第二十四話『a girl smiles wryly』(後編・その4)
「その絵画の事件はオマケみたいな物か。チンピラが『敵』に『殺された』事で目的はあらかた終了してる筈。私にしてみれば実行犯より主犯のが罪は重いが、実行犯を『殺す』事、主犯を『社会的に完全に抹殺』する事、その二点が『敵』の『仕切り』か。なるほど。その主犯にしても、何も小娘を殺せと指令したわけでもなかった、というセンも考えられるな」
ちょ、ちょっと……知弥子まで何をいい出すのよ!?
「そのルビーというガキが連絡してたのは『ゴールド』と『ラピス』だったか?」
ん……ラピス。ああ、そうかこれが引っかかってたんだ。
「ラピスって、ええっと……自殺した模倣犯の残した意味不明な署名に書かれてましたよね」
「コピーキャット・ラピスと呼ばれて、一時マスコミでも騒がれてた。何だ、その符合。殺人担当者が『ラピス』とでもいうのか」
じょ、冗談じゃないって。巴ちゃんと同級生なら中一なわけでしょ?
そのルミだかルビーだかって子も、確か中二だっけ?
「……ちょ、知弥子までそんなバカな話に、」
「バカ話で人は死なない。実際に死んだ小悪党を私は何度も見て来た。もし小学時代の巴がそれと似た状況を目の当たりにしたのなら、確実にそう『信じ込む』だろう」
……ん?
「その同級生のガキが本当に人殺しかどうかは、わからない。人殺しかも知れない、そうだとしたらかなりの強敵で凶悪だ。そうでないとしたら?」
「虚言っていうか、詐話か何か?」
さっきの話に出て来た、ルビーとか何とかいう子のコトをちょっと思い出す。その子の「過去の話」にしても、どこまで本当だか。
「むしろそういったウソ話であった方が事は簡単だ。普通ならそうだ。しかし、実際に謎の相手に人が殺されている事実がある」
じゃあ、事実を知っていて、それを捻じ曲げる子がいたって事? う~ん?
「何にせよ、その子供は人殺しの大人に利用されてるか、またはその大人を利用してるかのどっちかになる」
オトナ? あっ。
「その絵画焼却事件、子供だけじゃなく大人もいただろう。警備員だかコックだかに化けて忍び込んだヤツも居たからには、見た目成人以上の男か。複数人……電話に出た名前も入れて、最低でも四人。もっといるだろう、しかしそう大所帯の組織でもない筈だ。組織がデカいと、どこかで色々漏れるものだがそんな噂はトンと耳にしない」
「過去の事件にしても、実行犯が別に居るって事……?」
「勿論、あくまで可能性だが。だから、その子は真犯人の存在を隠す為に巴に『自分で殺った』といった場合が考えられる。実際、あの過去の事件の概要からすると、まず子供の手では無理な犯行だ」
なるほど。それなら繋がる。
知弥子は、ムチャクチャで、乱暴で、デタラメな子だけど、やっぱり頭の回転は速い。行動力もある。この子は間違いなく本物の探偵だ、ゴッコ遊びじゃない。
高校生の女の子としてはありえない能力を持っている知弥子の存在は、かつて香織に『そんなの、出来るわけないじゃない』と心の中に思い隠しながら接していた自分の『後ろめたさ』を払拭してくれる。
『出来る娘もいる』って、思い知らしめてくれる。
私は私の間違いを誰かに指摘して欲しかった。
私は私の後ろ向きな思いを、誰かに『そんな事ないよ』っていって欲しかった。
知弥子は、無言で、私のそんな思いを全て叶えてしまえる。
「私は巴の言葉を信じると同時に、巴の信じた事の全ては信じない。あいつだって完璧ではない、まだまだ子供だ。私以上に知恵も回ったり、推理力を発揮したりできるが、幼い点、拙い点は多い。だから、その袋小路からひっぱり上げないといけない。しかし正直、敵はかなりの強敵だ、私だけでは厳しい」
「……ですから知弥子さん、ここは探偵舎一丸となって協力して、」
「いや、いらない。中坊はひっこんでろ。危険すぎる相手だ。分析等にあのデカい赤毛やそこの双子の力は借りるかも知れないが、現場には出るな。相手は本物の人殺しだ。小娘は小娘らしく勉強と宿題をやってろ」
いや、知弥子だって小娘でしょーに。
「だから、はるか。力を貸せ」
「……って、私かぃ!!」
寝耳に水。
いや、あのっ!? 私に何をっ!?
