第二十六話『リアル/アンリアル』(前編・その1)
第二十六話
『リアル/アンリアル』
初稿:2005.12.15
「んじゃ房子さん、外出許可書にハンコお願い。昼と夕飯はあっちで食ってくと思うから」
「なーにいってんだよ。夕飯までにはちゃんと帰ってきな。門限、六時だかんね」
「了解ー」
バタバタと制服を脱いで、ちょっ速でジーパンとセーターに着替えた後、頼まれた物をいくつかカバンに詰め込み、コートを引っ掛けて玄関まで急ぐ。
「なんだカレン、どっか行くの?」
おおよそお嬢様らしくない風貌と趣味と人間性の(いや、私も人の事ぁ言えないけどさ!)丸顔のルームメイトのミキが、めざとく察知して来やがった。
「ちとH市内の方にねー」
学期末行事の準備で、授業も今日は二限で終了した。今から出発すれば昼前には着くはずだ。
H市内までは、電車とバスとで片道、およそ一時間と少々。ちょいと外出っていうには気合のいる距離だし、何か用でもなきゃ、いちいちそんな所まで出る機会もない。
「あー待って待って。行くんならさー、私も一緒にいくわ。房子さん私ンのも外出許可お願い。ホイっ」
寮母の房子さんにぞんざいに外出許可書を投げ渡して、ミキがぴったりホーミングして来る。
「おめーまで何しに行くんだよ。理由ねーだろこのやろー」
文句をいいつつ、きっちり判押しちゃうんだから房子さんもミキには甘いわ。
……つーか!
「いや、あのさ。なんでミキまでついて来んだよ。いいよ来なくって!」
「カタい事ゆーなってばよ。イイじゃんよたまにはさー。私だって買いたいパーツとかあんだし、一人で街まで出るのって寂しいんだしさぁ。行き帰り電車ン中ずーっと一人ってのもさぁ」
「こっちは用事あるっていってんだから! そりゃ、勝手に来るのは構わないけど」
「おっけーおっけー。んじゃ行くか!」
そのまま、とくに何の支度をするでもなく、そのままひょこひょことミキは私の後ろについてくる。
「って、何ソレ、制服のままで来んの!?」
「学生が学生服着て歩いて何が悪い。あ、サイフくらいはとってくるわ」
いや、おめーの制服の着こなし尋常じゃねーって!
押し問答をしてる時間が惜しい。次の電車に遅れたら到着が午後になってしまう。さっさと寮の玄関を出て、校門へ小走りに進む。
「待って、待ってってばー!」
ディバッグを背負ったミキを引きつれながら、そのままバスに乗って駅へ、駅から電車に乗ってH市へ──。
☆
よくも巴はこんな事を毎日行き帰り繰り返せるものだなぁ、と感心しながら、H県の県庁所在地であるH駅に降りた。
幾ら何でも往復二時間は、かなりダルい。乗り物酔いこそなくても、車両好きでも、しんどい物はやっぱしんどい。
ここから中心部へは更に十数分かかる。H市ってのは面白いことに、JRの駅を中心には発展していないのだ。
自動にする意味あるの? ってくらい人もまばらな自動改札を抜け、バス停ならぬ電停へ小走りに。
緑色の新型路面電車に乗り込む。
私が日本に来て――つまりミシェールに入学してからのこの二年間、実のところ数えるほどしかこの街には来ていない。
今時、少々手に入り難い物だってネット通販でどうにかなるためで、都市部にわざわざ出る必要がなかったから。
「なんつーか、すごいねこの静穏。動力系は何使ってんだろう」
「静穏は弾性車輪だからだよ。ドイツ製だっけ」
電車の細部や制御板をミキと一緒にあーでもない、こーでもないと指さして覗き込んでいるうちに(女子のやる事じゃないわな)、もう目的地に着いた。
ビルに囲まれた、普通の数倍の幅の道路に、車も電車も人も通っているのがH市内の特徴で、電停へ降り、大きな車道の真ん中で信号が青になるのを待つ。
「で、カレンが今日ここに来たのって、探偵部の何かなの?」
まー目的を一切口にしてないんだから、そー考えておかしくないか。
「んー……」
「ミッションは口外法度って事か」
「いや、まだわかんない。先輩に呼び出されてね」
「先輩って、カレンとこの部長って寮生じゃん? もう一人の金髪だってさぁ」
「うん。っていうか……あ、青」
電子音と共に信号が変わる。前後から大量の歩行者がわらわらと歩み出す。田舎のミシェール近辺じゃ見られない光景だ。中心地から少し離れたJRの駅よりも、街中の路面電車停留所の方が利用者が多いって点も、ここH市の特徴の一つ。
「うっはぁ!」
マヌケな声をミキが漏らした。
いや、わかるけど。
「先輩って、アレか! まじか!」
「まじ。っていうか……すっげえな、あの人は」
横断歩道の先に、黒い影が仁王立ちしている。
全身真っ黒の革ツナギ、小脇には黒いヘルメット。
ボディラインが思いっきり強調されている服装だけに、プロポーションの良さが遠目にもわかる。
対岸の歩行者の視線を一点集中に浴びながら、無表情のまま微動だにしない。
「いや、目立つ。目立ちすぎるって、あの人! 何それ!」
「こっちが訊きたいって! つーか現実離れも程があるな、あの先輩様は」
ただでさえ美人なのに、こーゆー女スパイみたいな格好で平気で歩き回れるんだもんなぁ。何この人。
「ミーティングをする。来い」
挨拶も一切ナシに、いきなり知弥子さんは切り出した。
ていうか、この人やっぱ今日、学校サボってたんだ。




