第二十五話『私の中の暗黒は』(後編・その3)
つまり、煌子に知られる可能性なんてゼロ。
考えすぎ?
カン違い?
気のせい?
誘導尋問なら、私相手にストレートな物の聞き方はしない。私が何も答えない事は想定済みのはず。
じゃあ、『どう誤魔化すか』を目的として訊いてきたなら?
私はとっさに、河原の事件の話で『誤魔化した』。
誤魔化した事がこの場合、解答になる。『誤魔化さなきゃいけない何かをしてきました』と答えてしまったも同じ。
では煌子はどこまで『知っている』?
その場合、あの弓塚薫とかいう子の話じたい疑わしい。
ウソであるなら、話の下敷きはあきらかに柴田の姪の話をベースにしたとしか考えられない。なるほど、それこそ『必然』だ。
つまり……。
『爰菰煌子は、殺人鬼の正体に迫る何かを知っている』事になる。
ありえない。バカバカしい。それこそ考えすぎ。
そもそも、知っているなら訊くだろうか。訊くという事は『確認』だ。確証を得られていないから、それを確かめる為に。
では?
◯可能性1・私がユッキ君と二人乗りで、あの教会に向かうのを目撃した。
その場合、事前にあの教会で何が起きたかを煌子は『知っている』事になる。
◯可能性2・何らかの要因で、いつか私があの教会にたどり着く事を想定していた。
その場合、私が『見た』物は、最初から折り込み済みの予定物だった事になる。
1の場合はどうだ。柴田の姪と煌子との間に、どこか接点があれば、事件後、私やユッキ君より早くあの教会に調べに来ていた?
可能性は──あるかも知れないけど、それこそ雲を掴むような話。この想定ではダメだ。そのタイミングでは。
では、いつ?
あそこは私たちが踏み込むまで、誰も入っていないはず。少なくとも事件『後』ではない。
なら、いつのタイミング?
犯行当時、またはその直前か?
もう一つ思いついた。
あの書類の束、記事、そしてビデオテープ、あれをあそこにばら撒いたのが煌子だとすれば?
殺人鬼のロジックからは、あの行動は統一性がなさすぎる。
愉快犯的行動――まさしく煌子のやりそうな事じゃないか。
息をするように嘘を吐く、平気でチクるし裏切るし、面白半分に人間関係もブチ壊せる。利も益も無くたって平気で動くし、損しかしない局面でも平気で裏切る、思考も動きもまるっきり昆虫のような女だ──そんな事を誰かが言ってたっけかな。
殺人は起きた。死体は運ばれた。証拠は全て犯人の手で消されていた。しかし、それを煌子が知っていたとする。
煌子はそこに細工をし、そこで『何が起きたのか』を後から来た誰かにわかるようセッティングして行く。ある程度の目的を持って、そこに誰がいて、何をしたかを『わかる』者──柴田とか、を相手に。
つまり『事件の発生前、またはその直後』に知っていた、という前提。
……う~ん。ちょっとおかしいか。これでは。
そもそも、その目的は? 「愉快犯だから」の一言で済ますには面倒が多すぎるし、この考えではあと一手、何かが足りない。
2の場合は? この場合、ピンスポットで狙い撃ちされている相手は『私』。あいつならそれはやりかねない。私への入念ないやがらせは煌子の得意とする事で――。
では、あの夜に見たものは何?
私は学習塾に招待されて、当時イヤイヤ通わされていた。学費と交通費タダで、あと何か一封差し出されるとかしたのだろう。一ヶ月ほど通ってすぐ辞めた。あそこで何か得られる事なんて私にはなかった。しいていうなら、隣の席の子……何つったっけかな、あの子がちょっと面白かった。
咲山巴、だっけ。一見して堅苦しいガリ勉タイプ、『委員長』なんてあだ名がつけられそうな子。でも、あの子は発想が突飛で、夢見がちな子だった。あの子には少し興味があったけど、でもまあ、そんな事はどうでもいい。
あれでバスに乗って、塾なんてバカなものに私は暫く通っていたんだ。
その、バスでの帰りに見たんだ、あの異常な光景は。
私のスケジュールとバスの発着時間を把握していれば、それは『仕組める』事。
じゃあ、あの黒い影は誰? あの生首はやっぱり玩具? ドッキリ? カタ焼きソバ? いや東野幸治はこの際どうでも良くて。
時間にして二秒ほど。
瞬時に茲子の脳内を思考が駆け抜ける。
──バカバカしい。ありえない。誇大妄想だよ。なんでそこで煌子が出てくる。ねーって。
頭がどれだけおかしかろうが、たかが中三の女の子に、一体何が? だいたい煌子にそんなバカげた事をするメリットなんて、何一つないじゃないか。
あれは言葉のアヤで、考えすぎ。意味深な含みを持たせた言葉で私を混乱させようとしているだけ、そうに違いない──そう、結論づけた。
祈がトイレに立った隙を狙って、吉里にそっと話しかける。
気は進まない。しかし、もう少し踏み込まなければ気持が納得できない。
「あの、先生。ちょっと訊きたい事があるんです」
「それは、柚津起君がいない隙に訊きたい事なんですか?」
「はい。ホラ先生、そーゆー点するどいし」
煌子もここ、芙嵜小学校に三年前までは通っていた。
「姉の事です。彼女は先生にとって、どんな子でしたか?」
自分と違う視点では煌子はどのような存在だったのか。
「ふむ……煌子さんは、まだ君に何かを?」
「してないわけないわ。でも、回避の術はそれなりに心得てるから、今はそうでもない」
「そういった事を心得なければならないのも、問題だと思いますよ」
優しい笑顔でも、陰りが差す。教師の立場ではどうにもならない事もある。吉里に余計な心配をさせるのも、茲子にとって好ましい事ではなかった。
「煌子さんに関しては……僕には、後悔の念があります。僕は彼女を上手く導いてあげられなかった」
「それは無理な話だわ。人にはそれぞれ性質ってものがあるもの。環境や影響で人は形作られるというなら、私と姉は同じような人格になってておかしくはないのに」
「君たちは、ある意味、似ています。でも、大きな差がある。君は煌子さんの跡を歩む事で、彼女が躓いた事柄の幾つかを回避できたのも確かです」
「逆に、煌子が避けて通った罠に、私が陥りもしたわ。煌子は……ワザと成績その他、低い点数をキープしてたと思う」
頭が良いからといってロクな目にあわない事は、たっぷり身に沁みている。
「確かに、煌子さんはああ見えて頭の良い子です。しかし、書類上に良い成績は何も残していない。あの子はよく虐められて泣いていたり、気弱で何かを訴える事もできなかったし、トロい子、グズ、そういったレッテルを貼られる事は多かった。でも、実際には違います」
やっぱり。
吉里先生には見抜けてる──感心と確信。茲子はうなづいて、納得する。
吉里先生が赴任して来たのは私が小一の終わり頃で、受け持ち学年も違うのだから、ほとんどこの学校で煌子を見かけていないはずなのに、ちゃんと把握も出来ているのは大したものだと思う。




