第二十五話『私の中の暗黒は』(後編・その1)
★前編のあらすじ★
天才的な頭脳をもった小学校四年生の少女、茲子は、彼女の暮らす地方都市・H市内で発生する、謎の連続猟奇殺人事件に興味を抱く。
月齢周期で発生する、「中年男性」のみにターゲットを絞った、残虐な解体殺人。
以前、その犯人――通称『殺人鬼』の犯行とも思われる『痕跡』を、彼女の友人である少年・祈と共に、廃屋の教会で発見した事から、いまだ誰にも知られていない殺人鬼の謎に迫れるのではないかと思考を巡らせる。そして……。
★
柚津起祈は、顔立ちは可愛らしいのに、どうにもだらしのない男の子で、メガネにはいっつも指紋が、頭には常に寝癖が、シャツは半ズボンからハミ出して、靴下はシワシワのヨレヨレになって土ボコリがだいたいシマウマのような模様を作り、それを見るたびに茲子はため息まじりに『ホラ、ユッキ君ちゃんとしなさい!』と突っ込んでいる。
「だからいーじゃん、死ぬわけじゃなしさー。僕がだらしないからって君に何か迷惑でもかけるかね」
「かけるね。並んで歩いてたら恥ずかしい」
「じゃ、並んで歩かなきゃ良いね!」
「私と並んで歩くのはイヤってことね」
「うん。……あ、ゴメンうそ」
祈は茲子への好意を隠さない。九歳の男の子でこんな態度は珍しい。
「じゃ、私と並んで、手を繋いで、腕とか組んで歩きたいんだ」
からかう口調で茲子は訊き返す。
「う、あーっと。えーと。まあ、そりゃあ僕は君が好きだけどさ。小学生の男女でソレってのはどうなんだろうね」
「気安く好きとか何とかいうのもヤメようね、ガキのくせにさ」
「ガキはお互い様だって」
普通の小学生男子なら、好きな女の子がいても、からかうとか、悪口で気をひこうとする事はあっても、正面から『僕は君が好き』なんて言えやしない。
茲子にしても多少、頬が赤くなりそうな所もある。あるけど、しかしさすがにもう馴れた。
祈は、小学校に入るまではニューヨークで暮らしていたと聞く。
外人ナイズされているのだろう、それじゃー仕方がない。
彼のベビーシッターはきっとスケコマシのイタリア系だったに違いない、などと勝手に茲子は想像する。
──だったらもう少しオシャレだよなぁ、違うかなぁ。
「……で、君の意見ってのは面白いね」
「うん、面白いでしょ。ちょーっち、強引かもしんないけど」
祈は少し首をかしげながら、何かを考え込む。
「でもさぁ。君がこないだ『見た』っていう話。ソレって証拠物として出せるようなモノは何もないんだよね。『見た』ってゆー証言だけでさ」
「そこなのよね。私自身、確証が得られない事だし」
写真でも撮ってたならまだしも、示す証拠にはなりようがない。
ついでにいうなら、「ニセ柳(仮)」の犯行そのものは闇に葬ったのだから、そこもしょうがない。記事、ビデオ、書類の幾つかは、イエス様の血痕と共に、他ならぬ自分たち自身の手で「隠滅」してしまった。
だからまあ、「そこ」は何一つとして証拠としては出せない。
出せなくても良い。その行動は「正しかった」と思うから。
「でも、そもそも君が『見た』と思わなければ、あの現場には行ってない。行って、あんな状況だ。他の可能性なんて想定できねーってばさ」
う~ん、と茲子は考え込む。
自分ひとりなら、きっとどこかで『あれは見間違いだった』と折れていただろう。
バカげてる。この目で見たとはいえ、その見たはずの物に確信がもてない。
でもこうして、一緒にあの元教会に踏み込み、同じものを見た祈と意見を交わして『間違いない』といわれては、やっぱり信じるしかない。
「でもさ。もし……アレが、あそこで私たちが見たものが事実だったとするね。そうすると……私たちは、まだ世間の誰もが知らない、世間の誰もが気付けてもいない、ひょっとすると警察ですら掴めてない、殺人鬼の『真相』に近付いちゃった、って話だよね」
「ん……」
「あの殺人鬼の行動は、無秩序な無差別殺人ではない、って事」
その茲子の言葉に、祈も少し考え込む。
「そこはどうかなぁ。っていうか、君がいってたじゃないか。たまたま無秩序無差別な殺人の常習者が、たまたまついでに『じゃあ』ってばかりに、その女の子の復讐に手を貸したのなら? って。いや幾ら何でもタマタマ過ぎるけどさ!」
「そこなんだけど。真相を知りたいって事と、復讐とは、やっぱよく考えてみてもイコールじゃないよね。だいたいどーやってその女の子は殺人鬼にたどり着いたのよ? 半年も前に頼んだ、プロの探偵の叔父よりも先に?」
「む……」
「更にいえば、その、私の見た子が、柴田さんの姪とイコールとは限らないし。柴田さんは、その辺の事は私にも話してない。ま、何かあるならそれとなく姪っ子に探りをいれてるとは思うけど」
「入れた探りの結果を、あのおっちゃんが君に話してくれるとは限らないよ」
どうなんだろうか。現状、何をどう考えても、筋道たった答えは出ない。
そもそも、あの殺人鬼は愉快犯。そこは、間違いないとして。
何一つ証拠を残さないはずの殺人鬼が、何故に現場をあんなにもいじって『メッセージ』を、それも、柴田に向けて残したのか。
……弄ったのは、別人?
後からあそこに入って?
……いや、侵入痕跡はやっぱなかったし。そもそも、一ヶ月以上柴田だって入りあぐねていたんだ。
柴田の姪が殺人鬼と繋がりがある……とは、やっぱり考え難い。そのロジックでは、あの状況はありえない。
そもそも、正体不明の連続殺人犯に共犯がいるとは考えにくい。
「あの現場状況からすると、カタキ討ちってわけじゃないよね。それは君が断言した」
「うん、自発的な行動で、愉快犯……そう判断するしか。何より、あんなのじゃ死んだ子もうかばれないよ」
死んだ人間が、どう浮かばれるのだろうか?
ふっと、そんな事を疑問に思った。あの世なんてあるの?




