第二十六話 『リアル/アンリアル』(前編・その3)
香織さんは性格的にまじめ、正義感が強い、そして事件は『終わった』物。関係者の何人もが死んだ、とは聞いている。『話せない事情』があるとするなら……?
親しい人が死んだ、とか? 思い出として語るにも辛過ぎる事があった、と考えれば、まあ納得はいくか。
幼馴染の自殺がキッカケって事だけは一応小耳に挟んだけど。そっから何で殺人鬼に繋がったのかまでは知らない。
……ん、それ以外の『誰か』が死んだって事……? どうなんだろうなァ?
それじゃ死に過ぎるってモンだよ、いくらシリアルキラー相手とはいえ。だいたい、直接その凶賊の被害者ってワケでもないだろうに。その、死んだお友達にしてもさ。
それか……事件の内容を『語れない』のは、関わった誰かのプライバシーとして、おいそれと開陳できない事情がある、って事だよなぁ。
被害か加害か。……加害はまあ、さすがにないとして。人前で話せないような『被害』を受けて、親しい人が死んだのか――まああのサイコパスは「性犯罪者」だからそれも考えられるか。
……いや、そっちにしたって香織さんとは直接接点、なさそうだけど。
「つまり、身近な誰かが何らかの形で犯罪に関わったか、不慮の死を遂げたか、まあその辺だろう。あいつはガンコだから、何か確実な情報でも提示しない限り、テコでも動かん」
「情報……つまり、『今現在起きている事件』が過去の件と絡んでいる、っていう、決定的な証拠が必要、ってコトですかね」
「そうだ」
今起きてる事ってのも、……う~ん。さすがに、漠然とし過ぎている。
だいたい、私ら探偵の出番となるような、何か明確な『事件』なんて……いや、確かにあったけど、それらは妙な具合に『解決』されちゃっているのだから。
それがフに落ちない、って話から、巴の退部願い、そして巴の過去に何かあったらしいっていう葛藤……実際の所、私たちに見えている物は、かなり曖昧なままでいる。正直、把握できていない。
そして、ぶっちゃけ私にとって今、重要なのは、ただ一点。
『巴を探偵舎に留めたい』――それだけなんだ。
あの子がうちの部になくてはならない存在だってのもあるけど、それ以上に、私にとって巴は妹みたいなものなのだから。
他にちゃんとした理由があるなら、退部もしょうがないと思う。でも、いくら何でもその理由が納得できない。納得できない理由であの子と離れるのは、正直イヤだ。
納得……そのために、私は「技術者」じゃなく「探偵」なんて珍奇な立場に、身を置いてるようなものなんだからさ。
「ん~、私は巴のいってる事は、ある種の強迫神経症っていうか、自己暗示に近い『思い込み』じゃないかって思うんですよ」
「それもある。問題は、全くゼロから妄想を塗布した物なら精神面のケアで済むとして、そうでない場合」
「う~ん、私にゃソレすら疑わしいんだけど」
巴の小学校時代の同級生が、連続殺人事件に絡んでいた、っていう話は、何をどう考えたって納得いかない。小学生だよ? できないって。ンな事。
「例えば、巴は確かに頭は良いけど、でもそれが裏目に出る事もあって。幾度か、誰かが巴の目の前で『これは自分の仕掛けた事でした』みたいな事をやったとするね。そうこうするうちに、何を見ても『これはアイツがやったんじゃないか』みたいな先入観と思い込みが、自然の 理として、法則性のある事象として組み込まれてしまうとかさ」
それは様々な学術研究でよくあったミスだ。
「ようは、ある種の病理だけど、それを意図的に作り出す事はできなくもないし。何でもかんでも宇宙人の陰謀だとかフリーメーソンの陰謀だとか、受話器に盗聴器があるとか誰かが覗いてるとか、そーゆー電波な人ってのは、世の中結構な数いるモンでさ」
ぶっちゃけ世間の「興信所」への依頼内容なんて、ほぼ九割がそれだ。
浮気調査の数%が、実際本当に浮気だったってケースがあるくらいで、世間じゃデンパって呼ばれる人のお陰で商売成り立ってるのが「一般的な探偵」だったりもする。
「で、そーゆーのが全員が全員アタマ悪いかっていうと、そうでもないんだよね」
筋道立てて理路整然と考えられる人ほど、案外そういった強迫観念におちいりやすい。
特にトラウマを持つ人。深く心に刻まれた物からは、そう簡単には逃れられない。
簡単な例なら、食べ物に虫の死骸が入っていたせいで、以後それと同じ物は何を見ても虫が入っているような気がして食べられない、なんてのはよくある話。
母親から虐待を受けた子が、何か不吉な事や不幸な事がある度に『母親のせいだ』と思い込むとか、幾らでもある。
それらOCD(強迫性障害)にかかるのは、几帳面で神経質、まじめ、そういった人が多い。
巴に至っては不登校まで起こしているのだから、そう考えて間違いないか。
「暗示ってのは、催眠術より強固だし、自覚がないだけ厄介なんですよ。無信仰無宗教でオカルトなんて小馬鹿にする癖に『ジンクスを信じる』人なんてゴロゴロいるし。偶然の天変地異が二回続いただけで『左寄りの政権が主導をとったら地震が起こる』なんて、もう信じ込んでる老人うじゃうじゃいますよ、この国には」
まあ拙かったのは事後の方なんだけどさ。原因と結果を混同しちゃあね。
頭の良い人でも、むしろなおさら、『自分の判断でそう結論付けた事』は重みを増す。
巴の突飛に近い推理力は、一歩間違えばそういった妄想と現実の境界があいまいになる危険性があるだろう。




