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聖学少女探偵舎 ~Web Novel Edition~  作者: 永河 光
第二部・幾星霜、流る涯 Once Upon A Long Ago
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第十二話 閻獄峡ノ急『黒墨の帳に』(前編・その15)



「死因として一番()()()()可能性は『自然死』ですね。ただ、ここまで()()()()()()()()()()いるなら、お部屋の状況で生前に何があったかを推測するのは、ほぼ不可能です。自殺にしては遺書らしき物もないとか、今いったようにお布団の状態がどうだとか、それら一切は判断材料になれません。第三者が『片付けた』のは明白かな……って。証拠、痕跡の隠滅が『ない』と考える方がどうかしている状況です」

「うん、さすがの観察眼だ」


 弄られている、の点に、先輩達は誰も口を挟まない。観察眼に関しては、先輩たちだって同じだと思う。


「状況的に、どれだけ換気や除湿が効いていようと、腐敗もなくこんな形でお婆さんが姿を留めているなんて、偶然ではさすがに考え難いですよね。ここは私には専門外ですけど……」

「異常死体を観て、すぐにそこに考えが行くってのも大したもんだよ。う~ん、測定器がなくちゃ断定はできないけど……おそらくは安定二酸化塩素かな」


 カレンさんが考え込む。


「ここまで変質して、体表にカビ、腐敗すら見えないってなると、強力な殺菌処理をされたとしか考えられないし。それに加えて換気と乾燥……ね。ちょっとないくらい特殊な状況じゃないかな、ここって」

「塩素剤って……ええと、プールとか(まな)(いた)を漂白するアレですか? それにしては、カルキのような刺激臭は……」


 いや、メンタムで殆ど臭気の判断はできないのだけど。


「亜塩素酸や塩素剤とは別物だよ。わりと最近の技術なんだ。安定した状態から活性させてClO2のガスを出し、ほぼ無臭のまま大抵の悪臭を分解するし、殺菌力もハンパない。米軍が炭疽菌を滅菌するのにも使われてた。デメリットとしては、やや高価なのと、塩素系だから金属への腐蝕度が高いのと、あと爆発の危険性がある点くらいかな」

「危険じゃないですか、それ」


 爆発って、どーなの。それ。


「とはいえ安定化させたものなら錠剤、ゲル剤、粉末とさまざまな形態の市販品もあるし、一度活性化させれば三ヶ月は持続する。濃度によるけど通常使用レベルならだいたい無臭に近い低臭で、有害な塩素化合物も発生しない。わりと良いコト尽くめなんだ。無害とまではいわないけど、少量で効果が得られる分、オゾンと併用すれば安全性はかなり確保できる」


 なるほど……。こういった、私にはさっぱり見当のつかないものにまで知識を持っているカレンさんは、本当に頼もしく思う。

 同時に、何かそれも引っかかる。


 ()()()()()()()()()()()()()って、何なの?


 さすがの先輩達も、考え込んでいる。怪死は怪死で間違いない、誰か第三者の手が加えられているのも確かで、だからといってこんな「大仕掛け」が想定できるはずもない。


「ねぇ、巴ちゃん。さっきいってた『()()()()可能性』って、どういったコトかしら?」


 不意に、さっきの私の言葉に大子さんが訊き返してきた。


「大子姉様、それは、私だって巴ちゃんと同じよ。だって、それ以外だと『自殺か殺人』だもの。事件性を避けられないわ」

「……どうでしょうか。このケースでは自然死であっても事件性は避けられないとは思うんですが。自然死であれ、それを隠匿しようとした犯人……この場合は死体遺棄犯、という特殊犯罪になりますけども、いることは確実ですから」


 ただ、自然死であった場合この状況で、遺棄として事件性が認められるかどうかは、正直何ともいえない。


「現状、お婆さんの死に関しては、自然死、自殺、他殺の三択の中から特定するのは、まだ不可能ですけども……」

「事件としては既に『一択』ってコトね。故意の第三者による『死体隠匿』……これだけは確定したかな。『死体遺棄・損壊』っていうには、こりゃあまりにも立派な処理だけど……。少なくとも『数時間のうちにミイラ化』ってわけじゃないのは確かだね」


 その()()()()()という点、そこで事件性の有無が判断し辛くもなる。

 そしてこの場合、すでに存在が確定している「死体隠匿犯」が、殺害まで行ったか否かはわからない。「死因」と「隠匿犯」は切り離して考えないといけないから、そうすると今度は四択にもなる。


 自然死の死体を発見して隠していたのか。

 自殺死体を発見して隠していたのか。

 自殺幇助をした上で隠していたのか。

 殺害して隠していたのか。


 ……()()、四択か。


「一応、ちょっとだけ腕みとくよ。みんな、息止めて」


 カレンさんは、わりと平気な顔のままお婆さんに近づいて、布団を少しめくった。私は目を逸らせる。


「手首にも傷はナシ、正中静脈に何か痕跡ないかなって思ったけど、こりゃちょっと、わかんないな。腕の方はチョイ腐敗が進行してから()()らびてる。あと、大腿部の付け根も少し」


 ……なんて胆力だ、この人。


 ダクト、インターフォンのあたりをざざっと点検した後、カレンさんは腕を軽く組む。


「青酸系の紫疸もナシ、不自然な変色は全体的にないね。経時変化の点からそこも断定はできないけど、これ以上の分析は機械と試薬でも使わないと無理。……さて、次の課題。最低でも一ヶ月以上経過してるってこと。じゃあ、家人は何故気付かなかったんだろ? 食事を処理し、インターフォンで受け答えていた。誰が? ミイラが?」

「誰かが……ミイラと一緒に一ヶ月以上ここに忍び込んで暮らしていた?」


 大子さんの意見に、さすがにゾっと来た。

 無理!

 ……いや、無理とはいわないけど、それは幾ら何でも()()()()()じゃない。


 ──そうね。もうおわかりかと思うけど、私って、()()()()()()の。


 綺羅さんの言葉が脳裏をよぎる。

 …………いやいやいやいや。

 ないですって。さすがに。


「うん、そこは出た後にでもゆっくり考えようか。状況も確認できたし、他の出入り口、抜け道もナシ。お婆さんに食事を運んだり、インターホンの受け答えをしていた家人は何人かいるわけで、全員が嘘でもついてないなら、そりゃ一体どーゆーコトか? ……ようは、そこが一番のポイントかな」


 カレンさんは撫でるように手を私の頭にのせ、くしゃっと髪を掻きあげる。


「出よう。よく頑張った」


 きっと、私はそうとう蒼い顔をしていたのだろう。


「あ、待って下さい、ええっと……」


 お婆さんの方に向いて、手を合わせる。

 お婆さんの宗派はどこなのかわからないけど、どんな人だったのかもわからないけど、あんな姿のままずっと放置されたお婆さんのことを考えると、何だかやりきれない気持ちになって来る。

 安らかに、お眠り下さい……。

 自分の右手にはめたロザリオが、少し後ろめたい。少なくとも、お婆さんはクリスチャンではないはずだから。


 徒労といってもいい「捜査」だったけど、一つだけ重要な点は、これでハッキリした。

 ここに誰かが長時間潜んでいた様子は無い。定期的に忍び込んでいたような様子も。そうなってくると、答はかなり絞り込める。






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