第二十三話『a girl smiles vacantly』(前編・その3)
「手袋……脱いでみましょうか? それとも外して下さる?」
瑠美さんはにんまりと笑う。
「い、いえ結構ですっ」
見たくないって! 怖いって!
「だ、だからそういうフライトアテンダント物語の片平なぎさのようなマネをされましても、どう反応して良いのかわかりませんわ!」
タイトル違うような気もしますけど、いやまあ、良いのか。この瑠美さんを前にけんか腰でまだ対応できるのはさすが部長。
「痛みはね、安心するの。生きている実感もだけど、それが死に繋がっている物だと認識できて。流れる血と、いつまでも止まらない苦痛が……泣き叫びたくなるほど、呼吸もできなくなるほど……ジンジンと、ズキズキと、体を走るの……」
さすがに、こんなのは部長でも口喧嘩で反論できるような話じゃないし。
「ちょっと、アナタ卑怯よ! そんなのあなたの土俵じゃない、私には入れないわよ!」
「卑怯? なんで?」
「あなたが死のうが苦しもうがそんなのはあなたの勝手だけど、これみよがしに苦痛を吹聴して他人を引かせようって魂胆の人は私は大嫌いなの! 食事の最中に糞便の話をして他人の食欲を落とさせてニヤニヤするような神経と大差ないでしょ。人間性の問題!」
うぷっ!
食べかけのパティを吹き出しそうになった。
いやあの、私いま食事中食事中!
っていうか、瑠美さんも瑠美さんだけど、部長も一筋縄の人間じゃなかったか。
お嬢様のくせになんでこう常識ないのかなぁ、この人……。
こりゃ、知らん顔で観客に徹した方がいいや。
見てみると、もう花子さんはフォローにも入らないでテーブルの上のお菓子類をニコニコ笑顔で集めていた。さすがだ。
……それにしても瑠美さんって。彼女は私の認識する『メンヘラ』の女の子とは、何か少し違う気もする。
「よっ、ちさとちゃん。今日はまた一段と綺麗だね」
金髪の男性がひょこっと現れ、挨拶をする。
今度はアワビの冷製を咽にひっかけそうになった。どう見ても外人なのに流暢な日本語を話すその人は……ああ、
「あらおじさま、お久しぶりです」
「ねえパパ。今日は九条さん、どういった趣なの?」
「ん~、まあまた何か絵を買ったみたいでね……わかりもしないのに。だから、わかりそうな人呼ばないと自慢できないしなァ、あの爺さんにも困ったもんだ。飲み食いする場所に美術品なんて置きたか無ェよ」
「やるとしても、もっと普通のパーティー用一口料理で十分って気もするわねえ」
うんうん、と花子さんも相槌をうつ。
「……お父様にフレンチを提案したのは私よ。ゴメンなさいね」
ちょっとバツが悪そうに、部長がめずらしく頭を下げる。えっ、ちさとさんがパーティーの企画自体にも関わってるんだ。
「いえいえ。我が母国料理に敬意をはらって頂いて感謝するよ、ちさとちゃん」
「母国も何も、パパったらフランス語ろくに話せないじゃないの」
「こらこら、そーゆーコトいうんじゃないの! おや、この子があの、巴ちゃん?」
「わわわ、初めまして、咲山巴と申します」
慌ててペコリとお辞儀をする。うん、やっぱり花子さんのお父さんか。
「どうも、ジャン・ジャック・鈴木です。花子から聞いてるかな? 俺は連れ子で、日本人の義父ンとこに母が再婚してね。そのまま養子として籍も入って。まあ鈴木家の事は弟に任せて、俺は遊び人みたいに暮らしてるんだがね。で、俺と似たような境遇の子とこっちで知り合って結婚して……」
「だから、私も生粋のフランス人の血なのに、日本生まれ日本育ちの日本籍ってわけね」
そういって、花子さんは微笑む。なるほど。何とも変わった境遇だ。
「で、こちらは?」
花子さんのお父さんは、軽く目配せして瑠美さんに会釈をする。
「紅坂瑠美です。お嬢さま達とは特に接点はないの。今日、先ほど、ここで知り合ったばかりだから」
