第十二話 閻獄峡ノ急『黒墨の帳に』(幕間・三)
「ですけど、真冬さんのこれは正義です。そこが、わたくしには納得が行きませんの。人としては正しい、正義の行使者ではあっても、探偵としてはアウトなのですから」
堂々、カーチャンの探偵行為をアウトっていいやがった――。沙織も思わず鼻から笑いが溢れる。
「まるで『正義』と『探偵』は両立しないっていってるような話だな、ソレ」
「両立はしても良いですし、しなくても良いのです。真冬さんがよくおっしゃってますよね? ――解決できない事象はありません、と。私としましては、それは違うと思うのです」
「……ん、まあ解決できない事だってあるわな」
「いいえ、そうではありません。謎は、必ず解かれる物。真相は、必ず明かされる物。解を提示せぬまま『後は読者の皆さんで考えて下さいね』などと出題のまま曖昧に落としては愚の骨頂です。だからこそ、探偵とは暴く者。世界の破壊者で良いのです。必要なのは事件の解決なんかじゃ、ありませんですの。すなわち、謎への解答なのです!」
「……つまり、『答』さえ出せたなら、面倒事の『解決』なんてしなくても良い、ってのか?」
「はい。だからこそ、わたくしには判断の迷うところであり、承伏いたしかねることであり、首肯できぬ点で、同時に、自問自答もするのです。もし、昭和二十九年、ここに立っていたのがわたくしでしたら、果たしてどうしていたのかしら、と……」
「たぶん、みんな死んでるよ」
「ですよねー」
「そこでニコニコ笑いながら『ですよねー』はねえだろ、このやろう」
「はいー」
いや、まったく。
ほんと、何なんだろうね、この子は。
誰が呼んだか、鏖殺探偵。いや、全部が全部、みんながみんな死ぬワケでもないよさすがにさ! ……あ、でも……こいつが「解決」し初めてから、一人も死なないケースって、一回でもあったっけ?
「……ま、今回はカーチャンにゃ止められてたけど、昔話の掻掘に来ただけだから、まだ相当マシだけどさ。これで誰が死ぬわけじゃなし、何か起きるでもなしさ。ただ……」
「いえ、そこはどうでしょう。まだまだこれからですし」
「いや、ヤメロって! まーじで! こないだのアレもお前が『解決』してから五人も死んだんだしさぁ!」
「そんな、ひどい。まるでわたくしのせいみたいじゃないですかぁ」
「ある意味おめーのせーだっつーの! 何人殺せば気が済むんだよ、お前の推理は!」
「ですから! わたくしは誰も殺してはおりませんし、人を殺すのは犯人さんですの!」
「ああいえばこう……いや、まあそりゃそうか。そりゃそーだけど!」
「ですです」
こんな話でニコニコ微笑むコイツが、やっぱり何かどうかしてるのだけは間違いはないとして……。
「ま、でもさ。粂さんにあの、楓さんが隠してた手紙見つけ出して渡したのは……良かったのかな? アレって、なんて書いてあったんだろ?」
「ぷらいばしーの侵害じゃないですか、親書で遺書ですよ? そんなの、見ませんですよ。ヒドいですわ?」
「いや、見たいってゆってないって! ……でもさ。カーチャンがアレ……見つけられなかった、ってワケは……ないよな?」
あんな所に隠してた物を、普通なら見つけられるわけもない。しかし――真冬となれば話は別だ。
ただ、あの時の真冬たちと今の自分たちでは、そもそもの前提条件が違う。自分たちは「勝手に」八幡家に入り込めたし、例の場所にも潜り込めた。杉峰楼から一歩も出られないまま、安楽椅子で当時の「アベック殺人」事件を解決したのは、確かに凄いことだけれど……。
「……えぇ。最悪の事態を回避したのでしょう。でも、もうあれから三〇年以上なのです。粂さんだって、もうじき七〇です。彼女一人で今更何もできはしませんですし」
「……もしまだ粂さんに気力や体力あるようなら、アレ読んじゃったら、何かするってのか?」
「どうでしょう。何が書かれてたかもわからないのに、なんにも判断はできないじゃないですかー」
「いやまあ……それもそうだけどさ」
とはいえ、やっぱり何か、引っかかる。ただの遺書なら、普通に残すだろう。普通じゃわからない隠し方の手紙を、どうして……?
