第二十三話『a girl smiles vacantly』(後編・その5)
「どこの誰かは知らないけど、あの『怪盗ルビー』ちゃんはこの名探偵のわたくしに挑戦状を叩きつけて来たって事なのよ!」
「はぁ?」
「だってこれは……『私に、または私のお父様に疑いが向けられる』ように仕向けられてるって話でしょう?」
それもそうか。
「……巴さん、アナタ途中からやけに推理に消極的だったのも、それのせい?」
「……ええ、いえ、あのその」
「で、ちさとは犯人じゃないのね?」
「あたりまえじゃない! ……ああ、そうか。さっきの外薗さんとあなたの件にしてもだけど、それを証明できるのは『私だけ』よね。これは、何としても推理して無実を晴らさないと……!」
「いえ、晴らす必要も意味も無いんじゃないかな、と」
「あらっ?」
きっぱり私はそういい切った。
「ようは、これは本来、他のお客さんから部長が疑われるような想定では無いって点です。つまり、推理の道程で部長があやしくなる組立てですから」
「……え?」
ようは、騒ぎ立てさえしなければ誰かから疑われる要素など、一切ないのだから。……まあ部長にはそこは無理だろうけど。
「だから、今おっしゃったバカげた……じゃないや、ええっと、その。挑戦状っていうのもあながち外れてないかも」
むむぅっ、とちさとさんは複雑な顔をする。
「でもぉ、怪盗ルビーは堪忍して欲しいなァ~。なんかすっごくダっサぁ~イ」
少し間延びしたような、瑠美さんの声が聞こえてきた。
「……どこ!? どこにいるの!?」
「あー、ここ、ここ。あのねぇ、あなたがね、あんな派手な立ち回りをするから予定、狂っちゃったじゃないのぅ。えっとね、ちょっとだけ聞かせてくれる?」
声は天井から聞こえた。
そうか、大人の男性じゃ無理でも、華奢な少女の彼女なら、廊下の防音素材と天井のコンクリの間にだって通り抜けられる。『天井の経路探し』はこれか。
……っていうか、そんな無茶な逃走経路を確保できるのって、それ、本当に怪盗じゃないの!?
「聞かせて、って何よ。聞きたいのはこっちの方よ!」
「あなたって、『正義』?」
「当然よ」
胸を張って部長だけが答えた。
「なら、ここから先はあなたに任せるわ。あたしには荷が重いもの。今の心境じゃぁね……はぁ……汚れちまった悲しみは……倦怠のうちに死を夢む……」
「いやもう中也はいいから!」
ヘンな人だ。声の調子にも、まったく悪びれたような感じが無い。
「九条さんってお爺ちゃんは悪くないけどね、うん。あの人に判らせるのが一番手っ取り早いかなって。九条さんは融資を出し渋ったのよ。会場にいる馬渕さんって人にね。馬渕さん、あたしの赤い髪をみてずっとドキドキしてたわね」
そんなの、気付きようもない。だいたい、急にそんな話を出されても、それとこれがどう……?
「融資って……一体、何の話?」
「うん、金額にして三億」
む……?
「馬渕さん、チンピラと結託して架空の負債を作ってたから、まあ詐欺なんだけどね、その三億を九条さんが出し渋ってたせいで延び延びになって、で、新たに引っ張る詐話の裏を、小耳に挟んじゃった子がいたの」
「だから、何の話? 意味が飲めないわ!」
「その子、殺されたのね。援交やってるような赤い髪の子だったけど」
「……え?」
私たちも言葉を失った。
「だから、馬渕さんは社会的に抹殺されないといけないのね。私はそのための仕込みっていうか、まあお膳立てをしに来たの」
「ちょ……馬渕さんが殺したって証拠でもあるの!?」
「それを探るための『仕切り』なの、今回は。目的じゃなくて手段。だから、そんなの探偵にわかるわけないじゃん。アンフェアだよねぇコレ。発案はあたしじゃないけど」
ちょ、ちょっと話についていけない……。
確かに、幾ら何でもそんなの推理でわかる話じゃないし。
「その子を殺したチンピラは今頃たぶん死んでると思う。馬渕さんのアドレスを持ってね。ここで起きた盗難事件で警察が踏み込めば、イヤが応でも捜査線上で繋がるはずだけど……あと一歩、あと一手かなぁ」
「……あなたは……何なの? 一体何者なの!?」
「ナニっていわれても……まー、中二の女の子。ごくふつーの」
ふつーじゃないし!
「あー、あと、そう……アレかなぁ、うん」
「アレって、何よ!?」
「正義」
あっさりと彼女は、抑揚の無い声でそういい切った。
「だからね、泥棒なんて思われては心外だなァ。盗んでないわよぅ。じゃあ……あたしは帰るね。あなたたちならきっと、特にそこのちっちゃい子なら、うまくやってくれる筈だから。あたしからのヒントはこれだけ。この事件の裏にある真実、隠された闇の数々を、うまいこと暴いてちょうだいね、探偵さんたち」
「あのっ……ゴッホ……もしかして……『消しちゃった』んでしょうか?」
部長と花子さんは目を丸くする。
「消した、って……?」
瑠美さんは一瞬沈黙して、そしてまた面倒臭そうな口調で口を開く。
「……そこは、答える理由があたしには無いけど、まあ……うん。あなたにはご褒美で教えてあげるね」
……会場から消えた人がいるなら絵だって持ち出されていてもおかしくはない。普通は。だけど――。
そう、実行犯はどうにかしてまだ会場に隠れているはずだけど、こうして瑠美さんが消えればそこは有耶無耶にできる話。でも……。
「うん、たぶん。煮えた油壺にね、キャンパスから剥がして。二〇〇度だから発火こそしなくてもじゅーぶん黒コゲになる温度。板材も炭火ン中にさ。だって運び出せないじゃない。解体なら数秒で出来るわ」
「なっ! ちょっ……ちょっとおッ! ゴッホよ!? ゴッホ!」
「あたしにとっては、頭のおかしい自殺したナルシストのくだらない絵描きだわ。じゃあね、探偵さん」
呆然と立ったままの私たちの真上から、彼女の気配が消えた。
狐につままれたような出来事だったけど……どうやら、私たちはいつまでもここでこうして、ボーっとしてはいられないみたい……。
To Be Continued