ぴったりのドレスのスカートの両端はつまめないけど、そういった仕草で会釈をして、瑠美さんは微笑んだ。屈託のない、可愛らしい微笑み。……この人もなかなか、部長に引けをとらない曲者のようだ。
「そう、仲良くしてやってね」
ウインク一つ残して、片手を振って花子さんのお父さんは去って行く。
なんていうか、プレイボーイって感じ。
「まったくパパったら……私に会うのだって久々の筈なのに」
頬をちょっと膨らませて、花子さんはケーキにかかってた網状の飴をパリパリ齧る。
「で、仲良くしてくれるの?」
にやにや瑠美さんは笑う。
すさまじい目線で部長は彼女を睨んでいる。
「はいはい、仲良く仲良く。パパもあーいったんだから。はい、あーん」
トリュフ状のチョコを瑠美さんと部長の口に花子さんは無理矢理押し込んで、そして私に近付いて耳打ちした。
「べつにパパにはヘンな事吹き込んでるワケじゃないから、安心してね」
「は、はぃ……」
「だっ、だからぁッ! チョコはないでしょうチョコはっ!」
困ったような、悲鳴のような声をあげながら部長はチョコを咀嚼している。
吐き出すとか捨てるとか、そんな事が出来よう筈もない。
女の子にとってチョコレートとは、抗えない魔法の効果があるのだから。
「同感。……それにしてもコレ、美味しいわね」
もぐもぐ口を動かして、瑠美さんはストレートティーをテーブルから探している。甘いチョコを甘い飲み物で流すのはやっぱりダメなのだろう。
少しだけ、非・人間的な存在に見えた瑠美さんが、血肉の通った普通の女の子として私にも認識できた。
――とまあ、何事もなく、事件もなく。
こうしてほんのチョット非日常の世界に触れるのも、気分転換には良いかも知れない。緊張もそろそろほぐれて来た頃には、そう思えてきた。
こんなパーティーの席上で、殺人事件とか、美術絵画や宝石の盗難とか、そーゆーゴシック・ミステリーのような陳腐な展開なんて、さすがにあるわけもないのだし。
「それで、あなたのその『死なせてしまった』って件……そう、『事件』って何なのかしら?」
部長が瑠美さんにずいっと近付く。
ああ……そうか、そういうキーワードに部長が反応しないはずも無かったか。
「何なのかしら……って、何故それをあなたに話す必要があるの?」
「話す気もないなら、人死にがどうとか不幸自慢みたいに吹聴しない事ね。経緯は置いといて境遇だけに酔いたいの?」
「過去を振り返っても何もならないし。それともね、あなたはもしかして、あたしの過去を書き換えてくれるんだぁ?」
瑠美さんは嫌味と可愛さの混じった口調で、そう微笑み返す。ふふん、と鼻で笑うように、部長は腰に手をあてて見栄を切った。
「事と次第によってはね。何故って? それは私が『探偵』だから」
うわ。
「ほら、ちさとのハッタリが始まった。ねね、巴ちゃん、フォローしてあげてね」
小さな声で花子さんがささやく。
「フォローって……」
「大筋でならちさとも結構な推理力を働かせるけど、細かい所はあなたの出番よ、きっと」
「いや、まだ何も事件だなんて……」
「殺人事件だったのよぅ」
瑠美さんがそう口にした。
あーあーぁー。
※すごくどうでもいい話
ですけども、「『スチュワーデス物語』ネタなんて昭和のバブル手前頃のドラマの話、ンなもん若い子に通じるわけねーだろwww」ってのをドラマ・TRICKでやってたのが今からもう20年以上前なんですよね(スチュワーデス物語自体は40年前のドラマ)。いやもう完全にネットネイティヴでなろうとか読んでる子に通じないでしょコレ、今となっては! こんな話題出す中学生いねえよ令和で! という昨今。皆様いかがお過ごしでしょうか。
そしてこの作品も気づけば今年の秋で20周年超えてましたわコワー!
アニバーサリーイヤー(休眠期間半分以上ですから何の自慢にもなりませんが)に何もしていませんでした! っていうのもある意味この作品らしいですね。




