第二十四話『a girl smiles wryly』(後編・その3)
「だから、そんな話どう信じればいいの? それを嘘とか作り話だって疑ってるワケじゃないけどさ」
私も、正直にそう口にした。
「本人が大真面目にそう信じていようとも、中学生特有の思い込みか何かとしか思えないよ。いや、ちさとちゃんや大子ちゃん福子ちゃんには悪いけどさ。中学生って人生の経験とか、思考とか、色んな部分が幼いままじゃない」
「……はるかさんは、ずいぶんハッキリいいますのね?」
だって、中学の頃の香織の行動を思い返しても、やっぱりそうとしかいいようがない。
そりゃ、高校生だって世間から見れば十分子供よ? でも、そんな子供の私の目から見ても、やっぱり中学生はまだまだ幼くて、子供に見える。
思い込みが激しくて、考えが極端に走りやすく、断片と断片を妄想で繋ぎがちで、半端に頭の良い子であればある程に、そういったダメな思考に陥り易い。
頭の良い子ほど、案外そういった心の病にかかり易い点もある。
ぶっちゃけ、私もそうだった。
行動力なんて何もない。プライドは高いくせにコンプレックスばっかり持っていて、何も出来やしないのに、本ばかり読んで世の中をわかったようなつもりになっていた。
それでいて、不満だらけのこの世界を革命する力もない。自分がちっぽけな存在だと自覚していた(いや背丈はおっきいけど! それとこれとは別!)。
だから余計に、香織に対しての思い入れが強かったんだ。
美人で、頭が良くて、優しくて、スポーツ万能で、お嬢様で、そんな子と親友……いや、親友だなんていってるのはあくまで私が勝手にそういってるだけで、香織がどう思っているかは、本当の所はわからない。怖くてそんなの確認なんて出来ない。
どっちにしたって、あの子は優しいから、きっと本当の胸の内なんて吐露はしないだろうけど。
そんなスーパーウーマンの香織なら、何かが出来ると思ってたし、香織なら何かを変えられるんじゃないか、って。
香織のそばにベッタリくっついて、少しでも役に立つフリをしたかった。
それでも、反面……本当の所、私はあの頃の香織を……きっと、心の隅でバカにしていたと思う。
中学生の女の子に、何が出来るのか、って。
現実的に考えれば、何も出来るわけない。
彼女の身内に警察関係者が何人いたところで、彼女のお婆さんが高名な女探偵だったとして、それでどうなるって?
同時に、私はきっと香織に軽んじられるのがイヤでイヤで仕方がなかったんだ。
香織は私には何も話してくれないし、香織が心血注いで追いかけているのは、既にこの世にはもう居ない佐和子さんの事。香織にとって佐和子さんは、とてもとても大切な人。
私がもし、何かの事件に巻き込まれたとして、香織はあの時ほど熱心に調査してくれるだろうか?
きっと、それはない。
嫉妬心とか、心酔とか、色んな感情を当時の香織に向けたまま、私は善い人のフリを演じてきた。
縁の下の力持ちみたいに香織を支えて、友達思いのお人よし・その1ってポジションで、香織のそばに居たかったんだ。香織の視界の中に居たかった。
私がこの探偵舎に「居づらい」理由だって、本当の所はソレが原因。
私は探偵じゃないし、探偵ごっこにも興味ない。中高生の女の子にそんなバカな事できるとも思ってない。
そんな私が、ここに居座っててはいけないんだ、やっぱり。
この部室にはずっと居たから、愛着も思い入れもある。だから掃除もするし花も添えるけど。
「私は、巴ちゃんを信じるわ」
双子が同時に口を開いた。
「私ははるかと同じく、『巴の思い込み』に一票」
知弥子が私に意見を合わせた。正直、知弥子は香織とは違った意味でのスーパーウーマンだし、彼女には私のような悩みやコンプレックスとは一生無縁だと思う。
少し考えて、ちさとちゃんが冷静に口を開く。
「……私は意見を保留したいわ。あと、花子は何の意見もいわないと思うし、カレンは大福姉妹と同意見でしょうね。香織お姉様はきっとはるかさんたちと同じかな」
本人の告白をその耳で聞いた本人が、安易に『信じ込む』のは危険と踏んでいるのだろう。ちさとちゃんったら、こういった所で意外とフェアな子だ。
「中等部と高等部で見解が分かれるって事ですか?」
「そうなるわね。となると、やっぱりここも香織お姉様がカギになるかな」
「いや香織は関係ないし、巴の問題は巴個人のものだ。だいたい、そこまで判ったならもう答は出てるも同じだ。考える必要すらない」
知弥子がまた、アッサリと暴力的な発言で斬って捨てる。
「どういった事ですの?」
「巴の同級生って事はわかった。H市内の都市部の小学校なら少子化で児童数もそう多くない。なら、名簿から片っ端にシラミ潰しにガキどもを当たって『お前か』とゆすぶって行けばいい」
いやっ、あのっ! ソレ、確かに理にはかなってるけど!
