第二十四話『a girl smiles wryly』(後編・その1)
第二十四話
『a girl smiles wryly』
★前編のあらすじ★
瀬戸内を一望する光風明媚な地に建つお嬢様学校「聖ミシェール女学園」。
そこにある、女子中高生が「探偵」活動をするという奇妙な部活「探偵舎」の、事実上の幽霊部員、高等部ニ年・住田はるかは、中等部の下級生たちに、折り入っての相談を持ちかけられる。
彼女ら中等部員の中で信頼の厚い(らしい)、次期部長候補の一年生・巴が、その話を固辞し、探偵舎も退部するという。
いや、私そもそもそんな相談事を受けるような立場でもないんだけど……と居心地の悪いはるかは、よくよく考えたらその巴という子とまともに話をしたことすらなかった。(それ、相談にすらならないんじゃ……?)と思いつつも、何故そんな事になったのか、その切っ掛けとなったとある事件について、中等部部長のちさとから、はるか達は詳しい話を聞くものの……?
「知弥子さん、先ずは話を聞いてからの方がよろしいんじゃなくて? 聞きもしないうちから断定は……」
物怖じもせず小柄な中学生のちさとちゃんは声を張る。
「私(たち)も、伺いたいです。巴ちゃんと何があったんです?」
可愛らしい双子も声を揃える。巴ちゃんって子はこの子たちから信頼も厚く、好かれていた事がわかる。
私はきっと、いてもいなくてもいい人間なのだから、空気ほどに存在も感じられないだろう。そう思うと、その子が少し羨ましくも思えた。
「知弥子も一応、聞くだけ聞こうよ。その上で、協力するしないは知弥子次第だしさ。いい?」
そう知弥子に問いかける。正直、知弥子が何を考えているのかは、いまだにわからないけど。
「うむ」
返事は一言。
「はるかさんが居て助かりますわ」
ホッとした笑顔をちさとちゃんが私に向けた。
いや、私何もしてないけど。
「それでは、私の記憶力で覚えている限りの、巴との会話を復唱してみますわね……この前の帰りの事よ。私はあの子に聞いてみたの。殺人鬼の事件について」
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「私には、何も……できませんでした」
巴は、そう口にした。
「そうなの?」
「当たり前じゃないですか。小四の女の子に、何ができるっていうんです?」
「その、小学四年生の女の子が、あの事件を解決したって聞いたの」
「……誰からです?」
「教えない」
「……私じゃないです」
「そもそも、死体の発見現場の一つはあなたの母校よね? あなた以上に推理力を発揮できる子がいるとでもいうのかしら?」
「……います」
「え?」
「私以上の推理力の持ち主なら、ゴロゴロいます。あの頃の私より遥かに優れた、そして、あの事件を……そう、きっと、『解決』した子が」
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「……解決?」
ええっと、どういうコト?
あの事件、確かに決着はついたけど、解明はされていないわよね?
「解して決着をつける――そんな意味での『解決』なら、それは個人間のことだと私は思うの」
私の疑問を察してか、ちさとちゃんがサラっと付け加えた。個人との間の問題……ねぇ。依頼人と探偵、とか? そこは探偵ごっこに興味のない私にはあまり理解できない点。スルーしておくしかないのかな。
少なくとも、ちさとちゃんと双子ちゃんはそこには疑問を挟まないで納得しているみたい。
双子が手を挙げる。
「広域犯罪の真相追求というより、身近な周辺における謎の解明……って事ですよね? そうすると、巴さんの小学時代の級友に、あの殺人鬼の事件を解決した子がいた、って話……なんでしょうか?」
いやいやいや。幾ら何でもそれは。
小学生でしょ? ないって!
「さあ、実際の所はどうだかはわからないわ。続けるわよ」
その、ちさとちゃんに『教えた』人物は、おそらく香織だろうと思うけど……。
双子ちゃんたちも知弥子も、そこに何も口を挟まないところを見ると、彼女たちの中では暗黙の了解になってそうだけど。
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巴は、震えた声で話を続ける。
「私にとってあの三年前の事件は、場所が『近い』ってだけで、まったく絵空事のような話でした。少なくとも、あれは『私の事件』じゃないから」
「じゃあ『あなたの事件』って何?」
「あの三年前の事件で、私の知らない所で、多くの出来事があったんです。大勢死んだり、悲しんだり、絶望したり……その、一つの結果が……新たな事件を生んだんです。その、二年後……かな」
「去年? ああ、殺人鬼の『模倣犯』が出たわね。すぐ自殺しちゃったけど。何のためにそんな模倣をしたのかは今でも謎だけど……」
「崇拝者はいますよ。あの殺人鬼はある意味『ヒーロー』でしたから」
「最悪な話よね」
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そこであの『模倣犯』の話に繋がるわけだ……。
「ここからが巴の話の本題よ」
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「あれは、前哨戦のようなものでした。殺人鬼は……ある意味、蘇ったんです」
「なにそれ。ジェイソンか何か? オカルト話? 馬鹿々々しいわね」
「……私は、それを『止められなかった』。私は、逃げてしまった。私……小六の二学期から、不登校児だったんです」
「えっ? あなたが? うそ?」
「ホントです。……学校には行けなかった。怖くて。ずっと、家で……」
「よくそれで、ここに入学できたわねえ……」
「成績だけは無駄に良かったから。……あんな事件の起きた学校だから、PTSDで通院してる子も大勢います。長期の欠席は病気扱いだったんでしょう」
「あなただって、同じく心の病には違いないじゃない。それで『止められなかった』って、あなたに止める事ができた話なの?」
「できたかもしれません」
「本当に?」
「だからこそです。私は……何人もが『殺される』かも知れないのを、わかっていながら、逃げてしまったんです。……だから、私に探偵の資格なんて、ない」
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「資格なんて関係ないだろう」
そう知弥子がつぶやいた。
「ええ、私もそう思いますわ」
めずらしく知弥子に同意するように、ちさとちゃんもうなずく。
「べつに資格試験のいる免許制でもない。探偵なんて看板さえ出しゃ誰でもできる」
「って、いえ、そんな意味で今わたしは知弥子さんに賛同したんじゃありませんわ!」
いや、ここで漫才やってどうするのあなたたち。




