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聖学少女探偵舎 ~Web Novel Edition~  作者: 永河 光
第三部・名探偵、参上! MURDER BY DEATH
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第二十六話『リアル/アンリアル』(後編・その4)


「ちょっとした都市伝説……近代フォークロアって奴で、こんなのがある。殺人鬼は、ここで誰かに『最後の告白』を残していた、と」


 最後の告白ねぇ……懺悔か何か?

 自分の正体を記した何か?


「そんな噂があるなら、誰か根性試しで覗きに来ませんかね? この近所、小中学校けっこうあるし」


 子供は向こう見ずだし。現に、今の私たちがそうだ。ちょっとした探検で何人もこの三年間で乗り込んで来ただろう。では、そんなガキっちょと私たちの違いは? ……ん?


 そんなものが本当にあるなら、事実の猟奇的な記録として、TVやネットで取り上げられている。都市伝説(アーバンレジェンド)にはならない。


「待って下さいよ。それ、変ですってば」

「そう、殺人鬼に関する幾つものフォークロアの中で、『これ』だけが奇怪で特異なんだ。そんなもの、どこにも残ってない。警察が消したか? それにしては妙だ。現場検分は徹底して行われている。何かあるなら見つかってなきゃ嘘だ。ないものを在るというからこそ、噂話だ、としても」

「ですよねえ」


 うんうん。知弥子さんだってそこはちゃんとわかってやってるんだ。彼女だって地頭は良いし、何より現実的で先進的だ。……なのにまぁ……。


「ない物なら、そんな噂話が出る事じたい妙だ。他のどんなブラックジョークや無根拠な『殺人鬼の正体』に迫った噂話と比べて、これだけが異質だ。誰かって、誰だ。告白の中身が何故、空白なんだ。これは誰かに『調べてくれ』と訴えているような物だ」

「でも、都市伝説の一つ一つにいちいち耳を傾けてたんじゃキリないし」

「一点だけ、絞れる場所がある。犯人は最上階、エレベーター室の辺りに潜んでいた。そこは、犯人の遺留物を入念に警察も調べてはいるが、まさか『そういった捜査』はしていまい」

「殺害現場でもないならそりゃ、やるワケないですよねぇ、試薬、高いっすからね。これっぽっち一包で七千円するんですよ。……あの。なんで、そんな事を思い当たったんです?」

「恋文」

「え?」

「だから、あの暗号の恋文だ。『そんなものを解読できる敵』がいるなら、このフォークロアに意味を見出せる」


 暗号?

 まさか。

 もう暗号なんてウンザリだって!


 最上階の更に上、開いた扉穴から灰燼の積もった白い屋上を眺め、エレベーター脇の階段をあがる。


 (あな)……ドリルや削岩機の物ではない、小さな孔が壁に無数。


 自動小銃か何かか。


 四角い階段回廊を曲がる際によっこらしょ、と壁に手をついて、ハっとする。てのひらが真っ白に汚れているのはまあ、当たり前。私の手がついた位置の三〇センチは下に、やはり手の跡がついていた。


 小さな手。子供の手の跡だ。


 一番上の踊り場に、欠けた階段ぶんをピョンっと飛び越えて着地する。

 砂とホコリが舞い散る。


 じっと床を眺めていて、一つ思いついた。


「……幸迦の家、学校から近かったんだ」

「何だ急に」

「そのH大生の兄さんがどこ住んでんのかは知らないよ。家庭教師してたって事は、近場だったのかも知れない。でも、少なくともH市内の大学に通ってるって事だね?」

「平成初期に市内の中心部から移転して、今はけっこうヘンピな場所にあるようだがな、H大は」

「巴みたいに、何か通う為の決意がなきゃ、毎日通学するにはある程度近くないとやっぱ無理だと思う。そもそも家庭教師なんて毎日通うわけじゃないし、家庭教師を選ぶ基準は近い遠いじゃなくて『どこの大学か』だよ。交通費だって出るだろうし」


 いっちゃ何だが、ミシュエールの生徒なんてどいつもこいつも小金持ちばっかなんだ。報酬だってたっぷり出せるだろうし、学生バイトなら週に一~二回通うだけでも、それなりの小銭稼ぎにもなるだろう。


「仮にその兄さん、自宅だか寮だかアパートがあるのが、大学周辺、またはそこに通うのに『苦にならない距離』だとすると、ミシェールの方まで片道けっこうかかるよね。車だろうが電車だろうが」

「……推察される事件発生時を考えると、少なくとも始発の到達はまだの時間か」

「そんな早朝に、やっぱあんな所まですぐに来れないよ。ヘタレ兄さんと待ち合わせたくて書いた手紙じゃないなら、誰を待ってたんだろ? ……って」

「そんな無理な、無茶な時間に来いって程に、切羽つまった内容だったかもな。私にはわからん。それより、そこの壁」


 壁は、黒に近い(すす)と埃とペンキか何かで汚れている。


「指紋の採集や遺留品探しくらいは科警も徹底的にやっているだろう。しかし、『それ』はやっていない筈だ。やる必要と理由がない」

「必要と理由は私だってないですよ。正直、知弥子さんの意図もわからないです。あの、これ値段けっこーするんですよ? 闇雲に使うだけの量は……」

「位置は一つ。そこの目の前の壁、そこしかない」

「なんで?」

「真後ろを見ろ」


 振り返る。頭上に、真四角な孔がぽっかりと空いて、そこまでは布で覆っていないせいか、真っ青な空が見えた。


「電灯なんかの下じゃないな。きっと、月夜だ。月を眺めながらなら、そっち側の壁かもしれない。しかし、月明かりに照らされながらなら、そこしかない」


 ンな、無茶な。

 でもまあ、しょうがない。スポンサーだってこの人だから試薬の出し惜しみはしない。


「目の高さを中心に一~二平米ほどで良い」

「壁全部やってたら何十万円だし……で、ですね。それもあるとして。でも、だったら何で『家の近所で人通りの少ない場所』なんだ? って点なんです。ああ、幸迦の姉さんの件ね。そこで待ち合わせるなら、むしろ相手は()()()()()()()()()()()

「妹は解読できなかったのでは?」

「ええ。でも『()()()()()()()』と考えていたなら? 姉さんが」

「ふむ」


 常識は捨てろ──さっき知弥子さんにいわれて、私はそこに思い当たったんだ。


 冷や汗が流れる。ホコリやゴミを丹念にふき取る。壁の地が黒いから何かの痕跡なんて、目視ではわからない。


「だから、そもそもおかしいんですよ。あんな『下書き』をわかりやすく捨てていた事が。それをずっと『偶然』だと考えていた。だから、あの件は妙だったんだ」

「偶然じゃない、と」



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