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聖学少女探偵舎 ~Web Novel Edition~  作者: 永河 光
第二部・幾星霜、流る涯 Once Upon A Long Ago
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第十二話 閻獄峡ノ急『黒墨の帳に』(後編・その11)



4.


 真っ赤に染まる空が紫にかわる。


 いけない、今のうちに私もお風呂くらいは入っておかないと……。

 本をパタパタと仕舞って、部長から借りた資料……あと、まだ目は通していないけど『白蝋地獄』と題された、楓さんの事件の直前にあった事件メモごとバインダーに閉じて、私はそのままの恰好で、下着とシャンプーの類だけ入った手提げを片手に、中庭に出る。中庭というか、裏手の山に面した別館に続く通路になるのか。タオルや着替えの浴衣くらいは、備え付けてあるのを貸し出して貰えるだろう。


 石畳の続く先、半分が露天風呂風になった大展望浴場があるとパンフには書いてあったと思う。もちろん個室風呂やサウナのような近代設備だってあるらしく、そういったいかにもなレジャー施設的あれこれは、部長的には面白くない部分かも。


 十二月の夜なのに、息すら白くならない。


 紫から黒へ変わる空、血の色に染まる地平の中、紅葉の続く路を独り歩く、この何ともいえない静寂感。……意地を張らずに、部長と一緒にお風呂に入った方が良かったかも、と、今更ちょっとだけ後悔。

 いや、そっちを選んだほうがもっと後悔することになるかも、と自分にいい聞かせる。

 ……部長だって、べつに悪い人じゃない。意地の悪い人かもしれないけど、そこはまあ生まれ持っての性質っぽいから仕方がない。悪気があってそう振る舞っているんじゃないんだし。それに……うぅ~ん……どうなんだろう。

 私は、ちさと部長のことを……好きなんだろうか。嫌い……はないけど、苦手なんだろうか。苦手は苦手で間違いないとして、いや、そこが正直、いまだにわからない。

 間違っても「姉のように慕っている相手」ではないし。お調子者で底意地が悪くて無茶苦茶で高飛車で自分勝手で非常識で、いや、でもそんな悪い所ばかりじゃないんじゃ……良いトコも全然思いつかないけど。いやえーと、でも、何だろう、う~ん。

 こんなに評価に判断を迷う人っていうのも中々いないというか、難しい。


 がさり、と木陰から物音がした。


「……なぁ、ちょっと聞きたいんじゃが」

「はい。あの……私にですか?」


 さすがに驚きは隠せない。ぬっと、巨体が木陰の影から出てきたのだから。

 まるで熊か何かと見紛うような、大柄で茶色い髪の西洋人……あらかじめ面識がなかったら、こんな人に話しかけられたら相当恐いと思う。

 ええっと……私、力輝さんから指名されるようなことって、しましたっけ?


「ウン、まぁあの、なんか高飛車な子じゃなかったら誰でも良かったんじゃが」

「そ、そうですか」


 ホッとするというか、自意識過剰だった。恥ずかしい。しかし選定理由ってそれですか。


「あとあの金髪とか赤毛の子もな。ワシゃガイジン苦手じゃけーな」

「……突っ込んでよろしいのでしょうか」

「ん、何をね?」


 わ、そーゆーボケじゃなく本気だったのか。


「ええと。聞きたいことって、何でしょうか」


 むしろ、聞きたい話が山のようにあるのは私の方だけど。


「……吉田のお孫さんから色々聞いたわ。奥方様……いや、粂さんは……うん。やっぱし自殺なんかのぅ」

「あぁ、えーと市川さんでしたっけ」


 ()()()()、って。そう判断しますか。

 粂さんの人となりを知る人がそう考えるなら、それに相応しい普段からの言動もあったのかもしれない。そもそも、八幡家では操さんという先例もある。


「どうなんでしょう。正直、素人判断では何とも……。いずれにせよ自然死であれ自殺であれ、同じ結果だった気もしますし」

「同じ……ハッハ、いや、それはないじゃろ。天寿で召されるのと、自分から命を断つのとは大違いじゃわい」

「あ、……すみません、そうですね。私たちの教義的には、大罪です」


 ミシェールの制服を着てて、私はまた何と罪深いことをいったのか。

 それに、探偵失格な発言でもある。


「まあ、それゆーたら粂さんだって()()の人じゃないわな。どこの宗派のお人じゃったかな、そういやぁ」


 ……宗派には見当もついているけど、かといって本格的に信仰しているかはわからない。


「そういえば粂さん、園桐の生まれではないのでしょうか?」

「さぁー。そこまではワシもしらん。ん……、いわれてみれば、仏壇の一つもなかったのぉ、あの家には。さて……?」

「あ、いや。そこはもう今更詮索しないでも良いんじゃないかと」


 他宗派から嫁入りというのはどんな時代にせよあり得るけど、いずれにせよ、八幡の家に入ってからは無信仰になったかもしれない。……死者への弔い、という事態に直面するまでは。

 いずれにしても、そこまで熱心な信仰心は無かったとも思う。そうでもなければ、あんな建物の中ではとてもじゃないけど、暮らせないだろうから。


「私がいいたかったのは、自然死であれ自殺であれ、問題は『()()』として何を残したかに、今回の怪事件の要はあるんじゃないかって。……そこはまだ憶測で、無闇に口にして良い話とも思えませんけど」

「……つまり、()()()()()()、か」


 お年寄りが自殺を選ぶことじたい、統計的には珍しくない。もし死期を既に悟るような徴候があったなら、尚更。ただ、粂さんの場合はそれには当てはまらないけれど……。

 部長にまた嫌な顔をされそうだけど、私はその「死因」の部分は――「どちらでも良い」と考えていた。

 判断しなければならない一番重要な点は、それが「綺羅さんの手による殺人」だったか否か、だろうけど。私はそれはないと思う。ないと思いたい。()()()()、という時点で、やっぱりこれも探偵失格だけれど。

 一番()()()()可能性は『自然死』……酷い言葉を口にしたものだと自分でも思い、気恥ずかしくなる。疑っておいて、疑いたくない、と口にしている。最低だ。

 肯か否か。表か裏か。嘘か真か。極端な話、確証の得ない「どっちでもあり得る」論だけが根幹になっているのがこの事件で、ここまで単純な構造、明け透けな手口でありながら、誰一人、何一つとして「どっち」とも断言できない。こんな構造の犯罪なんてあるのだろうか。

 まるでこれじゃ、探偵潰しじゃないか。


 ……あ。


 この事件の構造の「芯」が見えた気がした。

 ――そうか。

 何かの歯車が、カチッと私の中で噛み合うような感覚がした。


「……そこは、まだ憶測の域で、何ともいえません。ただ、あらゆる状況証拠からも綺羅さんの関与は――」

「ないわけは、なかろうな……」


 うん、まあ……そこは八幡家の状況と、粂さんと綺羅さんの関係を知っている人なら、誰でも同じ考えになる所でしょうけど……。





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