第十二話 閻獄峡ノ急『黒墨の帳に』(前編・その35)
・証言 運転手の奥宮
「んー? 何かいね、そこの嬢ちゃんらも一緒に、今から杉峰サンのとこへ行くんね?」
片手に草刈り機、片手をポケットに突っ込んだ、ヒゲで坊主頭の男性がこちらを振り返る。
「あっ奥宮さーん、まだ用事しよるん? はよ支度しんさいやー」
「や~、作業を途中で放かして行くのんも、何かアレじゃしね。ま、えーか。ええと、奥様がたに綺羅さんに、君ら三人に、あとそこの探偵のお嬢ちゃんらがひぃふぅみぃ……六人。女十二人に男はワシだけってことなんじゃね」
結構な人数だけど……。
「今日は運転はせんのね」
「この人数じゃけぇね、大杉さんトコからマイクロバス出してくれるゆーてじゃけ。そもそもワシ、二種は持っとるけど普通車の免許しかないけぇね。あ~、そうかワシ、今日は運転せんでもええんじゃ。ビール飲も」
「奥宮さん、昼間っからそれはアカンよ」
ニッコリ笑いながら、安原さんが奥宮さんの禿頭に軽くチョップを入れる。
「あ、あの……はじめまして。ええっと、奥宮さんは、こちらではどのような……」
「うん? ああ、基本は運転手じゃけど、こちらの家の人らがお出かけする時以外は、あーとは……庭いじりとか軽作業とか? そーゆーアレじゃね」
今度は市川さんが笑いながら相乗りしてくる。
「ようは雑役夫じゃね」
「言い方!」
「なんもせんと給料貰ってるようなもんじゃしねぇ。ある意味ここの坊っちゃんより働いてないよねぇ」
「いやそれも言い方!」
うん、使用人の皆さん、仲は良さそうだ。
「ええっと、奥宮さんには特にこのお屋敷で、おかしな点、お気付きになった点などは、ございませんでした?」
「んー。どうなんかねぇ。ワシ正直、あんまここん家の人と関わる気ないんよねぇ。精々、奥様を乗せて買い物と愚痴に付き合うくらいじゃし」
「まー旦那さんとか、みんな免許持っとってじゃけぇね」
そりゃあ、こんな土地では車の有無は死活問題でしょうし。
「こちらの奥様との愚痴に付き合うのは大変そうですねぇ」
「まったくですわね……」
大子さんと部長がしみじみと相槌を打つ。
奥宮さんは、作業を切り上げるため、ベビーカーより一回りは大きそうな草刈り機を手押しして、車庫のシャッターを開いて中に放り込む。
ベンツとかBMWとかジャガーとか、ちょっとアレな車ばかりが目に入った。意外なことに4WDは一台もない。山道とはいえ、普通は舗装道路しか走らないから無理もないか。
「運転手と、あとはお庭の手入れなんかもなさっているんですか?」
「んー? まあ、ついで程度にかねぇ。ゆうてもここの広さ見てもわかるじゃろ。一人じゃー無理じゃし。ほじゃけ月二回は造園業者に来てもろーとるんよ」
「落ち葉くらいならウチらも掃いとるしね」
こんな僻所であれ、伸夫さんや恒夫さんの仕事の関係か、八幡家には週に2~3度は来客もあるらしい。見栄えのためにも手入れは欠かせないということなのだろう。維持費も凄そうだし費用対効果の効率は悪そうだなぁ、と一瞬思うものの、そういう話でもないのだろうとも思う。自宅が「良い感じに保たれている」事を良しとする旨は理解できるし、その費用を惜しまない程度には裕福な家なのだろう。
「……業者さんは、当然剪定用の機材も持ち込みですよね?」
「まあ、そりゃあ当たり前じゃね」
「という事は、その軽くお手入れ用にでこのお屋敷にある草刈り機って、先ほどのだけなんでしょうか? 他に芝刈り機とかはありませんか?」
奥宮さんの手にしてたのは、その辺のホームセンターには置いてないような、ちょっと高級品の小型なエンジン草刈り機だった。
「何が違うんかいね、草刈り機と芝刈り機って」
「あ、はい。すみません……エンジン部分がディーゼルかどうかなんですけど」
キョトンとする奥宮さんにかわって、カレンさんが口を開く。
「ん、さすがにこんな物までいちいちスペックとかメーカーとか把握してないけど、今の見た感じ、動力はカワサキ4サイクルかな」
