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聖学少女探偵舎 ~Web Novel Edition~  作者: 永河 光
第二部・幾星霜、流る涯 Once Upon A Long Ago
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第十二話 閻獄峡ノ急『黒墨の帳に』(前編・その21)


「まァ……何だ。そう吹聴できるような話でもないしな。()()()()()()()()()()()()()()()()も、神社すら無いのがここの風土で。ある意味では『呪われた地』と(そし)られても、仕方がない話だしな」


 自嘲気味に、信夫さんはそう語る。


「い、いえ。そんな」


 ……やっぱり、誹られていたのか。

 困ったなぁ、綺羅さんの法螺でもないのか。

 ……あれ? ちょっと待って……?


「護るべき墓所も、従うべき戒律も、信仰する神すらないのに、気がつけばこの村そのものが『墓』のようなものだ。家一軒新築するくらいなら、息のかかった業者で内々に済ますこともできるさ。そうやって、村民も少しずつは近代化に対応してきた。だが、大規模に掘り返そうってなると、話は別だ」


 確かにあのお婆さんの毘沙門塔の縁起にしても、あまりに類型的で、そして毘沙門信仰のカケラも感じさせない有様から考えて、あの話自体も後付なのは間違いない。


「……確かに。ほじくり返してもし万が一、余計な物でも出てきたら大変ですよね」

「それに第一、今の世の中、どうそれを口止めできるかって話だ。人骨が土砂の中から()()()()出てきて、それを作業員が面白半分に写真を撮ってネットにあげないとも限らない。そもそも、この村は誰一人として金に困ってもいないんだ」

「……はい、理解できます」

「徳夫爺さんが、わざわざ()()()()()()()()()を必要として技師まで呼んできたのも、それが原因だ。くだらん話だ」

「温泉が湧く地にボイラー技士、っておかしな話と思ってましたけど、それが目的でしたか」


 冷泉を加熱するのは珍しくないにせよ、この地の場合は普通に六〇度以上の源泉が湧くようだし。


「だからだろうな。話が違う、と暴れたんだろうさ……あのドイツ人も。俺がまだ赤ん坊の頃の話だ、詳しくは知らんがね」


 伸夫さんはそういって、皮肉な笑いを浮かべる。

 ……うん。伸夫さんは、理不尽な話をしてるわけでもない。判断力も先見の明もある。同時に、美佐さんたちへ、その辺の事情をぼかしている理由さえも、わかる。


「あの。綺羅さんから聞いただけで、正直半信半疑だったんですけど、やっぱり本当に呪われた家、って……呼ばれていたんですか」

「ハハ……確かに、あいつには虚言癖があるしな。まあ、そこは間違いじゃない」


 ああ、あるんだ、虚言癖。

 同時に、引っかかる点もハッキリした。


「お聞きして良いものかどうかわかりませんけども……巷説にのぼる『呪い』の因は、結局、何なのでしょうか?」

「ん?」


 ここで、伸夫さんは不思議そうな顔をした。

 弔いの手法が違うこと、神仏を奉らないこと、それらで「異端の村」と近隣の地域民から誹られるのなら、まだ少しはわかる。だけど――。


「先々代さんか先々々代さんの頃に、大騒ぎになったと聞きましたけど、その『一件のみ』でそこまで口にのぼるものでしょうか? 以降、掘り返す際には(かん)(こう)(れい)を敷くなどしていたわけですよね? それに、それが『園桐全体の問題』であれば八幡家に限った話ではないはずです」


 そんな風に「弔われないこと」が、この村内ではそもそも重大な禁忌を犯しているわけではないはずで、皆がやっている当たり前の風習ならば、それだけを因に誹られるとは考え難い。


「……なるほど。良く気付くものだな」

「呪われているのは『地』なんですか? 『村』なんですか? 『八幡家』なんですか? それに、例えば狐だの蛇だの、非業の死を遂げた誰それだの、何らかの『由来』がなければ『呪い』は口にされないとも思います」


 憎悪、怨嗟にしても。原因がなければ誹られる謂われもないはずだし。


「……何だろうな。根も葉もない『噂』なら、それこそ幾つか心当たりはあるが……実際のところ、村民だって本当の所は何も知りはしないだろ」


 う~ん。


「その『根も葉もない噂』というのは」

「くだらん与太話だ。ウチがその昔、どうやって富を得たか、とかな」

「あぁ……不法な所行で財を得た、とかの類でしょうか」


 いわゆる、落ち武者狩りだとか、旅の行者を殺害して金品を奪ったとか、古来からの「陰口」のパターン……。それ自体は珍しい話じゃないけれど。


「まあ袖の下とか、何らかの真っ当でない工作はしてたんだろうさ。そうでもなきゃ、こんな奥地の痩せた地でここまで家が栄えもせんさ。口巷に陰口がのぼるのも、仕方なしといえば仕方ない」

「地理的にも歴史的にも、ちょっと考え難い話ですけども……」


 贈賄や殊遇はともかく、戦国期からの由来でもなし、一代で財を為すに少々の追い剥ぎでどうにかなる話でもないだろう。そもそも、そういった話を「信じる」に値する根拠を村民に提示できる材料なんてあるのだろうか……?

 むしろ先に、度重なる怪死等の『結果』があって、だから『因』を根拠不在の呪いに求めた……そんな所かなぁ?


「世の中、君ほど理知的に物事を考えられる奴ばかりでもないだろう」

「いえ、そんな……」

「気にくわない相手への悪い噂なんて物は、理にかなうまいと出鱈目であろうと、簡単に鵜呑みにするし、流布するモンだ」

「ああ……それはありますね。今でも、ネットの噂なんかで顕著に」

「それに原因はどうあれ、実際、何人となくウチじゃおかしな人死にも出ている。頭がどうかした奴もな。これは、今更君に隠す必要もないからこそ口にしているんだが」

「あ、……すみません。決して口外は」

「君らがしないでも、どうせ村民なら皆、毎日のように口にしてるさ」


 伸夫さんは、冷笑を浮かべたままでいる。

 この態度や表情を見るに、やっぱり綺羅さんとは親子なんだなぁ、と感じる。

 ……確かに、杉峰楼のお婆さんにしても不用意にそんな話を口にしていた。でも、どちらかといえばそれは同情的な口調だったし、八幡家に対しての敬意だってあったと思う。

 いずれにせよ、原因がわからない呪いというのも、首をかしげたくなる話。


「いつ頃からそう呼ばれたのかは知らないが、明治末から大正にかけて、祖父がその悪評を消すのに尽力したとは聞いたがな。その祖父の徳夫にしても……」

「おかしなお亡くなり方をしたと、お聞きしましたけど……」

「あぁ。(まつ)()(きわ)に病院から抜け出して、わざわざ楓姉さんと同じ場所で死にやがってな。まあ、三〇年は前の話だが」

「それは確かに……不思議ですね」


 同じ場所、って……。


「隣市の病院からバスで園桐まで来るには、確かに杉峰楼行きだろうさ。そこから家に来るでなく、夜中にリフトを動かして、わざわざあの毘沙門塔まで行って死んでたんだ。病死なのは間違いない、不審死でもない、しかし、『異常』なのも確かだ。あれでまた、収まっていた悪い噂が広まったところもあったな」


 う~ん……。



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