第二十六話 『リアル/アンリアル』(前編・その6)
「本人以外の足跡が一切ない雪っ原の中で、木材で頭部を強打して倒れていた事件。警察の判断によれば、事故」
「……事故、じゃないっしょアレは」
幸迦の姉さんの事件だ。
バカで、お人好しで、とびきり可愛い私の友達――。あの子が、あんな目に遭って良いわけがない。
そう――あの件は、きっと、必ず、私が解決してやる、って誓ったのに、……未だに何もわからないままでいた。
「私も変だと思って探ってみた。家庭教師にH大生がいて、その被害者……坂東風架って子と、手紙のやりとりをしていたのは突き止めた」
「それは私も……え、知弥子さんも調べてたんです?」
「ちさとに頼まれた。お前だけに任せてられなかったんだろう。で、その大学生だが、まあマンガ家のひさうちみちおを若くしたような冴えないツラのヘタレで、まず間違っても犯人じゃないだろう」
顔で判断しなくても。
そういえば幸迦は『失敗した波田陽区みたいな顔』っていってたな。どんな顔だよ。いや容易に想像つくけど!
「宿題にまぎれて、暗号めいた手紙のやりとりを、クイズ形式でやっていたらしい。最初のうちは面白がってやっていたのが、だんだん難解になって来て、そいつ一人の力じゃ解読できなくなってたようだ」
なにそれ!
「で、ゼミでよく同席する、菊池って女に頼んで一緒に坂東風架の暗号を解読して貰ってたそうだ」
ま……待ってよ。じゃあ?
『あの暗号を解読できた第三者が居た』って事!?
ミキともども、腰を椅子から浮かした。
……落ち着け。冷静になれ、自分。
まだ、それだけじゃ何も判断できないじゃない……。
「暗号の内容は?」
「わからん。最後の手紙を男が見せた時、菊池って女は『それは自分で解きなさい』としかいわなかったと」
……なにそれ。託したメッセージを、その相手に読み解けて貰えなかったって事?
ひょっとすると、人生最後のメッセージかも知れないのに?
……手が、少し震えてきた。
「で、その菊池って人は?」
「不明。ゼミによく顔を出していても、どうやらH大生ではないらしい。いわゆるモグラってヤツだな」
「名前すら偽名の可能性がある、わけか……」
「菊池桃子って名乗っていたらしい。まず偽名だろう。本名だったら笑えるぞ」
「誰です、それ」
「む」
……少し、考え込む。この情報一つで、あの事件の概要は大幅に変化するから。
「……とにかくあの暗号が解読できた奴が居た……事故じゃないって証明になる……かな? あの遺書……遺書? それ通りに『見立て』て、幸迦の姉さんは撲殺未遂の目に遭ったんだ」
「そこは私には理解も判断もできん。似たような事をちさともいっていたが、さっぱりだ」
まあ、そこは多分、知弥子さんには理解できない話だろう。
「で、どう思う」
「……何か、『居る』って事ですよね、おかしな動きをしてる、何者かが」
非現実的な話だ。
でも、私ももう、そう判断するしかない。
もしやそれ自体、誰かの手による『暗示』かも知れない。そう判断するしかないよう、思考を「誘導されている」のかも知れない。
でも、……今の私にはもう、『誰か』が『何か』を、それこそ、私たち探偵舎の『真反対な事』をしている集団がいる、としか思えなくなってきた。
どうやら知弥子さんだけじゃなく、私にも確実に『それ』を認識できた。
即ち──『敵』を。
(後編につづく)




