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聖学少女探偵舎 ~Web Novel Edition~  作者: 永河 光
第二部・幾星霜、流る涯 Once Upon A Long Ago
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第十二話 閻獄峡ノ急『黒墨の帳に』(前編・その27)


「あの。でしたら、その伸夫さんの娘である綺羅さんが、どうして粂さんの血を引いている、とお思いなんでしょう?」


 ……ちょっと際どい所を突き過ぎたか。

 ショートピースを咥え煙草のまま、わりとぶっきらぼうに恒夫さんは話を続ける。


「ン。俺が思うに、ありゃあ……伸夫の子じゃないんじゃねェかな、ってね。いや、確証はないよ? 伸夫は、楓姉さんが大好きだったからね。面影のあるあの子を自分の娘にしたかったんだろさ。たぶん、あの子は……」

「え~と……。つまり楓さんの血を引いてる、ってことでしょうか」

「……うん、まぁ、イヤ、違うな。楓さんは生娘のまま死んだって話だからな」

「えーと、力輝さん……でしたっけ。あの人が()()()()()()()()じゃないんですか?」


 無言のまま、半分灰になった煙草をここでようやく灰皿にトントンと落とし、恒夫さんはしばらく火の先を見つめる。

 頭髪は薄いのに、細い指は毛むくじゃらなのが少し気になるといえば気になるけど、今はそこはどうでも良い。


「……探偵さんのトコの子だしなァ、君ら。だからまァ、隠し立てに意味もねェか」

「ええっと。すみません、今のは()()()()みたいなもので……」


 それだって、()()()()()()()()だ。実際、巴は結局それを口にしないでいても、幾ら自称「()()」カレンにだって、あそこまでいわれたら、その程度の予想もつく。


 ――イヤな話だね、どーも。


 今の自分たちと大差ない年頃の楓さんは、どういった経緯か身ごもって、産んだ子供を家族ぐるみで「使用人の子」として育てていた、とする。どんな気持ちでいたのだろう。

 自分が母だと口にもできない状況で、実の我が子から「お嬢様」と呼ばれる暮らしだったかも知れない。

 殺意に至る「何か」を蓄積するに十分なお膳立ては、そこにあったかも知れない。

 そして、電車の中でちさちゃんから聞いたタイムチャート程度の話で、巴って子は()()まで至ってたってこと。どんな脳味噌してんだ、ホント。


 感心すると同時に、そこはあまり踏み込みたくない話だともカレンは思う。悪いけど、ここは巴に押っつけておくことにする。


 ……問題は、もし仮にドイツ人技師の子を身ごもっていたなら、楓の妊娠、出産にかかる時期に、伸夫も恒夫もまだ生まれてもいないか、物心もつかない幼児だったかのはず。

 だから、ここでそんな()()()()をしても、そもそも知らない、知らされないまま、彼らが大人になっていた可能性も考えられた。

 事実がどうあれ「知らない」なら答えようもないし、単に不躾で失礼な話として、不快にさせるだけかもしれない。だから、ここでそんな話を持ち出すのは、博打めいた話でもあった。

 ()()()()な巴に変わって、そこの正誤を引き出す役目。自分は、今はその程度で十分。


「俺だって、本当の所は知らないよ。知らされてもいない。うちの親父も、伯父も、爺さんも、みんな()()()()を決め込んでいたからねェ。うちの下男の力輝が、まさか楓さんの子だなんて、思ってもいなかったしねェ」


 下男って表現もどうなの。


「じゃあ、どこでそれを……?」

「……そこまで君らに話す義理はないんじゃないの? だいたい、それ自体は今ウチで起きてるワケわかんねェ事件の調査をするのに、君らに必要な話でもないだろ?」

「ごもっともです」


 ふぅむ、とカレンは考え込む。情報源としては不鮮明で不確かで、でも、もし仮にそうなら……クォーターのドイツ人ってことになるんじゃないの、綺羅さんは。

 とはいえ……。


 う~ん、駄目だ。わかんない。


 モンゴロイドと西洋人の血の混じったハーフとかクォーターの、独特な風貌って物には、他ならぬ自分自身がそうなのだから、ある程度は「わかる」つもりでいる。

 例えば、生まれの特殊性で国籍こそ日本人であれ、花子に至っては一滴も東洋人の血が入っていない、完璧な金髪碧眼に白い肌と彫りの深いガイジン顔。ハーフ・ジャパニーズの自分には、まだ東洋人の面影だってある。だからといって、何をどう観ても鏡に映る自分の顔は、モンゴロイドにも見えやしない。

 NYの学校で一緒だった、何人かのクォーターの子にしても、どれだけ有色の肌や黒い体毛の、優性の遺伝形質(最近じゃこれも「顕性」って言い換えになりそうだけど)が色濃く出ていようとも、ガイジン顔をアジアンで薄めるには、四分の一程度じゃまだまだゼンゼン足りない。

 では、綺羅さんって人は、どうだったろうか?

 ……わからない。

 そもそも、八幡家の人たちが、どう観たってどいつもこいつもハーフ(づら)じゃないか。勿論、モンゴロイドが混じっているのは一目瞭然でわかる。目の前の恒夫さんにしてもそれは同じ。「東洋人のおっさん」らしさと「バタ臭い顔」の混じった感の、何とも人種判断の難しい顔だ。

 紛争域の亜細亜と欧羅巴の境界線あたりなら、きっとこんな風貌のオッサンもごろごろいるだろうし、そして日本の田舎にはごろごろいるわけのない顔だとも思う。普通はもっと()()()()ばっかりだ。


 ……どうなんだろう。これ。

 そもそも、東洋人が混じった時点で厳密性も見えてこないし。う~ん、わかんない。

 いずれにせよ、迂闊な言葉をぽろぽろ漏らすわりには、恒夫さんって人は伸夫さん家にほとんど関わっていないようだし、状況特定を詰められそうな話も出てこない。

 ……()()()かなぁ。





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