第十一話・閻獄峡ノ破『紅き焔』(前編・その4)
そんなこんなで、「前編」はこの「その4」で終わりです。後編はもっと長いですヨ!
4.
私達――私と、ちさと部長、そして花子さんの三人――は、地図を確認しながら、大杉さんの家の前に立った。
表札には苗字だけなので、パっと見で家族構成はわからない。玄関やガレージにバリアフリーのスロープも見え、広めのガレージには黒い外車や大き目のバンもある。
周囲に家はなく、裏側が小山に面していて、蜜柑の木が幾多も植えられている。
呼び鈴を押す前に、ふっと部長はこちらを向いた。
「ねえ、巴さん。気付いてる?」
「……何をですか?」
「美佐さんの」
「……あ、はい」
「え、何が? 何が?」
キョトンとした顔の花子さんを無視し、納得したような顔で部長は呼び鈴を押した。
出迎えた美佐さんは、品の良さそうな、やや日本人離れした外見の女性で、私たちの制服を見て懐かしがり、目を細めていた。
「私も、あの事件の時に真冬さんに憧れましたの。それで、どうしてもミシェールに通いたいって……」
ということは、軽く五十以上なのだろうか。とてもそうは見えないけど。
(※令和の時間軸で考えると70近くになってしまいますが、ここは「平成の真ん中くらいの時間軸」固定で時空が歪んでいるとお考え下さい)
真冬さんというのは初代部長、つまり高等部の香織部長のお婆さんのこと。
「私が通っていた頃は、探偵舎はもう形だけの部になっていたけど……その後、うちの娘が通っていた時は、活発に動いていたそうね。真冬さんの娘さんも通っていて」
居間に案内され、お茶が並ぶ。フローリングの居間の様子や和風の落ち着いた調度物を見る限り、あきらかに裕福な家だ。
「それで、その五十年前の事件って……」
花子さんの問いに、ためらいがちに美佐さんは口を開いた。
「ええ、哀しい事件でしたわね。当時私はまだ、三、四歳の小さな子供でしたから、あらましは後になってから聞きましたが……」
「コホン、ええっと、事件の話は置いておきましょう!」
部長はどうも、事前に情報を耳に入れたくないみたい。
あくまで「ゲームマスター」ではなく、「プレイヤー」の一人で居たいらしい。
「それより、私が聞きたいのは……」
すっと、真剣な目で部長は美佐さんを見据える。
「私たちを招く目的、他にもあるんですね?」
美佐さんは、少し困った表情のまま、押し黙った。
「部長もそう思ってましたか……」
「も?」
花子さんはまたキョトンとした。
「話がうますぎですもの。カレンや大福姉妹は単純だからホイホイ信じ込んで受け入れたでしょうけど、勿論、感謝とか謝礼の気持ちもありますでしょうけど、三流RPGのフラグじゃあるまいし、『お礼にご招待』なんて陳腐な設定は、さすがに失笑ものですわ」
「ぶ、部長、ちょっとそれは……」
面と向かってそれはあんまりにもあんまりでは。っていうか、美佐さんの年代の女性に通じるんですか、その説明。
まだ浦島の亀とかワカリ易いものにすれば良いのに(って、それも失礼か)。
「美佐さんは、何か他に、お困りのことでもありますの?」
「……ええ、確かに。いえ、本当にそうなのか、というと、私にも少しわかりません。誰に相談できる話でもなし、事件というようなことでもありませんから」
美佐さんは、ためらいがちに口を開く。
美佐さんの実家であるO県山奥の温泉宿に、どうやら再開発の話が持ち上がっているらしい。
元々はバブルの時代に、県の事業と大手ゼネコンとで立てていた計画で、不況のあおりを食らってそのまま頓挫していたものが、最近になって急に動き出したとか。
「もとより湯治やスキー客目当てに少しずつ拡大して行った観光地です、計画じたいは悪い話ではありませんけど」