いや。こいつの「暴き方」が「普通じゃなかった」ってだけか。遅かれ早かれ、いつの日か……粂さんの目に触れたかもしれない、そういう隠し方だ。それが何年先になろうと構わない、いっそ目に触れず終わっても構わないって感じかなぁ。
その想定では、本当の意味での親書ですら無いかもしれない。相手が特定はされていようとも、読まれても読まれなくても良いなんて、それではまるでメッセージボトルを海に流すような話じゃないか。
「ん。何かイヤなの思い出しちゃった」
「はい?」
「最近そういうミステリー読んでさ。すげえ新人出たじゃん。『新本格ミステリー』なんてキャッチコピー付けちゃってさぁ!」
「えーと、知りませんですー」
「そこはちゃんと読もうよ! おめーだって探偵なんだしさぁ! えーと。まあそれこそ、最後に犯人が独りごちて終わるヤツな。作品内ではその事件は解決されないで、ただ真相だけ犯人が手紙にしたためて海に流すってオチ」
「うーわー、サイテーですねぇ!」
「いや、さっきおめーのいった通り『解答』は読者には示されてるから、おめーの条件になら間違いなく合ってるんだよ。うちのカーチャンなら納得いかねーだろうけどさ」
「あれ、もしかして今わたし、ネタバレ聞かされまして!?」
「あー、いやまあ、バレとかじゃなくて! いや、どうかな? ダメかも! ごめん!」
というか、その事件の性質はむしろ「コイツ向き」なのに、なんで読んでないんだか……。
あたしはミステリーが好きだ。ガキの頃に母親が凄腕の名探偵だって知って、その解決した数々の事件の記録を見て、心の底から尊敬し、震えた。
あたしもそうなりたいって思って、看板も引っ込めてた『探偵舎』を復活させ、一人私立探偵気取りでアレコレやってみて、そして自分には「探偵の才能がからっきし」なのを思い知らされた。なのに、魅織は本物の「名探偵」で、片っ端からトラブルに巻き込まれに行くトンチキで、ろくにミステリーも読まないのにどうかしてるレベルの博識の、そしてあたしの親友だ。
――だから、この子を再びまた『闇』の中に戻すわけにはいかない。
経緯は知らない。それでもカーチャンはこいつを得体の知れない連中から助け出し、そしてあたしに「友達になってやんな」と引き合わせた。言われたからなったわけじゃない。たぶん、何かそこに運命ってのがあったんだ。
八幡家の「座敷牢」を見て、「わあ、懐かしいですねぇ」なんて口にするコイツに、何っていって良いのかあたしにはわかんなかった。
何にせよ、今回の「事件」もまた、このまま闇に葬るべきだろう。カーチャンの耳に入ったら何いわれるかわかったもんじゃないし、誰も得もしない。波風立てるべきでもないし、園桐の皆さんにも平穏に暮らして貰うべきだ。そう、これは「なかったコト」にして良い事件だ。
「ただ、楓さんが何故、実母にのみ手紙を残したのかが、少々わからないのです。楓さんにしてみれば、可愛い我が子を奪った鬼のような母なのです。怨嗟の対象に含まれていてもおかしくはないかもです。それでも、粂さんにとっては大事な一人娘ですから」
「……どうにも、ヤーな話だし、面倒で複雑だよなぁ」
母親を殺したいほど恨んでいたのか、慕っていたのか。どっちなのかも、その両方なのかもわからない。いやまあ、他ならぬあたしだって、実の母に抱く感情は、二律背反的。どっちなのかもいまだに自分でもわかんねえや。
なあ楓さん、あんたはどっちだったんだい?
「でも、それももう終わった話なのです」
「……終わった、ね。どうなんだろうね、ソレ」
La Fin(?)




