第二十三話『a girl smiles vacantly』(後編・その2)
「……巴さん、初手から絵画の監視をしていた警備員を疑ってたわね?」
部長が、そう私に耳打ちする。
「彫刻や立体物なら三人もわかるんですが、絵画は平面だから両脇で二人か、そうでなければ展示箇所の四隅かな、って。それだと奇数人数はどういう事だろう、何か考えがあっての配置なのかな? と……。でも、そういう話でもなさそうでしたし。状況からいっても、警備員に摩り替わっていた『誰か』が犯人の可能性が高いですし。ただ、その場合さすがに身元のわからない警備員なんて雇うはずもないでしょうから、そこがどうなってるのかなって……」
なるほど。一社なら顔で面通しも出来るけど、そうなると……誰かが摩り替わってたとしてもわからなかっただろう。
さすがにこうなると、窃盗犯は事前にかなりの「仕込み」をしていたのも間違いない。そう考えると、逃走経路も綿密に準備していたのだろう。ざっと目で見てわかるような物ではないかもしれない。
「さすが巴さんだ。噂には聞いていたが、この一瞬でそこまでわかるとは」
「いえ、今の程度の話なら、常識だと思います」
さすが、っていわれても。それは過大評価でしょう……。ここまでなら、「考えるまでもない」事だと思う。
「とりあえず今わかってるのは、警備員が一人見あたらなくなってるって事だけだな」
「ええっと、相互確認が取れない状態なのは、警備員さんだけでしょうか?」
「え? あ、あぁ……。コックはそもそも特殊なメニューだから、何ヶ所かのレストランから集めてて、先週から何度かミーティングを行って、お互いに顔に馴染みもあり、欠員は出ていないそうだが……」
そう言いながら、まだ動揺を隠せない部長のお父さんを落ち着かせるように、花子さんのお父さんも言葉をつなげる。
「なるほど。ホール従業員の方も、ひとまず全員、素性も知れているそうです。給仕にも欠員は居ないのは先ほど確認しました」
つまり、現時点では警備員一名だけ完全に消えている、って話か……。
「うーん……まだ確信は無いですが、人が一人消えられる経路があるなら、絵を運び出すのもできる筈ですよね?」
もっとも、小脇に抱えるほどの手荷物を持って逃げたのではどうしても目立つから、その可能性は薄いかも知れないけど。何にせよ、運び出されてしまったなら、もはや私たちに何もできる事はないと思う。
「それと、お父様。おトイレの方は既に監視を付けているのね?」
「ん。あ、ああ……」
さすがの部長のお父さんも、この状況にはうろたえていた。赫田さんっていうと、結構有名な不動産グループの社長だって聞いてるけど。
「おトイレって……警備員の服を着てる犯人が、トイレの窓から逃げたりはちょっと悪目立ちするんじゃないかなァ?」
「この場合は着替えに使うとかじゃないですかね? といっても、着替えた所で今の状況だと、それで会場から出られるわけでないなら、やっぱりどこからら脱出かなあ……?」
「そっちじゃないわよ。『あの娘』は?」
あっ?
会場のどこにも、あの派手な赤毛は見当たらない。
そういえば瑠美さん、お花を摘みに中座したままなのか。
「出入りした人は? 途中で帰った人がいるなら確認できますわよね?」
「確か、いない筈だけど……」
「わかりました。お父様、それとおじさま、会場に盗まれた絵画が隠せそうな場所を探しておいて下さる? 花子、巴さん、来て!」
スカートの端をつまみ、パタパタと部長は駆け出す。
ギャラリー一同、私たちに注目している。なんだかすごく恥ずかしい。
「イの一番に瑠美ちゃん探そうっていう魂胆が私にはよくわかんないなぁ」
「現場状況は後で見れば良いとして、こっちは『今すぐ』探さないと確実に『逃げる』のよ!」
「ええっと、部長。瑠美さんが絵画泥棒に関わっているかどうかは、現時点ではまだ何とも……」
「このタイミングであの子だけ消えているって状況は、まず怪しまなきゃウソでしょ!」
「あー、ちさとったら、よっぽどあのコの事、気にくわないんだー」
「花子は黙ってて!」
いやまぁ、私も花子さんに同意しますけど……。
「ああ、アレだわ。豪華客船で『殺人事件』が発生して、それを観客が探偵となって解決するツアーっていうのがあるっていう……リアルタイムで船内のそこかしこで『お芝居』が始まるの。そう、前にちさとが話してたヤツ。何だか、アレ思い出した」
花子さんが不意にそんな事をいう。
「ミステリークルーズね。……確かに、潜在的にそういった『ミステリー』は誰だって好むものよ。会場の皆さんだって、今はきっとこの事件を『楽しんで』くれている筈。だから私たちも失敗は許されないの。わかる?」
「……わかりますけど、私は消失トリック以上に、現時点でどこに隠されているかが気になるんですが」
運び出せないのなら、まだ会場にあるはず……なんだけど。う~ん。
「そんなコトより、今はあの娘よ。だいたい、あそこまで見るからに怪しくて、よく考えたら私たち誰一人として彼女の素性を知らないのよ?」
それはまぁ……でもなぁ。
「そこは、どうなんでしょうか。警備員になりすましていた実行犯がいたとして、じゃあ瑠美さんは共犯……だと仮に仮定しても、現段階では何ら関われていないと思うんですけど」
盗んだ絵を持ち出す役目が彼女だったとしても、だったらあんなぴっちりしたドレスに手ぶらで、どうやって運ぶというのだろう。
幾ら何でも、小脇に抱えるとか手提げ袋に入れていてはすぐにわかる事だし、一発で受け付けに呼び止められるだろう。
「それに、彼女が実行犯じゃないのは確定だとして、だったら他にも共犯がいないとも限りませんし。彼女以外の誰かが既に運び出してる可能性だってあるかも」
共犯の想定を増やせばそれこそ、雲を掴むような話になるけど。
「でも会場から忽然と消えているのは、彼女と、犯人と思わしき警備員と、このたった二人だけなのよ? なら、運び出しているなら当人を御用にすれば良いし、まだ会場から持ち出されていないのなら、探すのは後でもできるわ」
「なるほど。つまり、どう盗み出されたかは後回し、怪しい人物を逃さない事を先決としたい、って判断ですね」
実行犯だってさすがにまだ逃げ切れてはいないだろうし、それは理に適っている。
「そして、あの娘が『居ない』って事実はどう考えても看過はできないし、消えたもう一人がどうやって消えたかにしても、まだ逃げていないのならどこかに隠れている可能性の方が高いの」
「てコトは、推理っていうより『隠れんぼ』になんない?」
「黙らっしゃい」
う~ん。
でも、単独犯ならまだしも「消えた人数が二人」の時点で、どちらかを御用にしても「解決の目処が立たない」のも事実。一手打つだけで、選択の幅が無限に広がってしまうというのも困ったものだ。
……そして。どうも、私にはさっきから、イヤな予感がしてならない。
計画的に入念に、大掛かりな仕掛けを行える窃盗犯がもしいたとするなら、ぶっちゃけ探偵の出番なんてない。
こっそり隠しトンネルでも会場に作ってそこから逃げ出すなんてルパンみたいな事をされたら、銭形のとっつぁんのように地団駄を踏んで悔しがるしかできないのだし。
そこまで大掛かりじゃないなら……もっと簡単で、少人数が仕掛けたとするなら、逃げるのも持ち出すのもちょっと難しいけど、別の一点なら……わりと簡単にできるんじゃないかな、なんて考えてもみる。
いやいやいや、まさかね……。




