はドイツ軍の想像以上に粘り、結果としてこの地を守り切ったのである。
次々と現れるフランス兵に対して、ハイジ達は弾が尽きるまで撃ち続けてた。
「最初の頃と違って、敵が次々と現れるわ。どれだけ予備兵力を用意していたのかしら?」
疲れ切った感じでハイジはマンシュリッターに尋ねる。
「さぁね。だけど、予備兵力を用意していたなら、もっと早く出したと思うけど・・・」
マンシュリッターは相手の対応の遅さに頭を捻りながら、負傷兵を乗せた馬車の荷台の後を歩いていた。彼らはこれから後、幾度か戦闘に参加するが、その度に前線は後退し、結果として、元の位置まで戻る事になり、敵要塞は完全に敵の手に戻ってしまった。
激しい戦闘が続いたが、結果としてはドイツ軍はこの地の要塞を制圧する事は出来ず、敵の反撃を受けて、損害を出しつつ、後退を余儀無くされた。この事態に作戦を提案したファルケンバインは当初から予想された欠点を感じつつも当初の計画である圧倒的な戦力差による勝利を導くどころか、同等の損害を出し、尚且つ、侵攻自体も出来ずに終わった為に責任を負って、参謀総長の職を辞した。