第二十三話『a girl smiles vacantly』(前編・その4)
瑠美さんは、ポソリポソリと語りだす。
「強盗殺人。仲の良い男の子がいてね、いつも一緒だったの。あの日の夕方……その子の家に遊びに……家といっても、一軒家じゃなくアパートね。セキュリティとかそーゆーのもない、ふつーの集合住宅。そんで、遊びに行ったら、その子のお母さんが殺されてたのよね」
「いきなり!?」
展開早っ。
「そ、いきなり。犯人は、そのまま家の中を物色してて……。あたしは怖くて泣き出したの。それで犯人に気付かれて……」
「刺されたかどうかしたの」
「それじゃあたしは死んでるわよぅ」
そりゃそうだ。
「ええっと、ドアは開いてたんですね? 呼び鈴とかは?」
軽く手をあげて私も口を挟む。
「うん。勝手知ったるヒトンチだもの。けっこう無用心で、家に人がいる時はいつもドアは鍵をかけてなかったかなぁ、うん。そりゃ、いつもだったらノックしてチャイムならしてコンニチワーって入るけど、その時、あたしはお兄ちゃんを驚かせようと思ってそーっと……あ、その子をいつもお兄ちゃんって呼んでたのね。一つ歳上で」
不用心だなぁ。いやまあ、子供のいる家ならそういうのも珍しくはないのかも。
「それで? そーっとドアノブを回して、鍵がかかってないのを確認して、ドアを開けて入った……って事ね?」
「あたしが来るのは事前に知ってたはずだし、その時間にお兄ちゃんのママがいるなら、まあ鍵は開いてるはずだものね、うん。ふつーに換気扇も回ってて窓の明かりもついてたし。だから、何の疑問も持たないで、するっとドアを開けたら……」
「その、お兄ちゃんさんのお母さんはお亡くなりになってた、と」
「うん。玄関開けたらもうそこに、血まみれで。刺されて、倒れててね」
……うぅ……あまり想像したくない。
「それって、あなたが幾つの頃の話かしら?」
「小六よ。あたしにとってはまだ、つい最近の話。お兄ちゃんの事は、本気で真剣に愛してたなァ、うん。だって、あたしの初めての人だもの……」
「初めてって?」
「セックスに決まってるじゃない」
何度目かわからないけど私は食べ物が咽につっかえそうになった。
私だけじゃなく、部長も花子さんも目を丸くしていた。ごめん、瑠美さんって違う世界の人だ、やっぱり。
「え、どうしたの? ふつう、小学生でしない?」
「しない! しないって! 信じられない! っていうかそれのドコが『ふつう』なのちょっと!」
さすがの部長も頬を赤らめて、虚勢にちかい反撃はするけども……いや、太刀打ちできないっていうか私たちじゃソレ話に入れませんって、やっぱり!
「それで、今まさに血まみれの包丁を持って、お兄ちゃんのママのそばに立ってた殺人犯に、あたしは殺されそうになった。怖くて怖くて、大声で泣き叫んで――でも、お兄ちゃんが助けてくれたの、でもそのせいで、犯人に刺されて……」
「お兄ちゃんって子は、実の母親が殺されるのは黙って見ていたのにあなたは助けようとしたんだ?」
いや、部長! なにもそんな嫌味めいた訊き方をしないでも!