「先日のチンピラは、そこに目をつけていたわけね」
田舎の温泉宿の権利書に目をつけるなんて、詐欺の手段としてもちょっと割に合わない気もしたけど、でも、再開発で大きなお金が動くとなれば話は違ってくる。
「それで、もしかして故郷の方で何かモメてらっしゃるんでしょうか? 例えば、開発推進派と反対派に別れてとか」
「まあ、似たような話ですけど……恐らくは地元民で本心から反対している者はおりません。環境破壊への懸念はありますが、もともと農業だけで食べている土地でもありませんし……」
「では、どなたが?」
「村で一番大きなお屋敷の、八幡さんの家が反対なさっているんです。代々、村を仕切っている庄屋様の家系で、明治から戦後まで村長も兼ねていた、いわば村の実力者なんです」
「んー、村の実力者が反対してるんじゃ、そうそう上手くはいかないでしょうねえ」
バブル期に立てた計画が、難航したまま平成不況までもつれ込んで頓挫したのも、元々は八幡家の反対に原因があったらしい。
「とはいっても、今となっては明確な市町村区分での『村』ではありませんし、議員でもありませんから。土地こそは、多く持ってらっしゃるようですが……」
「決定権はない、でも心情的に皆、そこの家には従う、って構造かしら? それと私たちと、何の関係が?」
「いえ、そのために皆様を招くわけではないのですが……」
「原因を知りたいんですね。八幡さんの所の、反対のわけを」
「知りたいというか……何かわけがあるなら、それをうまく解決できればと。私や兄がそれを聞いても、きっと答えてはくれませんし……」
「ハッキリ、美佐さんにお聞きしたいんですの。それは『依頼』でしょうか?」
部長はきりっとした声と表情で詰め寄る。
え? あの。部長、それって……。
「……なにしろ、理由が分かりませんの。それでも、探偵舎の皆さんなら……きっと、その理由を分かってくれるのではないかと、少しだけ期待していましたの。それは、私の勝手な思いでしかないのですが」
「確かに、そうそう誰かに頼めるような話でもありませんわね」
「だから、それは皆さんに押し付けるような話では……」
「わかりました。調べましょう」
きっぱり部長は断言してしまった。
いやっ、あのっ!
どーするんですかそんなのっ!
「任せて下さい、探偵舎はその為にあるようなものですわ。きっと解決してみせます」
「助かります。……ああ、真冬さんもそうだったわね。今でも憶えてますわ。真っ黒なセーラー服で颯爽と現れて……あの人はこう名乗ったの。『私は、少女探偵・絹谷真冬。解決できない事象はありません』って」
「っきゃー! それ、カッコイィですわっ!」
「ソレちょっとどうかと思うわよね。少女探偵だなんて、自分でいう?」
ちさと部長と花子さんと、どっちに相槌を打って良いのか、少し困った。
口論で小競り合いを始めた部長コンビを尻目に、美佐さんはお茶のおかわりを取りに台所へと向かった。
「……う~ん。しかし、そのヤハタさん? 土地への執着より、何か因習的な拘りが大きいのなら、反対の理由も判断つくかも知れませんけど、同時にそれは……解決策なんて、ないのかも……」
「とりかかる前からイキナリ弱気なこというわね、巴さんったら。たとえ解決できなくても、原因がわかればそれだけでも納得は出来るでしょう?」
「……原因、わかって良いものなんでしょうか?」
「何故?」
「なんとなく」
なんとなく、とはいったものの、何か少し嫌な予感がする。
世の中には、暴いていい物とそうでない物もあるのだから。
……知らないで良いようなことは、やっぱり、 ある。
アップルティーとお茶菓子をお盆にのせて美佐さんが戻り、とりとめもなくミシェールでの思い出話、明日の部長たちの主演する演劇のことなどを話し、学園祭の招待状も手渡した。
