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聖学少女探偵舎 ~Web Novel Edition~  作者: 永河 光
第二部・幾星霜、流る涯 Once Upon A Long Ago
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第十二話 閻獄峡ノ急『黒墨の帳に』(後編・その22)


「戦時中にこの村に招かれた技師のリヒテルさんは、その後ドイツに戻り、国家社会主義ドイツ労働者党……いわゆる『ナチス』に入り……力輝さんはそのことを知ってますよね?」


 まあ『ナチス』は蔑称で、同盟国であった当時の日本すら普通にナチスと称するくらいにはそっちの方が浸透はしている言葉だけど。

 綺羅さんは無言のまま、返事をしない。ゆっくりと毘沙門の塔へと歩を進めている。

 枯れ葉をさくり、さくりと踏む音だけが、彼女の返答だった。


「熱心なクリスチャンだったリヒテルさんは、徳夫さんか暁夫さんから『()()()()()()』を知らされた。驚愕し、怖れ、怒り、彼の中の何かを変えてしまったんでしょうね」


 枯葉を踏む音が止まり、綺羅さんが振り返る。


「私が思うに、きっとそれはお爺様の()()()()だったと思うわ。楓おば様と別れさせるための」

「……私も、そう思います。あきらかに当時のナチスとユダヤの関係性を逆転させた、()()()()()()()()です。ただ、暁夫さんがそれを『ハッタリ』のつもりだったのか、『真実』のつもりだったのかは、私には判断がつけられません」


 何が真で、何が偽か。

 何より、どんな荒唐無稽な話であれ、現実として目の前に()()()()()がある。与太話を真に受けても仕方がない点はあるだろう。


「実際のところ……本当にここで起きたことが何だったのか、伊作さんがどうやって財を成したのか、あのミカエル様が何だったのか。何百年も昔の話です。誰にももう、それを知る術はないんじゃないかと思います。歴史の闇に埋もれた話です」

「原因が何であれ、少なくともそれを『事実』と考えた人間は『()()』はずよね。きっと、それは徳夫、暁夫お爺様だけじゃないはずだわ」

「かも知れません。とはいえ、光政公は藩主となってから隠居するまでの四〇年間中、およそ三十三年に渡った克明な日記を書き残しているんです。庶民の味方であり、名君である光政の時代に、少なくとも虐殺行為は行われてはいないはずです。何より、切支丹にとって『殉教』は喜びなんですから。改宗を迫り、見せしめを主とした拷問は行っても、死刑じたいは目的としていません。虐殺は無かったと、私は考えます」

「なら、伊作さんはどうやって……?」

「堅実にアイディア農法で成功したんじゃないでしょうか? 普通に、妥当に考えれば」


 張り詰めたような面持ちから、綺羅さんは呆れたような顔になり、


「それじゃ、呪いじゃないじゃない」

「だから、呪いなんてないんです」

「あるわよ」

「あると信じる者には。確かに」


 ふふっと、綺羅さんは苦笑を漏らす。


「つまり、()()()()()()()()を信じていたとでもいうの? 私の家系は」

「だからこそ、()()が呪いですね」

「あなた、ないっていったじゃない?」

「ケース・バイ・ケースです」

「なに? それ」

「荒唐無稽な話を荒唐無稽で返すなら……何者かが、明治の頃にでも、八幡の家の者を()()()ための『仕掛け』で作ったものかも知れません。『()()』ですが」


 えっ? と驚く顔を綺羅さんが見せる。これは、彼女の予想の埒外にあった言葉なのだろう。


「四百年近く続いた家なら、どれだけ無信仰でも、何人か『改宗する者』が出てもおかしくはありません。その代に、見様見真似で念持仏の仏塔を築いた。伊作さんによる縁起は()()()でしょう。でも、子々孫々まで伝わることもなく一代で廃れたとします。池田綱政の例を挙げるまでもなく、子の代まで信仰が続くとは限りませんから」


 現に、今の伸夫さんがそうだし、郁恵さんだってそこは同じだろう。


「そうなれば廃寺にもなります。そこに()()()()()者が、何か一計を案じて『()()()』たものなら――」


 ()()()()()()()を押しつけられ、信じ込んだ代の者もいるかもしれない。

 その呪いを払う方法こそが、徳夫さんのカバラの秘術であり、縋る縁がその祖先の出自だったのかも知れない。


「仕掛け……? 曾お爺様が……()()()に引っかかったという話? 馬鹿々々しい話ね」

「えぇ、そんな馬鹿な話はないんです。でも、()()ものを信じ込まされた。徳夫さんだけでなく、()()()()ごとです。……それこそが、()()ではないかと」


 祖先の()()を捏造して金を引き出すのは、詐欺の常套手段だから。


 手段まではわからない。ただ、それは思いのほかに大規模で、それでも、狭くて閉鎖されたこの村の中だからこそ、通じた手法だったのかも知れない。

 何にせよ、他に何もない土地で、『六部殺し』めいた因縁話を流布できる材料は、こんな物しかないだろう。『出自不明の異邦人を祖とする村』『大量の人骨』『廃寺の仏像』――三題噺には(おどろ)々しい題材で、よく考えたものだ。だからこそ――誰かの描いた()()という()()()()なら、推定も可なんだ。


「嘘が真実に――真実が嘘に。……呪いね、本当にくだらない」


 初めて、綺羅さんは相槌を打った。うつむくような姿勢のまま。


「私だって、その話のどこまでが真で、どこまでが偽かは、わからなかったわ。わかるのはそれを信じた人がいたという事実……。私には、あなたみたいにそれをハッキリと『馬鹿々々しい』って喝破してくれる人なんて、どこにもいなかったの。そう、これまで、ずーっとよ? ふふ、ははっ……可笑しいわ」


 ……つまり、今の話の()()()()、綺羅さんも……そして伸夫さんも、知っていたということ。どこまでを彼女自身が信じたのかはわからないけど――。


「でも、それが『真実』であると信じた者によって、伝承は、因縁は、生々しい『()()』となって蘇る。リヒテルさんがそうであったように」


 そして──。


「今私が口にしたのはあくまで、『可能性の提示』です。『過去の因縁』についても、そして『あなたの目論んでいる計画』にしても。その真偽は、私にはわかりません。ただ、後者は――()()()()()()()わかる話です」


 答があるのかないのかハッキリしない過去の話と違い、そっちの方には……綺羅さんの中にだけは、明確な「解答」はある。




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