第二十四話『a girl smiles wryly』(前編・その4)
ここまで『謎』のない相手だと、世間もそうそう興味が維持されないようで、あとは学者の人たちが現代の病理だ心の闇だ何だとツマンナイ話の引き合いに出す程度で、ワイドショーもすぐに違う事件や芸能人の話題に切り替えたっけか。
「で、その事件が何なの?」
「コピーキャット・ラピスね。私(たち)も憶えてるわ。動かぬ証拠を自分から残して死んだから、その自殺すら疑いようもない状況だったって聞いてます」
ん、ラピス……?
「巴の話では……う~」
ちさとちゃんは、何かをいいあぐねているように口を歪めて困った顔をした。
こうみえて、この子はけっこう義理堅い所があるから、きっと『ナイショにしてね』とかいわれた話なら、簡単に口には出来ないのだろう。
「……その事件、私たちで調べるしかないのよ。裏に必ず何かがある筈なの」
「いや、だって今いった通りあの事件、疑う余地だってないんじゃない?」
「……余地があろうが無かろうが、とにかく模倣犯事件の再調査、ついでにその三年前の殺人鬼の事件をしないとダメですの! この二つの事件は別個に独立した事件ではないハズですもの、必ず何か他に『繋がり』がありますわ! そして、その為には、香織お姉様の重い口も開かせないとダメなのよ」
「……香織は、あの事件の事は何もいわないよ。私にだって――」
話せば、はるかさんにも迷惑がかかるから──だって。
迷惑なんてとんでもない、友達じゃないの? ──そう私がいっても、はにかむような顔で香織は黙ったままだった。
佐和子さんの事は、私も覚えてる。
美人で、皮肉屋で、香織を猫っ可愛いがりしていた。佐和子さんは私にも優しく接してくれてはいたけど、やっぱり見るからに美少女の香織とウドの大木のような私とじゃ、均等に平等には接してくれていなかったとは思う。
香織が佐和子さんの自殺の真相を追ってて、何故殺人鬼の事件を追うようになったのかは、私にも話してくれなかった。
『意味わかんないよ。どうして……どうして香織は、そんな……』
『……はるかさんなら、わかってるわよね。あの人が自殺をするような人かどうか』
――そりゃあ……孤独が好きで、皮肉屋で、間違ってもイジメを苦にとか、クラスでハブられてとか、そんな事で死ぬようなタイプじゃないって、私だって思う。
でも、人間はいつ、どんな機会でどうなるかはわからない。佐和子さんにだって、私たちの知らないような面もあったのかも知れない。
人が死に至る「理由」なんて、知るだけ虚しいし、そんなのわかったからって、何の意味もないじゃない……? それに、もし『自殺をするような人じゃない』って言葉が、文字通りの意味なら――。
殺された、って話じゃない。
『迷惑ってだけじゃないわ、命まで狙われるかも知れないのよ?』
そんな事をいわれたんじゃ、私だって、もうそれ以上追及も出来なかった。
そんな危険な事に中学生の女の子が首を突っ込むなんて、それはそれでおかしな話だし、あり得るワケがないじゃないの。
……何かの秘密を知って、口封じでもされたってこと? 中一の女の子が? バカバカしい……そんなの、それこそ妄想だよ……。
「知弥子さんならどうかしら?」
いきなり飛び道具な名前をちさとちゃんが口にした。
――え?
いや、あの。そもそもちさとちゃん、知弥子が苦手だったんじゃ?
「……どうだろう? 知弥子は高等部に入る前は、確か全国を点々と渡り歩いてたって聞くから、殺人鬼の事なんてニュースでしか知らないよ?」
「いいえ、そうじゃなくって。香織お姉様の口を割らせる役目よ」
「え、何? 知弥子に、香織から殺人鬼の話を聞きだせって?」
ちょ、ちょっと待ってってば!
てゆーかナニソレすごい回りくどい!
「そして、この部で知弥子さんと対等に話ができるのは、香織お姉様の他にははるかさんだけですの」
「いや、待ってって、ナニソレ。私だって知弥子とまともに話できてないって!」
「まともじゃない方ですもの、当然でしょう?」
乱暴者でぶっきらぼうで、とにかくミシェール最大の問題児、知弥子には、何故か私は気に入られているのか、他のクラスメイトや先生たちとは全く違う口のきき方をして来るのも、確かかも知れない。
っていうか、私をここに呼び止めていたのってそれが目的かぁっ!
「はるかさんはこの部の大黒柱じゃないですか。いわば部の良心。私たち皆、はるかさんを頼りにしていますわ」
いや、あのっ!?
ガチャリ、と突如。
ノックもなく扉が開いた。
「巴がやめるというのは本当か」
噂をすれば影。抑揚のない声で知弥子がぬっと現れた。
「あら、知弥子先輩。お久しぶりです。実は今もその件で……」
そう話しかけたちさとちゃんを完全に無視したまま、知弥子は私に近寄る。
「部室に柱が増えてると思ったら、なんでお前がここにいる」
柱て。
「いや、私もここの部員じゃないの。っていうか、知弥子が私も入部させたんでしょう!? 」
「何故」
「こっちが聞きたいわよ! 入部届けの書き方わからないから見本書いてくれっていって、そのまま私の分まで提出したのは知弥子でしょ!? 」
「はるかさん、そ、そんな理由で入部しちゃったんですか……?」
双子が同じ顔で口を開いて呆然としていた。むちゃむちゃ恥ずかしい。
「とにかく巴がいなくなるのは、困る。何故なのかを聞かせろ」
「私が知るわけないじゃない、私は巴ちゃんと、口をきいたコトもないんだから!」
「コホン。知弥子先輩。私を無視しないで欲しいですわね」
ちさとちゃんが立ち上がる。小柄で年下ながら、この知弥子と真正面からやり合おうという根性は凄い。
「私だって、巴に探偵舎を去られては困るの。ここはお互い協力しないといけないわ」
「何を」
そう、何を。
「……一字一句あまさず、先日、巴と何を話したのかを、皆さんの前でいうわ。私たちは巴の抱えている『事件』を、先ずは解決しなくちゃダメだと思うの。知弥子さんも、もちろん力を貸して下さるわよね?」
「断る」
あらららら。
先制パンチのような知弥子の一言で、いきなり全員腰が砕けそうになった。
「そんなのはあいつがあいつの中で解決しなくちゃいけない話で、お前たち凡夫が何か考えた所で足を引っ張るだけでうなづき役にすらならない」
そ、そりゃそうかも知れないけど……凡夫って。
にらみ合う知弥子とちさとちゃんの前で、ただ私は立ち往生しているだけだった。
……どうなっちゃうのよ、これ。
(後編につづく)




