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聖学少女探偵舎 ~Web Novel Edition~  作者: 永河 光
第二部・幾星霜、流る涯 Once Upon A Long Ago
47/281

第十二話 閻獄峡ノ急『黒墨の帳に』(前編・その12)

挿絵(By みてみん)

5.






 黒板の壁と生け垣の間で体操服に着替え、畳んだ制服を花子さんに渡し終えると、頑丈な鉄扉脇の通用口から、私とカレンさんと宝堂姉妹が一歩、乗り込む。


 蔵正面の大きな鉄扉は、既に飾り同然になっているのだろうか。鉄扉の脇に穿たれた通用口の方は、何の変哲もないスチールドアが取り付けられている。

 採光の磨り硝子が大きく填められ、花を挿した竹筒などが脇に飾られていて、重々しい感じはない。近年に改修したものだろうか。扉じたいには、鍵穴も施錠用のツマミも何もない。


 カレンさんに渡された半透明の手袋をはめ、()()()へと一歩、踏む込む。


「私や大子たちはジャージだからまだ良いけど、巴だけ丸首半袖にハーフパンツで、冷静に考えて体操着で旅行先の見知らぬ民家に入る中学生女子ってどうなんだろうね、この状況」

「ジャージだから良い、っていうのもおかしな論理ですけど」


 まあ、何かこう……自分でもおかしいとは思うけど。ぶかぶかな胸元はともかく、股下の長さを気にしないで良いだけ、まだマシかも。


「良かったよねブルマじゃなくて」

「それどういったパワハラとセクハラなんですか。だいたいうちの学校とうの昔にブルマ廃止されてますし!」


 というか私たちの世代だと、そんな物はファンタジーの産物でしかないのだけど。


「ハハハ。まぁ……入る前に一つ確認しとくよ。まず、お婆さんは九〇過ぎの高齢者だって点。つまり脂肪、水分は成人と比べてもかなり少ないはずで、普通の状態でも季節によっては、二週間ちょっとで腐敗せずミイラ化してもおかしくないって点ね」

「あ、そんなに短いんですか」

「だから、逆にいえばどんなに短くてもそんだけかかるって点ね。数時間じゃさすがに無理」


 それはそうだけど。


「もちろん、機械的にフリーズドライにされた可能性だってある。むしろ、今朝に目撃証言があること、これまで発見されていなかったこと、これらを考えれば、この午前の内に()()()()()と判断する方が、流れとしては自然だよね」

「流れとしては自然だけど……科学的にはおかしい、ってことね」

「科学的にっつーか常識的に、かな。無茶なテクノロジーを導入すれば、できなくもないし。だから、そこも判断に迷うところで、実際に見てみないと何ともいえない、って点ね」

「……はい。わかります」

「そして時間経過での異常死体現象、ようはミイラ化してた場合。腐敗臭に関しても、だいたい七〇過ぎると屍臭はガクンと減るっていわれてる。ただ、私は実際に腐乱死体に触れたことは、一度もないんだ。(にお)いのキツいも薄いも、そこは経験では判断できないから」


 いや、ふつーそんなの経験とかできる物じゃないですし。


「ただ、減るといっても、無臭なわけはないから、もし経年変化でのミイラだとすると、屋外に漏れ出さない程度の臭気であれ、実際に死体に対面すると、とんでもないニオイってことはあるからね。そこはちょっと覚悟しないと」

「つまり、お医者様が吐いた原因は臭気にあるかも、って点かしら?」

「専門が内科であれ外科であれ、お医者ってのは一般人よりよっぽどグロい物には慣れてるんだ。エグい怪我とかむき出しの臓器とか血にだって。でも田舎の診療所に勤めてる程度だと、さすがに滅多に腐乱死体に接するなんてないだろうから。そうなると、二つ考えられる。臭気か、それかガスね」