「なんでカレンはそんな物までわかるの!」
「いや、わかるってエンジンなら。音で」
「いやフツー無理ですって、それ」
「わかるって! 常識だってば!」
それって重要なことなの? とばかりに、部長がいぶかしげな目を私に無言で向ける。
……うん、ちょっと気になったから。
やっぱり、「必要ない」物があるのは、どうしても考え込んでしまう。
お庭に「墓石」があるくらい非常識なのに、庄屋とか名主の屋敷なら、あってもおかしくない「農作地」の一つもないのなら。ましてや、耕耘機のような物だってないし。
ここはまあ、考え過ぎかも。
「あっ! 奥宮さんもうコッソリ缶ビール開けとる!」
「せめてバスに乗るまで我慢しんさいやー!」
「ていうかバスで飲んでもダメじゃね? 奥様や綺羅さんとも一緒に乗るのにアホなん? バカなん? ハゲなん?」
「あー、忘れとったわ! あとハゲはしゃーないじゃろ!」
何というか、中学生の私から見て、結構なオトナのはずなのに、お手伝いさんも奥宮さんも、まるで学生のようにふざけあっている。
見てないうちに何か口げんかでも始めていたらしく、笑いながら安原さんと市川さんが奥宮さんの禿頭に前後から同時にチョップを食らわせていた。
いやまぁ、ええと。
「これで例えばもし、アイツが真犯人とかでしたら、本なら破って壁に投げつけている所ね」
「さすがに、ないと思いますけど……」
「あ、カナエちゃんタマエちゃん。うちも行くけ」
「そろそろバス来るよ。はよしんさい」
お手伝いさんたちが手招きして、最後の一人が合流する。
・証言 藍田のぞみ
「あの。藍田さんにお聞きしたいんですが」
「……粂さまの件ね。……ウン、まぁ、なんか色々疑われても仕方ないよねぇ、こんなことになっとってじゃと」
「あ、いえ、疑うとかじゃないんですけど」
ため息を吐き、やや憂鬱そうな顔の藍田さんは、私の目からは何かに荷担していたようにも見えない。
「ウチも、こん中では一番長いけど、ここでお勤めさして貰ろーて一年よね。粂さまにも、最初はようして貰ろてじゃけど……」
「やっぱり、邪険にされまして?」
「……はい。なんか、アレが気に入らんこれが駄目、来るなとか、出て行けとか……」
「それでも、粂さんへのお世話やお膳の上げ下げは藍田さんの役目、と郁恵さんから聞きましたけど」
「……ウン。ほじゃけど……そんな感じじゃったから、……綺羅さんがかわりにやっといてくれる、ゆうてじゃけ……それに甘えて……それが……まさか、あんよーなんになるなんて、もぉ……」
涙声になっている。
う~ん……。
「そうすると……今回藍田さんが発見したのは……ああ、綺羅さんが今日はお屋敷にいらっしゃらなかったからですね」
「うん……。インターフォンで呼んでも、返事がなかったから……」
「失礼、藍田さんがその前にインターフォンを使ったのは、いつ頃です?」
そのカレンさんの質問に、少し考え込んだ後、藍田さんは首だけを振った。おそらく、覚えてないくらい前なのだろう。
そうなってくると、もう分解なり指紋採取なりもほぼ意味もないかもしれない。勿論、そんなことをそう易々とやらせて貰えるわけもないだろうけど。
「これ、もう他に可能性ないわよね」
「……ですよねえ、残念だけど」
う~ん……。
「……やっぱり、綺羅さんなんかねぇ」
「うちもそう思う」
「うん」
お手伝いさんたちも皆、同じ意見らしい。それもそうだろうけど……。
同時に、彼女たちには数ヶ月の間、家人の死に「気づけないでいた」という負い目もある。
「誰かのせい」であった方が、確かに安心もできるはずで、そういった心理も一応は考慮しないといけない……と、思うけど。
う~ん……。
「あなたたち、いつまでも油を売ってないで早くしなさい」
「あ、はい! 奥様」
まるで叱られた子供のように(いや、子供ですけども私たちは……)、郁恵さんの一言で私たちは門へと向かう。




