表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
聖学少女探偵舎 ~Web Novel Edition~  作者: 永河 光
第二部・幾星霜、流る涯 Once Upon A Long Ago
44/272

第十二話 閻獄峡ノ急『黒墨の帳に』(前編・その9)

4.



 山頂から見た限り、八幡家はちょっとした公園くらいの広さがあった。平屋とはいえかなりの大きさで、母屋から左右に伸びた離れから建つ、一見して火の見やぐらのように木造の外装を施した給水塔が、中庭の両側に見えた。

 実際、火の見やぐらとしても機能はしていると思う。過去の火事のせいもあるのだろうか。


 正面の庭には灯篭、雅号の書かれたかまぼこ形の石碑も多く見える。古い物も、真新しい御影石の物も。大子さんがそれを不思議そうな顔で眺めていた。


「あー。こんな物まであるんだ」


 思わず声に出してしまった。正門から入って真正面、庭の真ん中。円状の台座石の左右に、向かい合う麒麟風の二匹の霊獣の石像。つい、苦笑する。どこかに亀さんはいないかと、目で探してみるも、さすがにそこまで光政のマネはしていないか。


「何それ? 狛犬……じゃないよね」

「あー、えーっと……何ていったら良いんだろ、獅子、狛犬の起源ともいわれている霊獣で、角ひとつの方が『(へき)(じゃ)』、角ふたつの方が『(てん)(ろく)』で、先ほども話しましたけど、例の池田光政が池田家に……」

「いや、だからなんで巴ってそーゆーのに詳しいのよ」


 理解不能、といった表情のカレンさんに、どうそれを説明して良いものか。レリーフでなく石像、といったあたりがオリジナリティなのかなとも思ったけど、大陸ならむしろそっちの方がポピュラーか。

 そして、よくよく考えたら光政の模倣なら、そんな物が「家の庭にあるわけがない」のだし。大子福子先輩は、ただ首をかしげているだけで何も口にしない。


 秋の花に彩られた広い庭は、構成や館の外観に、統一感が少々欠けるようにも思えた。目に入るあらゆる物が一々大きく立派ではあるけども、何か違和感がある。こういった「模倣」の物こそあれど、歴史の厚みが、なにも感じられなかった。

 基本は和の庭園……だけど、中華風の意匠もあれば、(あぶ)の舞う蓮の池には英国風の作りも入っている。グローバルとも無国籍ともいえるし、必然的に、さっき観たお堂の像をも思い出す。

 となると……やっぱりこれも「後付け」なのかなぁ、としか。う~ん……。


「何だろ、私、論語とかそーゆーのってよく知らないんだけど、コレってそのテの奴?」

「なんで格言好きなのかしらね。儒教っていうと、今だと韓国ってイメージしかないわ」


 カレンさんと部長が、指をさしながら庭石を見ている。格言の書かれた御影石なんて、さすがに近代に建てた物だろう。


「っていうほどコリアンの子も長幼の序だの男尊女卑だの、そーゆー思想は無いと思うけどね。まあNYの学校で一緒だった子の考えだから、それが一般的かどうか知らないけど」


 人生訓だの、財を成す秘訣だの。宗教的な物でも俳人の言葉でも何でもない、わりとどうでもいい物ばかりで、どうしても苦笑がこぼれる。


「うぅん……これは、いわゆる儒学の()()とは違うと思いますけども……」

「なら、何かしら?」

「趣味が悪いだろう」


 背後で、男性が苦笑する。


「はい、……とは、さすがに正直にはいえませんけども」

「はは。いってるようなものじゃないか」


 見た目、四、五〇歳くらいの、ちょっと濃い顔の人がそこに立っていた。


「私がここの家主の、八幡伸夫だ。駐在からの連絡はさっき聞いたよ。綺羅に友達がいたとは初耳だな」

「あ、どうも、この度はご愁傷さまで……」


 というか、友達の存在が初耳って。


「いや、いい。楓姉さんの事件の当時、私もまだ子供でね、(ろく)に覚えてもいないが……その制服には見覚えがある」


 そう、この人も確か、半世紀前の事件での存命中の関係者の一人でもあったんだ。

 ってことは、軽く六〇過ぎのはずだけど、見た目にはかなり若々しい。綺羅さんは四〇過ぎてから産まれたお子さんになるのか。


「この悪趣味な意匠は、祖父の徳夫による物だが。だからといって、勝手にいじるわけにもいかないしで、取っ払うにしろ潰すにしろ金もかかるしな。別に暮らしに差し障るでもなし、そのままにしているが。……美佐さんのミシェール行きを反対したのも祖父と父だったな。正直、私は他人の家庭にまでつべこべ口を出すのも、どうかと思うんだがね」

「あ、はい……。ええっと」


 美佐さんから頼まれた話を思い出す。とはいえ、この現当主の伸夫さんは、別にそこまで何かおかしな拘りがあるようにも思えなかった。


「……ともかく、こんな薄気味の悪い事件が起きた時に、うまい具合に君たちが来たのも、何かの縁だろう。宜しく頼む」

「はい。 あ、いえ、宜しく頼まれましてもですね、」


 伸夫さんは、そういい終わるが早いか、さっさと(きびす)をかえして、母屋の方へと向かっていた。あの、ちょっと!


「……あの。気難しそうな方でしたから、宜しく頼まれるとは思わなかったんですけど」

「お父様はせっかちな人なのよ。それに、人のいうことなんて聞きはしないわ」


 薄く笑みを浮かべたままの綺羅さんに、さすがに私も疑問をはさむ。


「……あの。綺羅さん、お婆さんがミイラにって話を聞いて、」

「ええ。ショックは受けてるわよ。少しは。そうは見えない?」

「はい」

「正直な子ね」


 綺羅さんは、にっこり微笑み、腰をやや屈めて視線を私にあわせる。


「そうね。もうおわかりかと思うけど、私って、()()()()()()の」


 うぅ……。そんなコトいわれても、どう返答して良いんですか!?





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