第十二話 閻獄峡ノ急『黒墨の帳に』(前編・その22)
「杉峰楼の方に用事があった、というわけでもないでしょうねぇ」
「祖父とはあの頃、大杉さんの所と険悪だったようだしな。祖父も父も大の耶蘇嫌いで」
「真冬さんを避けていた、という話を綺羅さんから伺いましたけど……その時期でしょうか」
「……ああ、祖父が死んだ後の、父の暁夫の頃だな。あの頃俺は家を離れてO市の方に勤めてたから、詳しい事情までは知らないが、何か真冬さんたちに対して失礼があったようだ。今更な話かもしれないが……お詫びしよう」
「あ、いえ。お気づかいなく」
第一、私に謝られても。
そして、綺羅さんの話の一つが事実だった確認も、ここで取れた。
……困ったなぁ。綺羅さん、誇張はあるようだけどキッチリ正直者じゃないか。う~ん。
「確か……善三さんの所は、祐二さんが物心つく前に、法華だか何だかに入信してたから、杉峰楼の連中は余所がどうなのかも碌に知らないだろうさ。娘をカトリックに通わせるくらいだから、まあその信仰すらも適当なんだろうが」
「適当……」
「その上、美佐は早いうちから村を出て行ったきりだし、タツヨさんなんて隣県から嫁入りして来た余所者だ」
う~ん、そうヨソモノとか堂々いっちゃうのも、ちょっとアレですけども。
「幕末から以降、新興の宗教はわりと入れ食いだったようですからね、この辺り一帯。大杉家の改宗は、昭和初期あたりでしょうか」
信仰の土台が稀薄な地こそ、後に宗教団体が大量に根付くのは明治維新後の各地でもよくあった話。
例えば部長の口にした通り、浄土真宗が禁じられていた薩摩藩人吉藩では、廃仏毀釈でその他の寺院が打ち壊された後に、最も盛んに「禁教」だった浄土真宗が布教された地でもある。
「どうだろうな。大杉家も元はうちの分家だったそうだが、その辺りから親父や祖父とソリが悪くなってな。そしてあの事件からこっち、余計に疎遠になって。今はそうでもないがね」
確かに、実際血は混じっているとも思う。そもそも人口が少ない村落だから、そこはそうおかしくない話。
「ま、杉峰楼を建てたのだって元はウチの先祖で、あそこは代々分家筋が運営していたと聞くが、いずれにせよ何百年も前の話だ」
「つまり、今となっては『主』として口を挟む権限もない、ということでしょうか」
「今にして思うに、祖父や親父があの時美佐のミシェール行きに反対したってより、愚痴や悪態を吐いただけかもな。結局、信仰は希薄でも、家柄だのどこそこの誰がどうしただの、つまらん田舎らしい因習はどうしても残るし、人の口に戸板は立てられないってね。そこを強引に立ててきたのがウチの面倒な所だろうが……」
わかります、とは口に出しにくい。
……力輝さんの出生に関してもそうだろう。
考えようによっては、「良かれ」と思っての開発反対に回った伸夫さんの行動だって同じような物かもしれないけど。
「宗教観に関しては私には何も口を挟めませんし、この制服を着ていても、私だってクリスチャンじゃないですし……」
「正直な子だな。まァ、そんなもんだろ。熱心な新興の何ちゃら教の信者が身内にでもいない限り、今日び神様なんざ拝みゃしない。身内にいたからって、子供まで信じるとも限らんしな。ウチだけが特別ってわけでもないか」
「……結果的に、現代は、ですけども。確かにアニミズムをぼんやり信じるくらいですよね、一般的には。後はバチとかツキとか」
「ようは先鋭的な家だって考える方が気が楽だな、ハハっ……。喜一さんにしたって、あの人も戦争で身寄りがないはずだからな。家に仏壇も親の墓もないことに、何の疑問も抱かないで生きてきたんだろう。そうでもなきゃ、毘沙門様の真ん前で、ああいったコトをしでかそうなんて企まないだろうさ。ま、そこは姉さんもか。非道いモンだ」
「神仏と今以上に人心が密接だった時代でも、廃寺や無人の神社はやくざの賭場や逢い引き、拐かし、人殺しの拠点でしたから、そこまで非道でもないです。普通です」
「ハハっ、いや君、普通じゃないだろソレ」
まあ刑法一八八条違反ですけども。
交わりそうにないと思っていた、二つの理由が、ここで繋がる。なるほど。
同時に、ここでこんな話を伸夫さんが私にするのは、真冬さんを信用しているからこそなのだろう。同じ制服で「探偵」を名乗る女の子なんて、そんな珍妙な存在は、そう現れるようなものじゃないだろうし。
そして、そんな普通でない存在の活躍を、伸夫さんは目の当たりにしているんだ……。
「第一、大杉家は村の『外』に居を構えてるしな。因業も何も、わかりゃしないで暢気にしてるさ。……で、今俺がいった理由は、できれば口外して欲しくないわけだ」
「それはわかります。ただ、美佐さんにどう伝えれば良いのかは……」
むつかしい。困った。
近代の、現代人であれば、それはそう珍しい感覚でもないかも知れない。でも、人の暮らしが宗教と密接だった時代からそれが続いていたとするならさすがに異様で、まして葬祭のない集落だなんて、幾ら何でも大っぴらには話せないのもわかる。
そして、それが「秘め事」として代々口を閉ざし、受け継いで来たというのも、理解もできるし、また、頭を抱えるような話。
「いちいち伝える必要もないだろう。あいつは、この村と上手いこと関わらないで生きて行けたんだ。知らなければ知らないで、それに越したこともないさ」
「それは、……どうでしょうか」
自分でも、今ぽろりと出た言葉に驚く。
自分のことを棚にあげて、私は今、何をいっているのだろう。




