第二十三話『a girl smiles vacantly』(後編・その3)
女子トイレや各廊下の寸止まりをざっと回り、入り口近くまで来て、案内カウンターに部長は詰め寄る。
「ええっと失礼。こちらで瑠美さんを見掛けませんでしたか?」
「はい?」
不思議そうな顔で、受付のお姉さんが首をかしげた。
「あら、下の名前だけじゃわかりませんわよね、……何でしたっけ? 印象的な真っ赤なウィッグとドレスの……ああ、そもそも瑠美さんと私たちで、全部で四名だけですわよね? 同世代の子って」
「ああ! 外薗様のお嬢様ですね? ええっと……」
受付のお姉さんがそういって、招待客リストを広げる。
……外薗?
珍しい名字だけど、いないわけじゃない名だから、その名前で私は一人の同級生の顔を思い出していた。
「ソレ、名字違うんじゃない?」
花子さんがささやく。
「ええ、外薗ソヨカさんですね」
広げた名簿と、盆から取り出した招待状を見比べながらお姉さんはそう答えた。
「外薗……ソヨカ? さっきの子とゼンゼン違う名前じゃないの!?」
「えっ」
私は──瞬時に血の気が引いた。
何故?
何故、……ここで『ソヨカさんの名前』が!?
「……巴ちゃん、どうしたの?」
心配そうに花子さんが覗き込む。自分でもわかる。きっと相当、私は蒼い顔になっているのだろう。
「そ、ソヨカって……あのっ……そ、それ……」
「ああ、外薗総合病院の院長さんの、娘さんか何かかしらね。パパが以前話してたんだけど、まだ四十前で院長就任で、ちょっと話題になった方がいらしたの。あれ? 独身って聞いてたけどなぁ」
「さっきの子がソヨカって人なら、どうして私たちに偽名なんかを名乗ったのかしらね」
名簿と招待状だけを眺めている部長たちは、まだ私の変化には気付いてないみたいだ。
「ち、ちがいます……そのっ……瑠美さんは……あの人はソヨカさんじゃありません」
「何故そんな事がわかるの? って、巴さんさっきからどうしたの? 顔色悪いわよ?」
「……外薗さんは……外薗ソヨカさんは……私の……小学校の同級生です……ああ、そうか。あの子の家は大きな病院だし、代々結構な資産家だったって……招かれてて不思議じゃない、か……」
声が震えていた。
ダメだ、私は……。
「同級生の名前があったくらいで、どうしてそこまで動揺してるのかしら?」
まずい。こういった事には部長は徹底的にカンが働くんだ。
「……ソヨカさんは、私の、トモダ……いや、ええっと、どうなんだろう。ソヨカさんは、私にはよく話をしてくれたし、優しいし、でも……私は彼女には、憧れはしたけど、距離を縮める事が出来なくて……」
「だから、それが何? 仲が悪いとか、イジメられたとか、そーゆー間柄では無いんでしょう?」
「逆です、彼女は、正義感が強くて明るくて気さくで……背が高くって、運動神経もバツグンで、クラシックバレエでもコンクール入賞するぐらいの人で、美人で……」
「なにその完璧超人」
「あ、でも成績だけは学年ビリでした」
「色々とわかりやすい子ねえ!」
「だから、さっきの瑠美さんがソヨカさんなわけはないんですよ。……なんで、ソヨカさんに来た招待状を持って、なりすましてここに来たのか……そこが、わからないんです」
「なりすますっていうか、会場に入った時に提示しただけよね。この書状を持ってる時点で受付が本人確認をいちいちやるわけ無いんだし。会場に入ってからは、自分から『ソヨカです』って名乗ってもいないわね」
「むしろ瑠美って名乗ってましたし……よく、わかりません」
「ちゃかり他人の招待状で入ってるくせに、ウソはつきたくない、って子なのかな? 虚言癖のある子と思ったんだけどなァ……。たぶん受付にしても無言でその招待状を差し出しただけでしょうね」
受付のお姉さんがすまなそうにうなづく。
