第二十六話『リアル/アンリアル』(後編・その5)
「それこそ、強迫観念。幸迦の姉さんは、もしかすると幸迦に恋文を『読まれていたかも知れない』と思ってたなら? ゴミ捨て係は幸迦だよ。それを踏まえてワザと捨てていたとする。幸迦の姉さんは、例えばあのヘタレな大学生に恋心を抱いてたとして、」
「いや、奴は不細工だ」
「幸迦の姉さんにはどう見えてたかはわかんないって。……で、その幸迦に、その恋焦がれている兄サンを盗られるとでも思ってたとするね」
「ある意味、コントだなその状況」
「いや素直に笑えないけど。……う~ん、何だか物凄い情念っつうか怨念っつうか、そーゆーバックボーンが出来そうな話かなぁ、ってね。幸迦が来るのかヘタレ兄さんが来るのかどっちかもわかんない、って状況だったかも知れない。それ次第でどうするか決めるつもりだったかも知れない。思い込みだけで、切羽つまった強迫観念で」
「決める?」
「そう、そして、――それが出来なかった、とする」
そう考えれば……。
「つまり、『余計なお節介の何者か』が、選択を迫りに来て、姉さんは『幸迦を殺すなんて選べなかった』。だから、もう一つの答に『手を貸した』」
「むちゃくちゃだな」
うん。普通に考えれば、そんな無茶な考えには及びもつかない。
でも、普通でなければ?
「雪に姉さん以外の足跡がないって点にしてもそう。きっとあの足跡は『犯人の』だ。姉さんの靴を履いて現場まで歩いて来た。もう一人の犯人が、殴打した姉さんのぐったりした体を投げ込む。犯人は靴を脱いで、姉さんの足に履かせる。これで完成」
他の足跡がないからには、犯人はそこで靴を脱ぎながら、よいしょっとばかりに姉さんの体の上にでも乗って、足に履かせたのかも知れない。
「犯人はどうやってそこから逃げた? 後ろ向きにでも歩いたか?」
「ジャンプで良いでしょ。2mチョイほどですよ、そんなの。人間の体をポンっと投げ込める距離だから、そんなに離れちゃいない」
雪原の前の車道まで出れば、そこから足跡が途絶えても問題ないだろう。
「何故そんな」
「自分たちがそこに『居なかった』っていう演出」
全部姉さん一人の行動って事にしなきゃ、きっと意味がないから。自殺だからね。
「第三者にやられたような状態にはするわけにいかない。不可能状況になる事なんて二の次だった。むしろ、奇妙な状態になるぐらいの方が好都合で」
「しかしあの暗号、犯人以外の他の誰にも解読出来てなかったのでは?」
「そのうち誰か、わかるかも知れないから。幸迦か、ヘタレ兄さんか。誰にもわからなかったとしても、それはそれで良い、ってコト。つまり……」
自己満足だ。
この思考は、狂気に近い。
殺意より慈愛に近い感情で、殺人未遂?
同時に、ある種の筋道は立つ。
なぜ『不可能状況』だったのか? その行動に何の意味があるのか? ――その答まで、一応は提示できた。
そして……。
「カレンにしては頑張ったな。そんな推理はムチャクチャだ、誰も信じないし納得もしないぞ。私以外は。その、気の違った『正義感』? 余計なお世話のいらん事しぃな思考は、私の考える犯人像に完全に合致する」
「……褒め言葉ですかソレ」
「そのロジックで紐解けば『これ』は、同一の相手による物……とはいい難いが、『似た』存在の手による物、と考えてもいい」
傍らに置いた私の道具入れのカバンから、知弥子さんは暗幕の布を取り出し、バサっとマントのように広げ、背後から私を覆う。
光がさえぎられ、濃い影に壁は包まれた。
手元のライトのスイッチを入れる。
「……こんな、こんな事って」
手が震えた。
歯の根が合わない。ガチガチと鳴っている。
「これも、現実だ。直視しろ」
「で、でもっ!? な、なんでっ、……そのっ!? 知弥子さんはなんでこんな、そのっ!?」
「予想はついていたから驚かないぞ。思いつく限りで十パターンぐらいは既にここで調べてみた。こいつでドンピシャか。お前がいて助かった」
確かに、警察でこれを調べていないなら、こんな事は私にしかできないし、しなかっただろう。そのへんの探索好きのガキと私との最大の差、それはこれを調査できる点だった。
普通に何かが書かれていたのでは、何をどうやっても読む事はできないくらいにここの壁は汚れている。
それでも、そんな汚れの中から『それ』を抜き出すのは、試薬さえあれば不可能ではない。
「先日警察に捕まった一件、あながちムダではなかったな。あれのお陰で、こいつにピンと来た」
「い、いや、あのですね……」
時間が経過すればするほど、発光体の輝度があがるのがルミノール試験の面白い所。
古い血痕の方が新しい血痕よりもクッキリわかる。 しかし……。
ありえない、さすがに。
怨嗟や憎悪ならまだ、わかる。これは何だ?
狂気だ。
紫外線灯の蒼い光を浴びて、壁にくっきりと、その『文字』が闇の中に青白く浮かび上がっていた。
“君を、愛してる。”
血だ。
血で書かれた文字。
かなりの大きさで、指先とかをちょっと切ってなすり書いた物じゃない事は一目瞭然だった。
致死量ほどの血で描かれた文字。
『ふき取られた』文字。
つまり……誰かがやがて、これをこうやって『ルミノール試薬で読む事を見込んで』書かれた文字。私宛の文字……。
現実?
これが?
私には──もう、何も考えられなくなっていた。
「これが、何のつもりで、誰のために書かれた物かはわからない。しかし、一つだけ確かな事がこれでわかった」
「な、何がですか!?」
「フォークロアの形で、『事実』を紛れ込ませた『何者か』が介在している、って事だ。それが、ここでは重要だ」
震える私の肩に、知弥子さんは手を乗せる。
「確かに受け取ったぞ殺人鬼、お前の挑戦状。もはやこの世のどこにもいないお前との戦いは、これからだ」
抑揚のない声で、力強く知弥子さんは、そういい放つ。
私は知弥子さんの手にすがる。ギュっと力を込める。
彼女の側にいれば安心できる。
この、ドス黒い悪意の闇の中で、確かに力強い光を、そこに感じたから。
To Be Continued
★とゆことで、明日コミケ、来れる方はどうぞよろすく。
毎度の事ながら新刊などは一切ありませんワッハッハ!
いや笑い事じゃねえな!冬こそは(受かれば)はどうにかしたい所です。
これも毎回言ってますね!尚この駄メッセージはコミケ終了後に削除します。




