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聖学少女探偵舎 ~Web Novel Edition~  作者: 永河 光
第三部・名探偵、参上! MURDER BY DEATH
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第二十六話 『リアル/アンリアル』(前編・その2)


「そこの丸いのは何だ」


 知弥子さんは、一瞥すらなく無表情にミキに突っ込む。


「丸いて。えーと、私、中等部で発明部部長の三木と申しますけど」

「ああ聞いた事ある。変わり者とかで有名のようだ」

「いやアナタにいわれるのも、その」


 確かにミキはじゅーぶん変人だけど、何をどう考えてもミシェール一番の変わり者は知弥子さんだ。


「簡単に打ち合わせる」

「あー、私お昼……」

「腹ぺこキャラかよ。その辺のマクドか何かで良いじゃん。じゃ、行きましょか」


 そういって知弥子さんの後を私もついて歩く。信号から数歩と歩かない所に、大衆食堂のチェーン店の看板が見えた。以前に一度、もの珍しさで入った事がある店だ。

 あきらかに不法駐車らしい自転車やスクーターが店の前にはズラリと停めてある。一台、やけに目立つ大形バイクが見えた。


「あの、知弥子さんこのドゥカティ、もしかして……」

「うむ。特色で黒く塗って貰った」


 いや、そーゆー事を聞きたかったんじゃないんだけど!

 って、ミーティングってここで?

 いや、確かに昼食も同時に済ませられるけど!

 平然とイタリア製大形バイクを大衆食堂の前に停めて、知弥子さんは店内に入り、お盆に握り飯を無造作に二つ三つポンポンと置いた。


「なんつーか、異次元世界の住人だな、お前ンとこの先輩様は。目の前に居ながらにして、リアリティ一切ねーっつーか、何なのこの人」


 そういってミキは餃子や鯖味噌、オクラ納豆をお盆に載せる。……う~ん。


「てゆーかナニ? あのオッパイ。痴女なの? 誘惑してんの?」


 ぴっちぴちの革ツナギは、胸元の真ん中くらいまでジッパーをおろして、たわわな素肌が晒されている。さすがに同性でもドキドキするね、こんなのは! 通学の時は下に制服を着てるはずだから、まあ今日はサボったんだろうなぁ……。


「あの人に関しちゃ()()はない。大方『暑い』とかそーゆー理由ではだけてんだよ」


 まー、たぶんその辺りの感覚は私とすっげぇ「()()」人だとも思うけどさ。フライとサラダを取って、味噌汁と小めしを頼む。


「あーおばちゃん、私ゃ中めしと豚汁」

「わ、バッカ、ミキ知らないの? ここの中めしは大盛りと同義なんだよ。食べきれないって!」

「大ジョーブ大ジョーブ。あ、あとこのケーキも」


 この私たちの姿を見て、よもや『お嬢様学校』と呼ばれるようなトコの生徒と誰が思うだろうか。

 ミキにしたって、こいつ確か実家は芦屋かどっかのお嬢様だぞ?

 てゆーか、そういやミキったらうちの制服着っぱなしじゃんよ! あ~もー! すっげぇ恥ずかしい! ただ制服着てるんじゃなく、制服の下にえび茶色の体育ジャージって何でこんな罰ゲームみたいな着こなしで平気で歩けるんだよ……。


 お昼前のせいか、店内はまだ少しすいている。

 無意味な格言と、デカいどんぶり飯をかっ喰らう子供のポスターが貼られた店内、無表情で微動だにしない知弥子さんの目の前に二人並んで席に着く。


「えーと。じゃあ、ひとまずいただきます……」


 談笑しながらお昼……なんて雰囲気にはなりようがないだろうけど、こちとら育ち盛りなんだから、目前の食事にきっちり箸は進む。


「食べながらでも聞け。まず、最初にいっておく。私はお前ら中坊連中を今回の件に噛ませる気はない。ヤバそうだからな」


 ひょいっとミキが手を挙げる。


「いやあの、黒峯先輩、私その、探偵舎のメンツちゃいますけど!」

「いやミキには言ってないって。黙って食え」

「うむ。喰え。そして噛ませる気こそないが、しかしお前の技能が調査には必要だ」

「つまり、深く首は突っ込むな、貸せるモノだけ貸せって話ですね?」

「うむ」


 ミキが脇を小突く。何か言いたげなのはわかる。とはいえ、この先輩を前にして、ヘタに何か軽口を叩く度胸もないだろう。


「あ、そーいや前にカレンからもチョイ聞いたんですけど、センパイ盗聴器のセッティングとかもやるんですか?」


 ミキが片手を小さく挙げて質問する。


「色々」

「そ、色々」

「なんだ、おっかねェなぁ君らの部は」

「あの件には大福姉妹からも説教されたって。あの子ら、根がマジメだからなぁ」

「だから、巴のケアは双子に任せとけ。中等部の仕事はそれぐらいだ」


 興味ないようでいて、きっちり中等部の人間関係も把握できてるじゃないの、知弥子さんは。


「確かに。ちさちゃんも……う~ん、何っていったら良いのかなァ? 巴とは相性悪いみたいなんですよね、どーにも」

「そうか」


 ちさちゃんのキツい性格と、巴の引っ込み思案な性格では、歯車がうまく合わないのだろう。

 ヤマアラシのジレンマ、という言葉を思い出す。「エヴァンゲリオンのタイトルのせいでハリネズミの方が広がった」っていわれてるけど、そもそもがもうちょっと前にパソコン通信を介して理系のオタクの間で流行った言葉でもあった。まあ当然オタクとしてパソコンも嗜んでた庵野監督もその辺りの流行りに触れた世代なんだろう。

 いずれにしたって、()()同士。あの二人は、お互いの距離の取り方がまだわからないんだ。仲が悪いワケじゃないのに。


「それはわかる。私もあの小うるさいのは苦手だ。巴は好きだ」

「いや、そーゆーのともちょっと違うような、う~ん」


 こうもズケズケいえちゃう知弥子さんも知弥子さんだけど。この人は刺す事にも刺される事にもまったく怯えも躊躇も容赦もないって点が、まー何つーか、色々と違う。


「まあ、それはどうでもいい。問題なのは今、私が何を追う()()かだ」

「あれ、決まってないんですか?」


 この人が無目的で私を呼び出すわけないし。何か目算があるのだろう。


「絞る必要がある。漠然過ぎる。香織はまだ、戦力にならない。過去の事件を話したがらん。同時に、あいつの中では過去の事件はもう『終わっている物』だ。再調査なんぞに乗り気になるか」

「ん~、香織さんがそこまで『話したがらない』ってのは……確かに、少しおかしいですね」









余談


半田屋はですねー、昔は広島にも3店舗もあったんですよ(この作中のは、まさに広島の紙屋町店をモデルにしていました。2015年に閉店)。最後まで残ってた宇品店も2023年に閉店だそうで(まあ私はコロナちょい前から一切広島に帰ってないので広島のコトはもはやなーんもわからんですが。などと書いてしまう被爆80周忌の8月6日。いっぺん帰省して新しい駅とピースウィングスタジアムは見てみたい)、これで西日本から半田屋は消えました。そもそも関東も埼玉に1店だけってコトで、色々諸行無常よのぅ。

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