「あ、でもさあ。子供だけが招待されるわけないわよね? その、外薗院長さんって人も招かれてるんでしょう? 父親かな?」
私は子供だけで招かれてますけど……まあ先輩もいますし。
「……ソヨカさんの父親は、彼女がまだ赤ちゃんの頃に死んだって聞いてます。……叔父さんでしょうね」
「じゃあ、その人に聞けば、娘さん……じゃないや、姪御さんがここに来ているかどうかわかるんじゃないの?」
「だから、瑠美さんはソヨカさんじゃありませんし」
「それを証明できるのは、今、ここにはあなた『だけ』なの。だから外薗さんの証言は必要なの。わかるわよね?」
それは確かにそうだ。一応、外薗さんには話を伺わないといけない。
「それと、一つ考えられる事があります」
「何?」
「彼女のあの『変装』ですよ、あんな目立つ髪に目立つ服装……印象づかないわけがありません。パーティー会場の誰に聞いても、『あー、いたいた』って一発でわかるじゃないですか」
現に、先程の受付のお姉さんの反応がそれだ。
「そりゃ、そうだけど……でもね、子供だって、私たちたったの四人しかいないのよ? どうやったって目立つわ。例えばあなただって『男の子のような服装髪型の、可愛いちっちゃな女の子を見ませんでしたか?』っていったら、会場の全員が全員、あなたを認識してるわ」
「ぅっ……」
「同様にね、『金髪碧眼の子を見ませんでしたか?』でも『黒いドレスの絶世の美少女を見ませんでしたか?』でも同じ。わざわざ印象づける為に変装する意味が無いじゃない」
まあ、それはそうなんだけど。でも、だからこそ。
「だから、誰かに跡を追われそうな可能性のある場合は、特徴を作ってそれを破棄する。変装とは、そういった物です。特徴を『隠蔽』するより『装う』に意義があって……」
「なんでそこで英語とフランス語の使い分けになるのよ。いやニュアンスはわかるけどさ! ……そっか、あのウィッグとカラコンを取って普通の服に着替えたら、たぶんあの子を街中で見つけても絶対わかんないかー」
うんうん、と花子さんは、私の意を汲んでくれたみたい。
「確かにあんな派手なウィッグで、あの子ったらノーメイクだったものね。あの小ぢんまりした顔立ちなら化粧のノリもきっと良いわ、別人になれる」
「ベリーショートの黒髪とか、シャギーの入った茶髪とか、まあ何でもいいけどそんなのでギャルっぽい服でメイク入ったら、よっぽど間近に顔を近づけて面談しないと、会話を交わした私たちでも再びあの子を確認はできないか。う~ん……」
「そこから確定出来るのは、これは『計画的犯行』って話で間違いないとして。警備員さんのブッキングにしても。あと、おそらくは絵画の奪取トリックのための『仕込み』も……ですけど」
「組織的な窃盗団の一員って事? あの子ってずいぶん悠長だったけど……」
「だから、かく乱でしょうね。その点でも気楽だったのかな? 自分の存在を印象づけておけばいいって感じで、ほかの目的が感じられない。あそこまで奇抜な服装髪型で、あんなヘンな話ばかりを私たちにしてたのも……たぶん……」
そういえば最初、瑠美さんは会場をふらふらふらふら、大人たちに近づいては何か一言二言つげながら、所在なさそうにウロついてたっけ。
「ナメられたものね。でも、『さあ、私が犯人でござい』って振舞って印象づけて、変装までして逃亡って……どうしても納得できないわ」
「……ええ」
「それに中二の女の子が、美術品泥棒? ありえる? 信じられる?」
「おかしいですよね。だいたい、美術品としての価値はわかりませんけど、あんなものを売りさばくルートだって……」
「まして、中二の女の子じゃなぁ。背後に何かのコネクションがあるとか……は、話が大袈裟だなぁ」
「……ルビーとかゴールドとか、おかしな『コードネーム』を口にしてたわよね」
「ああ、アレって……」
部長たちにも聞こえていたのか。