「うん。たまたまトイレにいて、ずっと隠れてたみたいね。中一の男の子が包丁持った大の男に勝てるワケないもん、賢明よね」
「……それでも、物音とか母親の悲鳴とかを前にして、ずっとおトイレに隠れているってのは少しおかしいんじゃないかしら? 第一――」
「だってお兄ちゃんね、ママとは折りあいが悪かったから。何が何でも助けようとか様子を見ておこうとは思わなかったんじゃないかなァ。それにさ、彼にとっては、ママさえいなくなったら、あたしとの仲を反対する者はいなかったから。母子家庭だったし」
「……あなたもその子も倫理観がおかしいわ」
部長はあけすけに悪態をつく。もうちょっとオブラートに包んでもいいのに。
……う~ん……こんなセレブリティなパーティーの席で聞くには、あまりにも世界観や境遇が違いすぎる話だけども……。
逆にその、何がどうなってどうやってこんなパーティー会場に瑠美さんが招かれているのかが逆に気になっては来る。
「だからきっと、バチがあたったのね。そしてあたしも死ぬべきだった。その時に」
「なんであなたは生きてるの?」
「だから、お兄ちゃんが強盗と刺し違えて死んだの」
「……ね、ね」
花子さんが小声で私にささやく。
「今の話ってさ。――私、ホラだと思う」
「……私もそう思います。話メチャメチャです」
「虚言癖なのかなァ?」
「まだ、何とも……。話の整合性は一応、とれてますよ。設定も状況もムチャだけど」
うつろな目で瑠美さんは宙を見つめ、つぶやくように語る。
「初めてあたしとキスをして、初めてあたしを抱きしめてくれた人を。心から愛してくれた人を、死なせてしまったの。あの時、あたしが泣き叫ばず、すぐに危機に気付いて、まわれ右して警察に行けば、お兄ちゃんはそのままトイレに隠れたままやり過ごせて、死なないで済んだかも。でも、もうどうにもならないの」
何度目かの憂鬱げなため息。そして彼女は赤いグラスをまた手に取る。まあジュースだろうけど。
「で、この話にね、探偵さん。あなたの出る幕はある? あなたに何が出来る? あなたに何を変えられる?」
……まあ、確かに普通、「ミステリー」の「ミ」の字も無いような、単純な押し込み強盗の粗暴犯の話だけども……う~ん。
「それがウソじゃないのなら、正直同情の余地だってないわ。実の母親を助けようともしなかったって時点で、しかも利己的な理由でって、そんなの共犯も同然じゃない。確かに、殺人現場にのこのことコドモが出て行って何が出来るのかって話だけど――」
また部長も強烈に皮肉めいて反撃する。
「そう。できもしないんだから、そのまま隠れてたらよかったのよぅ。あたしなんかを助けようと思わないで……。賢明じゃないわ」
二人のいい分は、どちらももっともだけど……。
「そうね、あたしたちは色々と間違ってた。間違っていると見なされてた。でもね、あたしたちって何か悪い事をしたの? ただ純粋に、好きだって気持ち。愛しいって想い。それだけしか見えなかった。そんなあたしたちが間違いなら、こんな世界はこりごり。トロッコに乗ってどこまでも、地の果てまで、永遠に続くそのどこかへ。二人を包む不理解も迫害も逆境も憎しみも、いやなもの全てから逃れ、ここではないどこか、いまではないいつかへ、あたしは逃げてしまいたかった」
「小さな恋のメロディね。無茶っていうか無謀よね。あの二人の行く先は、きっと地獄なんだわ」
「ふふ、あなたって最低な女の子ね。もちろんあたしもそう思う」
「ええっと、その犯人は、例えば訪問販売とか宅配業者とかだったんでしょうか?」
小さく手を挙げて質問をする私に、少し驚いた視線を瑠美さんはよこす。
「ええ、隠れみのかな。消火器の訪問販売をインチキでやってた人で、余罪があるかもって捜査はしてたみたいだけど。後の事なんて知らないわ」
「殺されたお兄ちゃんさんのお母さんと、顔見知りだとか、遺恨があったとかでもないんですよね?」
「そうみたい。何の接点もないし、行きずりの犯行ってコトらしいけど」
ああ、そうか……。
さっきの部長の言葉、あれがちょっとしたヒントかも。
「……ええっと、ちょっと失礼な話をしてよろしいでしょうか? 過去を書き換える事はできないかも知れないけど……その殺害事件が、お兄ちゃんさんが殺されたのが、『あなたのせいじゃない』というケースを、可能性としての提示なら、別な視点での考察もできると思います」




