第二十六話 『リアル/アンリアル』(前編・その5)
「操作方法はこうか」
「あ、知弥子さん勝手にいじらないでって!」
指でヒョイと液晶を突付き、とある項目を開いた。めざとい。それは、最初に私がこのDBを見て『アレっ?』と思った欄だった。
【鯖撫 茄子菜:箱島小学校・四年二組】
【外薗 ソヨカ:箱島小学校・四年二組】
【咲山 巴 :箱島小学校・四年二組】
「なぜ巴の名が?」
「わかりませんよ。っていうか、なんで小学生の名前で『その三人だけ』なのか、ですよ、謎なのは」
「つまりこのデータの構築者が、この三人をマークしていた、って事か」
巴の他に、あと二人。ソヨカって子は、たびたびその名前が挙がった事がある。何らかの形で関わりのある子なのは間違いないとして、だからといって、その子が巴に『暗示』をかけた相手かどうかはわからない。
もう一人の、何て読むのかわかんない名前の子に関しては、何の情報もない。
う~む……と腕組みして考え込んでいると、ミキが叫んだ。
「ごめん、無理っ! 半分食べて!」
案の定、ごはん半分ほどで音を上げてやがる……。おかずは七部くらいは平らげているからまーバランスの悪い食い方ではあるなぁ。
「だーから、多過ぎだっていったでしょー!」
「残してもいいけど、ソレだとなんかバチ当たりそうでさぁ。食べ物だけは粗末にすんなって教え込まれてるからねぇ、うぅ、ダメ、もう胃がパンパン」
「ばーか」
他人が口つけた食い残しのご飯なんてフツー、手つけられないって!
……他人の構築しかけたDBだって、趣旨がわかんなきゃ引継ぎようもないか。
つまり、香織さんもこのマシンは『誰かから』託されたワケだ。じゃあ、それは誰?
『ミシェールに在学していた誰か』って事?
待って、さっき知弥子さんは何ていった!?
『身近な誰かが何らかの形で犯罪に関わったか、不慮の死を遂げたか、まあその辺だろう』
あのマシンの元の主、香織さんにそれを託した何者かは、過去の事件に加害、または被害の立場で関わっていた……?
じゃあ、その人が何故、どうして、巴たちを……たかが小学四年生の女の子のこの三人をマークしていたんだ?
わからない。
「また余計な謎が増えたな」
「う~」
ダメだ、私じゃお手上げだ、コレは。
「そんなくだらない事で悩んでも時間の無駄だ。そこはさっさと香織に聞けばいい」
スッと知弥子さんは携帯電話を差し出す。
……いや、えと。だって香織さん、話さないんじゃ……。
「話さないなら逆にそれが正解という事だ。おい香織。わたしだ。うむ。いや違う。黙れ。そうだな、お前が部室に置いてたパソコンの事だが……」
うわ、アッサリ私を無視して香織さんに話はじめちゃったよ!
「……ふむ。舞さん? 先輩? よその学校に行ってそれっきり? で、そいつは犯罪に関係ないんだな? おい何故怒る。うむ、では」
ぷつっと通話を切って、そしてまた知弥子さんは腕を組む。
「私らの二つ上の学年、サイタマだかサイタニだかいう文芸部の先輩の私物だそうだ。それ以上は知らない、と」
「……あっさり話しましたね、香織さん」
「ってコトは、シロか? いや、じゃあなんでそんなガキの情報が入っていた?」
「それいうなら香織さんの個人情報だって入ってましたよ。それを香織さんに譲るって時点で、ちょっとおかしい話だし。そうなると……」
その埼玉さんって先輩もまた、コンピューターの事なんてろくに知らないまま、それを香織さんに渡した、って可能性が大か。何にせよ香織さんの反応からすると、考え過ぎだったか。
う~ん……じゃあ、何だこのマシン。ババ抜きの押し付け合いかよ?
駄目だ、余計にわからん。アナログ世界だと間に人ひとり入ってロンダリングされるだけで、履歴は一気にたどり難くなる。
「まず、こう考える。『三年前の殺人鬼の事件』というのが大元にあった。次に、その事件から派生した『一年前の模倣犯事件』があった。現在、その『一年前の模倣犯事件』の首謀者、あるいは関わった何者かが、何らかの形で色々と事件を起こしている。つまり、まず三年前の事件の問題点を洗う事だな。回りくどいようでも、そこからはじめないといけない」
三年前の事件にしたって、その内容は殆ど都市伝説だけど。
「う~ん、現在の事件ってのもなぁ」
だいたい、どこまでが『事件』なのかもわからない。先週だったかの絵画破壊の件は、私にはいま一つピンと来なかった。ちょっと何重にもその計画は周到過ぎるし、幾多の階層の複合越しでしか全貌は見えて来ない話で、しかもそれは、たった一発の乱暴な「事件」で一気に解決してしまう流れだ。
つまり、実際にはそれは「怪事件」ならぬ「怪解決」だ。
こんなの、計画だてて考えられる奴がいたら頭の構造を疑いたい。尋常じゃない。
「私の関わった限りで四件の未解決事件……いや、解決はされてはいるが、そういった妙な事件に、作為的な『何者か』の影が見え隠れしている」
私はその、知弥子さんのいう『敵』って話もピンと来ないんだよなぁ……。
以前、集団自殺事件で生き残った人の家に、知弥子さんに頼まれて盗聴器を仕掛けた事があったけど、収穫はまったくゼロだった。
唯一妙なのは仕掛けた翌日に全ての盗聴器を業者に取り除かれた点ぐらいで、ま、業者を呼ぶような神経症気味の人ン家からホントに盗聴器が出てきたんだから、さぞや当人はビックリしただろう。
ビックリっていうか、ビビってるか。
「最近だとあの事件が妙だった。学校の近所で、女子高生が一人、大怪我をした」
瞬時、隣にいるミキともども、私の表情が強張った。




