第十二話 閻獄峡ノ急『黒墨の帳に』（前編・その８）
「ん……まー何にせよアレじゃね、ヤハタさんとこでまたおかしな人死にっちゅうのもなァ……あ、いや、こりゃ綺羅さん、失敬しました」
駐在さんの言葉に、耳聡く、まるで寝かけた猫の耳がピンと立つように、部長が素早く反応する。
「また、って。楓さんの事件から後も、まだ何かありましたの？」
半世紀以上も前の事件を例に出して「また」というのは確かにおかしいし、年齢的にこの駐在さんが当時からいる人じゃないのも確かだと思う。
こういった言葉尻を聞き逃さず、面持ちや挙動、抑揚から機微をとらえる――これは部長の特技の一つ。私だったら、少々疑問に感じても、たぶん訊き返しはしなかっただろう。
「いや、それはその……」
「問題ないわ、駐在さん。この子たちは探偵さんだもの。情報は必要でしょう？」
「は、はァ……。まァ、綺羅さんがそうおっしゃるんなら……。楓さんの事件は本官がまだ警官になる前じゃし、先輩から聞いただけじゃけど、ワシがこっちに来てからも……どーゆーたら良ェんかねぇ、う～ん……」
答えあぐねている駐在さんを前に、助け船を出すように綺羅さんの方から、私たちに向き直って口を開く。
「いったでしょ？ 呪われし家の奇禍の数々……それは、ここでは生きているの。例えば――楓おば様の事件から以降も、徳夫曾お爺様は変死、操さんは縊死、暁夫お爺様はお妾さんの元で腹上死よ。笑っちゃうでしょ。まともな死に方は落馬事故で死んだ善夫さんくらいね」
「まともなんですか、それ」
駐在さんは黙ったまま、やや困った表情でいる。確かに、こんな他人様の家で起きた怪死の数々を、ましてやフラリと余所からやってきた赤の他人の娘っこたちに、しかもその遺族の前で口にできるわけもないと思う。
ただ、それを綺羅さん自身が口にしたことで、無言でいるだけでも駐在さんはその話を肯定したことになるのだけど……。
「つまり、初代部長が関わった事件以降、八幡家でご存命のかた以外は、全員もれなく奇禍に罷りましたのね」
――なるほど、確かに色々ね。と感心したように部長がつぶやく。
「だから八幡家は呪われた家で、人の憎悪は心も蝕むの。超常現象でなしに、人は人の呪いの力で死にもするわ」
そういって、また綺羅さんは微笑む。
「呪いは実在する……綺羅さんが、そうおっしゃった意味って、それですか」
……ちょっと、私には理解できない。
「結構なお話ね。破り甲斐がありますわ」
にこやかに、部長も微笑み返す。
――そう。部長は、べつに「オカルト的な、土俗や因習にまみれた話」そのものが好きというわけじゃないんだ。
オカルト的なシチュエーションを、猟奇や耽美に塗布された怪異を、あくまで理知的に解くことに興味があるんだ……。
どれだけ常識から逸脱していようとも、部長のその姿勢は、スタンスは、志向は、私には十分理解できるし、共感もできる。
……私は、こっち側なんだ。やっぱり。
そして、ミイラ化の話を聞いて即座に「つまらない」と口にした部長の思惑も……まあ、わからなくもないけど……それは幾ら何でも失礼すぎるので、私からは何ともいえない。
「縊死されたかたには、ご家庭の事情もあったでしょうし、事故死のかたは論外として。曾お爺様の変死というのが気になりますわね」
部長もまた、私と同じ着眼点でそこを突いてきた。
「でしょうね。とはいえ、世間的には病死で済んだ話だわ」
「……まあ、病気っちゃあ病気でしたしのぉ、徳夫さんは。不審死じゃーなしに」
駐在さんも、微妙に答え辛そうな口調で相槌をうつ。つまり法律用語での「変死」ではなく、事件性の無い怪死……だったのだろうか。
「そのあたり、後ほどゆっくりお聞かせいただこうかしら。今はお婆さまの方が先決ね」
ひとまず玄関前から動けないらしい駐在さんにお辞儀をして、綺羅さんの先導で私たちは大きな木の門の脇、開け放しの普通の扉サイズの勝手口をくぐった。
