第二十三話『a girl smiles vacantly』(前編・その5)
……今、私が思いついた話は「かなり不謹慎」で、普通なら口憚るようなものだけど――。
これが虚言の「創作話」なら、まあ口にしちゃっても良いだろう。
「失礼上等。何でもいっちゃってみて」
「……母親を殺害したのが、その彼氏って可能性は無いんでしょうか」
「あら?」
三人の視線が一斉に私にそそぐ。
「だって、瑠美さんが来た時にはもう、そのお母さんって死んでいたんですよね?」
「じゃあ、強盗って……えっ、ホントに共犯者だとでもいうの?」
「共犯……は、考え難いです。さっきも部長がいってましたけど、赤の他人の大人が普通に子供とは接点、無いです。まして男の子だと」
実際の現場の間取りとか、トイレの位置、声や物音が聞こえる状態だったのか、夕刻で明かりが見えたという事はトイレの窓は表から見える位置にあったのか、それで電気を点けていたのか消していたのか、反撃のためのもう一本の包丁はすぐ取り出せる位置にあったのか、等々。
まともに「推理」をするには必要要素や条件をもっと詰めなければ何ともいえないけど、ただ一点、「考え方」の提示なら、別の可能性の示唆なら、ピンポイントでできなくもない。
「じゃあ、その殺害犯……って思われてた人って、本来無関係な第三者ってコト?」
「もしかすると、発見者かも知れません。倒れていたお母さんを見つけて、慌てて刺さっていた包丁を引き抜いた。そこを瑠美さんが発見し、悲鳴をあげた。これはチャンスだ、と物陰に隠れていた彼が思ったとするなら。未成年で、過剰防衛って事にしてしまえば、『母親の仇討ち』に見せかけてその『発見者』を犯人に仕立て上げ、口封じをすれば良い。だから殺しにかかった。問題は、母親を殺した兇器をその発見者が手に持ってたコトでしょうか」
「え、ええっと……」
瑠美さんは、動揺で目が泳いでいるのがわかる。
「過剰防衛はまさにその発見者の人だった。彼は犯人の少年を殺害してしまった。しかし、今となってはどちらも死人。本当の事は、もう、わかりません。……ええと、一応、私が今いったのは『可能性』です。それが事実かどうかは……」
「ああ、そうか……うん、納得」
……納得しちゃいましたか。
「そっちの方が『母親が殺されてる間は彼が隠れていた』なんて話より自然かな。あたしの証言のせいで、あの事件は強盗の仕業ってなっちゃったけど、ってなると……」
瑠美さんは、少し困ったような顔をする。
まあ、それはそうだろう。親しかった、亡くなったお兄ちゃんが殺人犯でした、なんて話を作っては、さすがにちょっと悪辣というか。少し反省する。
「彼が母親を殺したのも、その発見者のインチキ消火器売りを殺したのも、ついでにそいつに反撃で殺されたのも……全部、理由は、動機は、あたしのせいなのね」
「えっ? いや、あの……。私はその、お兄ちゃんさんが死んだのは『あなたのせいじゃない』っていう、可能性の提示のつもりで……」
「いや、これ何をどー考えてもあたしのせいじゃない」
「何をどー考えてもあなたのせいよね。ええ。巴さん……あなたって賢いくせに、妙な所でなんでこう常識ないのかなぁ」
はぁっとちさとさんは溜息を吐く。
えっ……? いや、あのっ……!?
「ま、あなたがホラ吹きじゃないのならの話、だけど」
「ううん、本当の話だもの。ああ、やっぱり、あたしは死ぬより他に方法は無いのかも。自殺しなけあいけません……」
「中也なんてナルシストのくだらない詩に興味は無いわ。不思議ちゃんだか中二病だかをこじらせて、『他人とは違う特別な自分』に酔いしれる余裕だってあるのなら、命ある限り懸命に生きなさい。過去を振り返っても何にもならないってあなた自身がいったでしょう?」
「ものには限度があるわよぅ。ああ……そうかぁ。すごく納得……ゴメン、ちょっと中座させて貰うわ」
「死ににでも行くつもりかしら? パーティーのお客様に迷惑だから、できればここではしないでね」
あっ、あの部長っ!
自傷癖があってメンヘラの気がある人に向かって、ソレ洒落になってないですし!