「そんな無茶な事は出来ませんわ! だいたい、何か隠してる子が脅して口を割るとでも思いますの?」
「べつに子供が殺人犯と断定できたわけでない。その『解決した子』でもいい。実際子供にそんな犯罪が出来ると思うか」
思わないけど、でもそれだって断定できないし。むしろ、その子に『捜査対象にされている』事を悟らせては……、
「巴ちゃんが、危険なことになると思う」
双子が私の意見を代弁してくれた。
確かに、巴ちゃんの考えを『妄想』と一蹴した私の立場からはその言葉は口に出し辛かった。
「そうだな『敵』は、巴の家も、巴が今どこに通っているのかも承知してるか。判ってて泳がせている。巴はその『敵』に対して、ある種、精神的共犯。そうなると巴を縛り付けて尋問しようとも、そう簡単に売るわけもなしか。面倒だ」
敵って、あーた。
「そのガキが本当に人殺しかどうかは、本人をシメあげればわかる話だ。今確かなのは、本当かどうかは置いといて、巴にそういった『暗示』をかけた相手が確実にその『敵』という事だ」
……ああ、なるほど。知弥子らしい考えだ。
「とりあえず、外薗ソヨカさんって子を『敵』の候補リストに入れておいて良いかもしれないわね。闇雲に手当たり次第調べるより、対象を絞った方が良いと思うわ」
「先入観を持って対象を絞るのは、外れた時に面倒だ」
「でも、巴のあの動揺はただ事じゃなかったわ。少なからず何かある筈よ」
「動揺って何だ?」
知弥子のその一言で全員すこしズッコケた。いや、まあ……そうか。先日の事件の事、知弥子はまだ知らないんだったか。
面倒臭そうにちさとちゃんは、またこの前の絵画盗難事件の話をする。さすがに何度も同じ話をしたせいか、要点を絞って的確に、手短に伝えられるようにはなってきたけど、とにかくこの二人では話が噛みあわず無駄な脱線ばかりする。
「ふむ。なるほど」
へとへとになって話を終えたちさとちゃんの前で、知弥子は何かを考え込む。
「わかった。話が繋がった」
「えええっ!?」
私も、宝堂姉妹も、正直その事件の話は最初に聞いただけでは意味が飲み込めなかったのに?
「ちょっと考えを改める。まずいな。私も中坊側につくか。高確率でその巴の同級生は本当に人殺しに関わっている。これは確定だ」
「ちょ、ちょっと待ってって、どうして!?」
ムチャクチャなわりに現実主義者の知弥子がイキナリこうも考えを変えるのは、私には信じられなかった。
「ある一点で繋がる。依頼のシステムは不明だが、何らかの『仕返し』を代行する存在がある、と考えてみるといい。私らだって、趣味で、部活で、事件に首を突っ込んで色々やっている」
知弥子は部活カンケーなしじゃないの。
「何人か殺されている。確実に。それは『事実』で、中学生の妄想ではない」
いきなりそんな事をいわれて、全員が黙ってしまった。




