第二十五話『私の中の暗黒は』(後編・その7)
versus
――時間は、また元へ。
「ねえ、巴さん」
淡い茶色の髪をした、とても綺麗な女の子が口を開く。
彼女──茲子さんは、まるで仔猫のような女の子。
気分屋で、気がついたら居眠りばかりしていたけど、面白そうな事、興味深げな事にはまっしぐらに突進して行く。
それでいて、ノリ気じゃない事には徹底的に無関心(授業ですらも)。そんな自由奔放な彼女は、私にとって憧れでもあった。
ツリ目だけど大きくて丸い目、整った目鼻、ほっそりした肢体は少女らしい華奢さで、ボンデージ?とかいうSMっぽい、ゴスロリっぽい改造をした制服に身を包んでいる。
「あなたがミシェールに通うようになって、私と会うのはこれが初めてだよね?」
「小六の後半からだから、一年半は会ってなかったよ」
会ってない、というより、会えなかった。
会う勇気がなかった。
茶色い髪に薄化粧。
ギリギリまで短いスカート。
シルバーアクセにピアス。
私と同い歳なのに、茲子さんはどう見ても今どきっぽい「ギャル」の格好で、私の全身真っ黒でヒザまで隠したスカートの制服とは、あまりに対照的だ。
「巴さんは、女の子らしくなったね」
「えっ?」
その言葉はちょっと意外だった。
「すっかり『お嬢様』ってカンジ。さすがお嬢様学校に通ってると違うモンだわ、あはは」
「いや、ゼンゼンそんな事ないよ……」
三つ編みも切ってショートヘアにしたし、制服じゃなくジーパンで歩いてると、むしろ男の子によく間違われるというのに。
「やっぱり、巴さんはアレが原因で学校に来なくなったんだ」
「……うん」
「じゃ、そんなあなたが、何故、今わざわざ私に会いに?」
「対決しに」
「へぇ?」
手が、やっぱりまだ震えている。
私には立ち向かう勇気なんて、どうやったって持てない。
それでも──このまま、目耳をふさいで、逃げて、それで逃げ切れるものでもないと思ったから。
「過去からもう逃げないって、仲の良い先輩に誓った事があるんです。でも、結局私は逃げて……逃げ続けて……どうにもならないぐらいに、自分のダメさを痛感して、それで……」
「なのに、私に会いに? おかしいよ、それ」
「うん、おかしい。私は、きっと、あなたと心中しに来たのかも知れない。どうせかなわないなら、何も知らないまま舞台を降りるのもくやしい気がして」
「ふふ、やっぱり面白いね、巴さんは」
優しい微笑みで茲子さんが微笑む。
彼女が、初めてこんな微笑を私に見せた時の事を思い出した。
小五の冬、密室の倉庫で先生が一酸化炭素中毒になった事故の時だった。
──『あなたには復讐しないとね』
あの時の、困惑した気持ちは忘れられない。
「心中って? 刺し違えるとでも?」
「それは無理だと思う。何一つ、私は茲子さんにはかなわないもの。でも、それぐらいのつもりでいないと、きっと消し飛んでしまう。私は──知りたいんだ。真相を」
「探偵として?」
「私にその資格はないよ」
「私だってないよ。うん……そうだね、巴さんには、謝らないといけない。私は、正直、あなたを少し甘くみてた」
「それは、当然じゃないの? 私は只の……」
「あなたは只の女の子じゃないよ。それに、気付けなかった。それは私の落ち度かな。だって他にもっと注意しなきゃいけない子がいたからね」
「あぁ……まあ、それは当然だよね」
茲子さんと同じく、私の元クラスメイト。茄子菜さんとソヨカさん。
あの二人の存在は、強烈だった。とりわけ茄子菜は四六時中フザけてるだけの子だと思っていたけど、違った。
「うん。私が茲子さんの立場だったとしたら、やっぱりあの二人を一番に警戒する」
「私の立場って?」
「秘密裏に、犯罪を行うとしたなら」
To Be Continued