「まあ、懐かしいわね。娘が卒業してから、母校の敷地を踏んでないもの。教会にさえ顔を出してないわ。憧れだけで入学はしたけど、改宗したわけじゃないものね」
少し困ったような表情で美佐さんが微笑む。
「……そう、私も、反対されたの。この村から耶蘇伴天連の学校に行くなんてとんでもない、と」
「そうなんですか?」
っていうか、すごいなぁヤソバテレンって。そんな言葉生き残ってる村なんだ……。
「真冬さんはみんなから尊敬されていたから、最初反対はされなかったんだけど、八幡さんの所から猛反対されて……」
そんな、他人の家庭の事情にまで口出ししなくても。
「でも、村はわりと閉鎖的なところもあったから。……私はそれがイヤで、村から出たい思いも確かにあったの」
遠くを見るような目で、美佐さんは窓の明かりを眺めた。
「中学からミシェールの寄宿舎に入り、それから私は……挨拶程度の里帰り以外に村には戻っていないわ。そうね、元々……心のどこかで、私はやっぱりあの村を嫌っていたのかも知れないわ」
閉鎖的な山奥の閑村に土着的な伝説、美女の凄惨な見立て殺人──そんな部長の馬鹿げた言葉を、ふっと思い出した。
今の言葉でわかることは、八幡さんの家はかなりの実力者である点、そして他人の家庭の事情にまで口出しできるほどの権限を、村の中で持っている……という点だ。
「それでも、お兄様の温泉宿の心配をしたり、こうして私たちに村の事情を調べて欲しいって頼むくらいに、美佐さんにとって故郷は大切な存在だと思いますわ」
優しい微笑みを浮かべながらの、そんな部長の言葉に、うまいこと綺麗に〆るなぁ、と感心した。
「とにかく、お話はわかりました。我が探偵舎にどうかお任せ下さいまし。きっと解決してみせますわ!」
強引にまとめて、部長は立ち上がる。私と花子さんもお辞儀をして立ち上がる。
「あ、そうそう……」
一つ、気になっていた。部屋の調度品や様子だけでは「それ」はわからない。
「美佐さんに、……これはお訊ねして良いものか迷いましたけど……もしや、どなたか、ご家族に体の不自由な方がいらっしゃるのでしょうか?」
「えっ……?」
瞬時、美佐さんの顔色が変わった。
「あ、すみません。気に障ったようでしたらごめんなさい……ただ、お婆さまは高齢ですけど、まだ足腰も丈夫でしたし」
入り口にスロープがついてて、車椅子の入る大きさのバンが留めてあったのだから、まずそれは間違いないと思う。ただ、これをいきなり訊くのは、さすがにちょっと不躾だとも思った。
「……ええ。本当は母のことを考えて、病院に近いうちで引き取ったんですけど。園桐には大きな病院はありませんし。ただ、おっしゃる通り母は健康で……」
「それでは、あのバリアフリーは? 居間も和風なのに、フローリングですわね」
部長も付け加える。やっぱり部長も気付いていた。
「……ええ、主人が……」
美佐さんの表情は暗いままだった。
「故郷には、帰りたくないのではなく、帰れない、のですね?」
部長が横で追加する。いや、そこまでいわなくても……。
「え、どういうコト?」
花子さんだけはまた、置いてけぼりになっていた。
恐らくは、配偶者のかたの足が不自由なのだろう。看病等の都合で、遠隔地の山中にはなかなか戻れない事情がある──私はそう考えた。
「……ええ。主人が…… 犯人でしたの。その、八幡さんのお嬢様と克太郎さんを……」
うわっ!
「えっ、いやあのっ、美佐さん? そっ、そんなイキナリ犯人のネタバレをされてもっ!」
部長は部長で失礼なコトを平然と口にする。
「ミシェールを卒業する頃に、出所したばかりのあの人と、偶然出会って……彼はもう、十分に罪を償ったと思いました」
いや、あのですねっ……?