 これは、私には想像もつかなかった着眼点だ。素直に感心する。


「短時間に人体をミイラ化するようなガスなんて、あるの?」

「そんな、ショッカーとかデストロンが使うようなモンそうそうないって。いや、超低温の炭酸ガスでフリーズドライってのも考えられるかもしれないけど、さすがに場所的に無理だろうし。煙だって目撃されてもいないんだから。ただ、普通の死体じゃないかもしれない限り、呼気に注意はしておかないとね」

「何らかの細菌も考えられるものね」

「いや、あの。ただでさえ怖いのに脅かさないで下さいよぉ~!」

「何にせよ、ガスマスクなんて持ってきてないから、ちょい注意ね。あっても、マスクしたまま吐いてたら窒息しかねないけど」


 うぅぅ……。


 さんざん脅されて、胸がバクバクしたまま、靴を脱いで不織布にビニールを張ったスリッパを履いて、廊下へ一歩、足をのせる。

 これ、長距離バスなんかで貰えるやつだ。さっきのビニール手袋にしろ、よくこんな物を事前に用意してたなあ、カレンさん……。


「あとは髪の毛とか現場に残さないようヘアーキャップも用意しときゃ良かったかなァ、失敗失敗。次は忘れないようにしよう」


 次、なんて無いでしょ、たぶん!


「……うん、異臭はしないな」

「お香かしら、芳香剤の臭いはするわ。それと……何かしら、洗剤?」


 鴨居の朱漆が目に鮮やかで、あとは木地の壁と床が続く。籠目の六芒に対して、正面には五芒の晴明桔梗。陰陽道の祖となった総社市もすぐ隣の備中なのだから、わからなくもないけど……さすがにこれは、ちぐはぐ過ぎる。


 赤、五角形、……ああ。『()()』ね。


 これで、ようやく確信がもてた。

 どうりで、全てが空虚なわけだ。


 入り口から入って、わりとすぐに、木の格子がある。脇にはインターホン。真新しく磨かれている。……指紋採取は望めそうにないかもしれない。


「……やっぱこれ、座敷牢じゃん!」

「ん~、座敷牢とは家屋内の牢獄って意味ですけども、格子があるからといって、牢屋とも限りませんし……。蔵座敷じたいも、昔はそう珍しい物じゃなかったそうですよ。プレハブの勉強部屋みたいな感じに」


 頑丈な蔵なら、牢として十分な機能をもつのは確かだけど。お婆さんの暮らしていたここは、自由に開閉可能で仕切りのような物だから牢というわけではないと思う。

 ただ本当にそれが過去に「座敷牢」だったなら……想定できる範囲はまた違ってくるけど。


「プレハブって。それ、すごく昭和な感じ。藤子F先生の漫画によく出てきたせいかな」

「ん~、ここに食事を置いて連絡して……それで、ご家族はずっと、こんな所にお婆さん一人を隔離して暮らしていたの? 高齢の御老人でしょ?」


 信じられない、という顔を双子の姉妹は向ける。


「家庭の事情はそれぞれだよ。むしろお婆さんが家族を避けてたのかも知れないし。温泉の沸く村か……だから、こういった離れにすら、風呂も引けたわけだ。それじゃ、ますますここに引篭もれてしまうなー」

「介護の手も要らないくらい、壮健だったってことかしら」

「なまじ健康だと、付き添うとか、お背中流しましょうっていわれたら怒るタイプのお年寄りもいるからね」


 う~ん……。

 ここも、お婆さんが実際どんな人だったのか、どんな暮らしぶりだったのかを、聞き込んでみないことには、判断不能の要素。

 とはいえ……。


「ちょっと、イヤなこと考えちゃいますよね」

「……えぇ。場合によっては、ご家族はずっと、お婆さんの顔すら見ないで暮らしていたのかも」

「そう考えたら……ホントに不思議じゃなくなっちゃいますよね、部長のおっしゃる通り」

「残念ながらね」


 う~ん……。






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