「うん、それもいいかもね。死ぬに相応しいロケーションを考えなくっちゃ……でもまあ、それはここでもないし、今でもないわ。でももう、あたしはここには居られない……なにのぞむなくねがうなく……あのね、ちさとさん。なんであたしの歳がわかったの?」
「え?」
「私、中二」
ヨロヨロとした足取りで、トイレのある方へ瑠美さんは歩んで行く。
「……いっこ下だったの、あの子」
「いっこ上でしたか。もうちょっと上と思ってた」
面倒そうに瑠美さんは胸元から小さなスマホを取り出して、何かを話していた。
「ああ……ルビーよ。ゴールドは? うん、私もう帰る。それよりさラピス、死ぬのに良い方法、何か知らない? いや、アナタじゃないわよぅ。アナタに殺されるぐらいならまだその辺から飛び降りたほうが億倍マシ、じゃね。また後で連絡する……」
ちょっと会話内容が聞こえてしまったけど……ルビー?
死ぬとか殺されるとか、相変わらず不穏当な話をしていたのもちょっと気になった。
……えーと。何かそーゆー「なんちゃら病」仲間でもいるの?
(アレはアレで言葉の意味や定義が一人歩きしちゃって、「邪気眼」とか別の概念まで混じっちゃって、提案者の伊集院さんも色々可哀相というか何というか……)
ワーっと歓声と共に、シェフが何かを作っている。一瞬の火柱、そして油のパチパチ弾ける音が聞こえた。
「気にする事はないわよ。どうせ自傷癖のある子だし、それで死んだとしても巴さんのせいじゃないわ」
「わわわ、いや、あのっ部長っ! 自殺を食い止める方法を先ず考えましょうよ!」
突如、会場の一角から叫び声が聞こえた。
「……ない! さっきまでここにあった、ゴッホの油彩が……!?」
えっ?
「みなさん、お静かにして下さい!」
ザワザワと会場が騒がしくなった。
「どういう事よ、これ!? 何? ゴッホが何?」
「どういうコトって私に聞かれてもわかんない。ね、ね、巴ちゃんはどう思う?」
「どうって私に聞かれましてもですね、えと」
……っていうか、え。もしかして、絵画泥棒?
これだけ人がいて、衆人環視の中で、飾っていた絵が消えるって?
「弱ったな。盗難だァ? こんな事で警察沙汰にもしたくないし、何より招待客の中に犯人がいるってなると……面倒な話だなこりゃ」
「あら、パパ。一体これって……?」
気がつくと、花子さんのお父さんが背後に立っていた。
「今、全ての通用門も閉鎖してガードマンを立たせてる。これから人員のチェックをそれとなく行って、会場の中を調べる。もしかすると、ちさとちゃんや巴さんの力を借りる事になるかも……」
えっ!?
「私なら大丈夫よ、おじさま。大船に乗ったつもりでいらして!」
いや、あのっ!?
……何!?
花子さん『べつにパパにはヘンな事吹き込んでるワケじゃないから、安心してね』っておっしゃってましたけども、あーのーっ!
何かコレ、確実に吹き込んでるじゃないの! ちょっとォっ!?
こ、このシュチエーションって……。
もしかして、『パーティー会場から美術品盗難』……!?
うそぅ!?
(後編につづく)
とまあ、ちょうど一年ぶりくらいの更新はこれにておしまい。
明日はコミケでおやすみです。
私のスペース、何も新作とか一切ありませんので来るだけ無駄ですよ!
ただ、今また長期在庫なんちゃらで尼に出してるやつ全部引っ込めてるので、ノベルゲー版を手に入れるなら現状、明日のコミケしかありません(笑)。
とりあえず、年明けに暇が出来次第、再入荷の手配をしようとは思っておりますけども。っていうか4巻と2巻用のパッチどうにかせんとな~とか、あと5巻サンプル版もじつは9割がた出来てるんだけどこれも最終調整してる時間がなくて結局この冬にも間に合わなんだのですだわ。貧乏暇なしですよ。限りなく無職に近い状態での無限の時間がないと一人で同人ソフトなんてやってられませんわ!
とまあ、そんだこんだで皆様、よいお年を。来年も宜しくお願いいたします。
そして、後編は元旦から更新の予定です。