「戦力に決まっている。中等部の豆つぶ共と違い、高等部は武闘派ぞろいだ。荒事は私らにまかせろ」
「いや、あのっ! 武闘派って私ひょっとしてソレ勘定に入ってるのォ!?」
「無論」
頭がクラクラしてきた。
「だっ、だからぁ! 私はスポーツだってやってないし! そりゃ、いつもバレー部やバスケ部から誘われるけど、できない物はできないんだから。知弥子だって私が運動神経ゼロだって知ってるでしょう?」
「けんかに運動神経は関係ない。大抵の攻撃は上背だけで押さえ込める。長身はそれだけで武器だ」
けんか、て。
……とほほ。
「まず格闘能力で最大なのは香織だ。あいつの徒手空拳なら武器を持った相手二、三人とも対等に戦える。次にミドルレンジからの攻撃は、はるかが事前に押さえ込む。原則、対空武装でもない限り、人が人に繰り出す攻撃は『上から下へ』だ。ハイキックやアッパーの類は相手の虚を突くかトドメの一撃に限るから実戦的ではない。その時点ではるかには大きなアドバンテージがある」
「ええっと、だーかーらーッ!」
「そして戦力的に一番劣る私はあくまで落穂ひろいのしんがりとして指示と指揮をとる。この三人の連携が上手くいけば大抵の集団戦でも……」
「一番ラクなポジションじゃないソレ! 知弥子が先陣切った方が良いんじゃないの?」「私は私の能力をきっちり把握している。私はこの三人の中では一番弱い」
いや、それはないって! 去年だか、知弥子が鉄パイプ片手にヤクザ三人ノシたって話も小耳に挟んだし、最近だって男子学生五人くらいをポンポン投げ飛ばしたとか、とにかくメチャメチャな話ばかり耳にするし。
もぉ~! 今の知弥子のデタラメなホラ話のせいで、中等部の子たちがすっかりおびえちゃってる~!
「なんだ、私が『強い』とでも思ってるのか?」
知弥子が不敵に笑う。
「あなたぐらい強い女の子、見たことないわよ」
「そうか、私は自分が臆病者で、何かあれば辛かったり怯えたりしている自分を知っているが、お前の目から見て私がそう見えるなら、お前の中でそれは正解なんだろう」
「……どういう事よ」
「このちびっ子たちから見て、お前は『頼れる先輩』だ。お前にそのつもりがあろうがなかろうが。お前はお前自身が弱い事も、情けない部分も、ダメな部分も、イヤっていう程知ってるだろう、自分事だからな。でも、こいつらにとっては知ったこっちゃないんだよ他人事だから」
「いや、まあ、そりゃぁ……」
「だから大黒柱として堂々と。デカいって以外、他人にお前の何がわかる。そんなのは当たり前だ」
……ひどい言い草だけど、知弥子の今の話は実にもっともだろう。
「だから、敵の調査は私ら高等部にまかせろ。それと、巴の件。中坊同士でケリをつけるべき。実際そこまで深刻な話じゃない」
「……了解しましたわ。ええ、安楽椅子は私の性に合ってますもの。それでは、はるかさん、宜しくお頼みしますわ」
……え~っと。
「はるかさんだけが頼りですから」
ぼそっと双子が耳元でささやいた。
確かに、私は……私の知らないうちに、この子たちから信頼されていたのだろう。
「……うん、まかせて」
調子よく、そういって少し後悔する。
満面の可愛らしい笑みで、ちさとちゃんと双子が応えてくれた。
私はそれが、嬉しくもあり、苦しくもあった。
To Be Continued