「彼は、とても真面目に働いてました。片足は受刑者内の私刑を受けて、そうなったらしくて。だから……足の不自由なあの人の為に、せめて力添えになろうと……そして、そのうち……」
「あ、いや、あの……」
まさか、そんな急展開な話をされても。
そもそも、私たちはそれがどんな事件なのかも知らないのだから。
「ミシェールで六年間学んだ神学と敬虔さは、確かに熱心なクリスチャンではない私にも多少身に着いたのかもしれません。罪を償った者にまで、石を持ち追うわけにはいきませんもの」
美佐さんは、はにかんだような微笑をみせる。
……優しい笑顔だった。
「今でも、子供の頃に耳にした、真冬さんの『コリント人への第一の手紙』の一節は、しっかり覚えています」
確かに、既婚者なのに表札が「大杉」のままなのも気になっていた。
経歴をリセットするのに、男性の場合は相手側の籍に入るのは常套手段だけど。
「す、すみません! そうとも知らず、そんな、あの……ご主人の、えとっ」
幾ら何でも、何も知らずに興味本位で、ご家族のそんな過去に首を突っ込む話をしていただなんて……。赤面どころか、全身の血の気が引く思いがする。
「いいえ。隠すような話でもありませんし、天に背を向けて生きねばならないようなことでもありませんもの」
「で、ですけど……」
さすがの部長も、少したじたじになっている。
美佐さんは、照れ笑いのような笑みで、話を続ける。
「取り返しのつかない罪であれ、その十字架を背負って生きる道を、あの人は選んだんです。そして、その事件がなければ、私はあの人と添い遂げてはいなかったでしょう。胸を張れる話でもありませんが、恥じる話でもありません」
「そう……ですか」
私たちにはそれ以上、何も口をはさみようがない。声のかけようも。ただ、言葉を呑む。
美佐さんの気持ちがどうあれ、私たちは知らずに、他人の傷口を抉るようなことをしてしまったのは、間違いないのだから。
なのに。
美佐さんの笑顔は、その菩薩のような曖昧な笑みは、私たちのその不躾さすらも許してくれるような、不思議な慈愛に満ちていた。
楽しいわけもないだろう。笑いたいわけでもないだろう。それはもっと悲痛で、苦痛を伴う話のはずだから。
自嘲でも冷笑でも、まして慢心でも皮肉でもない、その笑顔の理由が不思議だった。
しゅんとした私たちを諭すように、美佐さんは言葉を続ける。
「猛反対もされましたし、再び故郷の地を踏むことができないかも知れない、そう思いました。でも、後悔はしていません」
罪は罪として。
罪は償われなければならない物として。
それでも、美佐さんは、かつて大罪を犯した咎人を伴侶に選び、人並みの幸せを築いている。
きっと、そこに至るまでには多くの苦労もあったに違いない。
あなたに、主の祝福のあらんことを──。
巻いたロザリオのクルスを、合わせた手に挟むように、美佐さんにお辞儀をし、私たちは大杉家をあとにした。
──それが、先月のこと。
ガタン、と大きく音を立てて、電車が減速した。
「ナルホドねぇ、何故に反対してるのかの調査か。そう面白くなりそうな話じゃないよね」
「ですから、適当に私と巴さんとでさっさと調べようと思ってましたの」
「私とですか!」
美佐さんのご主人の話は伏せて、部長はカレンさんたちに説明し終え、荷物を棚から下ろした。デリカシーがないように見えて、そういった所に配慮は出来ているみたい。
「さ、乗り換えるわよ」
ローカル線へのホームに向かいながら、私は園桐の村のことを想う。
きっと、温泉やスキー場の完備された大きな旅館がある以外は普通の村で、おどろおどろしい因縁話や、血なまぐさい猟奇の痕跡も、そこには微塵もないだろう。
それでも、そこにはかつて事件があり、被害者がいて、犯人がいた。
犯人は──今では真面目に生きて、余生を送っている。
どこを探してもそんな事件の痕跡はないかも知れない。
いや、ない方が良いんだ。きっと。
後編につづく
いやーここで評価&ブクマ乞食してもあんま効果ねえなってわかりましたわ(わらり)。これが今回最大の収穫です!
そして。第十話とこの第十一話(前編)までは実はサウンドノベル版の無料サンプルに収録されておりますので、すげぇ暇なお方は今回のこれとサンプル版とで、「あー、ここがこう加筆されてるのかー」などと読み比べていただけるとちょっと面白いかもしれませんね。
あと、すごーく余談ですがアマゾンから「もう数年単位で在庫動いてないので返送か破棄するで?」と脅迫来てますので、アマゾン取り扱い版の「巻の一」「巻の二」「巻の三」は2020年9月日6日までで終了となります。まあCDなんて時代遅れだしなぁ!ってことで今後はDL販売を中心にしたいので、現物として手元に持っておきたい奇特な方がいらっしゃいましたなら、あと1週間くらいのうちにポチっちゃいましょう。ていうか返送か破棄かって私まだ何も返答してないのにアマゾン勝手にやっちゃうのかこれ(笑)。コワ~!
さて、次回から後編、こっちは前編よりさららに長いのですが、さすがに修正箇所もさらに多くなりそうなので毎日更新とは行かなくなりそうです。
それでも一応、「後編その一」は明日更新の予定ですが。その後はどうなるか正直わかんねェや! 後編から登場の綺羅ちゃんさんはわりとお気に入りのキャラなんですけども、まあその辺の話もまた、後ほど。
ではでは。




