第二十三話『a girl smiles vacantly』(前編・その1)
第二十三話
『a girl smiles vacantly』
初稿:2005.09.16
「そうね……『愛しいものが死んだ時には、自殺しなけあなりません。愛しいものが死んだ時には、それより他に、方法がない。』……中也の詩ね。うん、あたしはねぇ、死ななきゃぁいけなかったのよ」
目の覚めるような真っ赤な髪の女の子が、どうにもけだるそうな声で、ぼそぼそっとそうつぶやいている。
正直、私には意味が飲み込めなかった。
「あたしはね、大好きな人を、死なせてしまったの」
ふぅっとため息を吐いて、片手に持った細長いグラスを、彼女はクイっと飲み干した。 まさか、お酒じゃないとは思うけど。
だって……こんな、真っ赤なロングヘアに深紅のドレスを身につけた、妖艶な、それこそ何かのアニメのやり手の悪女のような、常人離れしたルックスの女の子なのに……。
たぶん彼女は、中一の私とそう年齢もかわらないはずだから。
大人たちの雑踏、きらびやかな装飾。
テーブルには、豪華(……なんだろうなぁ)な料理が、かわりばんこに幾つとなく運ばれてきて、綺麗に並べられている。
一応は立食形式なのでどれも小皿にオードブル風の軽食だけど、それにしたって、見たことないような物ばかり。
……これ、灰色のイクラみたいなのって、キャビアだよねえ? この茶色いのはフォアグラ? 目で見てそれとなく分かる物が「その程度」で、あとはもう何が何やら。
ダメだ、『ここ』は、私には別世界。
子供同士のお誕生会ならまだしも、これ、オトナのパーティーじゃん!
会場をウロウロ、キョロキョロしながら、ようやく私と同じく所在なさそうにウロウロしていた同世代らしき女の子を見つけて、ホッと一安心……と思ったら、彼女もまた、あきらかに私とは違う世界の人らしかった。
外観から人間離れしている。
真っ赤な髪はカレンさんで見慣れてるとはいえ、彼女の赤みは完全に『人工物』のソレだ。染色というよりウィッグ……かなぁ?
肘まで隠した長い黒手袋に、脚をぴったり覆った、胸から上は肩紐もないドレス。背中も殆ど丸見えだ。
こんな服を着る度胸は、私にはまったく無い。胸のサイズなら、たぶん私とそう変わらないようなんだけど……。
彼女は「紅坂瑠美」と名乗った。
簡単な挨拶と、軽い世間話をしたつもりが、彼女の会話の切り替えしも全く異次元の物で、どーして良いのやら、あー、うー、えとぉ、っと混乱してしまった。
何なんだろう、この人……。
妖艶な服装で背も高いけど、幼く可愛らしい顔立ちと肌ツヤや体型で、若い事はわかる。どう見たって高校生以上の年齢とは思えない。それでも、そのするりと細い肢体はバービー人形のように華奢で、女の子としてはちょっと憧れる。
「探したわよ、巴さんったら。こんな所にいたのね?」
あ、部長!
「ええっと、失礼。もしかしてアナタ、酔っていらっしゃるのかしら?」
瑠美さんに、やや皮肉めいた口調でちさとさんが早速嫌味を口走る。
わっちゃ~。だ、だから、そうそう見知らぬ相手に喧嘩を売らなくても……!?
「何に? これに? それとも、自分に?」
瑠美さんも、手にした赤いシャンパングラスを差し出しながら、同じく皮肉めいた口調でいい返す。
「あら、わかってらっしゃるじゃない。そのカクテルがノンアルコールなのは私も承知してるけど」
不敵に笑う部長は、幾重にも重なり編み込まれたレースとシフォンの黒いパーティードレス。これがまたおそろしいほどよく似合っている。
基本的に部長は『黙ってりゃ美少女』なのだから。
小顔で、私と殆どかわらない背丈なのに、脚は私よりも長いし胴は私より短いし、挙句に確実に私より細いウェストに私じゃ太刀打ち出来ないバスト、正直、一緒に並んで歩くのは、自動的に引き立て役にしかなりそうにないので、ちょっと遠慮したいというか何というか。
とにかく……。
「あ、ええっとあの。ゴメンなさい!」
謝るが勝ちだ。すぐにペコリと頭を下げた。
――部長が失礼な事を申しまして、といっちゃうとそれはそれで部長にカドが立つし、ええっと今の「ゴメン」をどう繋げようか……と、一瞬の逡巡。
「「なんで?」」
部長と瑠美さんが同時にそう口にして、瞬間、二人の苦笑が重なる。
とにかく……、ああっ、もぉ!
なんで私がこんな場違いな所にいるのよぉ~!?
「ホント、可哀想なコトするなぁー」
花子さんがニヤニヤ笑いながら近付いてきた。金髪にブルーアイ。白いワンピース・ドレスがよく似合う。誰がどう見ても「RPGのお姫様」だ。
そう……。どうやら私は、異世界の中に招かれてしまったみたい。
これも全て部長の策略のせいだ。よりにもよって、直接私にじゃなく、お母さんに電話連絡で「パーティーにご招待」されてしまったのだから。断りようがない。
自分事のようにすっかり浮かれて、よしゃあ良いのにヨソいき服までお母さんは新たにあつらえてしまった。
正直、まったく似合っていない。
黒のタイトとブレザーの上下、でも私じゃまるで七五三仕様。しかも男児用って感じで少しがっくりもする。
だいたい、パーティーっていわれたって、子供の私に何をすれと。だいたいこのパーティーの趣旨って何なの。
「そしてこれが、最近新たに発見されたゴッホの習作油彩の……」
「これが清代の青磁で……」
感嘆に包まれる一角で、大人たちが何かを披露しているのが耳に入る。少なくともそれは私にとって何の関係もない。部長もまた、不服そうな顔をしていた。
「私が退屈しないよう、お父様が同世代の子を何人か招いておくとかいっててね。失礼な話よ。ベビーシッターが必要な歳じゃないわ」
「で、その何人か……が」
先ほどの瑠美さんってわけか。他には?
「だから、あなた」
えっ?
「全部で四名ですって。花子はいつもの事だから良いとして、あと一枠は私が貰ってあなたを招いたの。だいたい大人の世代に子供と接点なんて無いじゃない。中学生くらいの娘さんはいませんか、って友人知人に電話で無差別爆撃したって、いい返事なんてそうそうありはしないわ」
う~ん。
しかし、それにしても今日は妙に、部長は機嫌が悪いっぽい。意地悪なのも嫌味ったらしいのもいつもの事とはいえ、いつにも増してちょっとトゲトゲしている気もする。
花子さんは陽気、部長は不機嫌、私はド緊張、そしてこの初対面の瑠美さんは憂鬱。
女の子ばかりで華やかに賑やかに会話……って感じが皆無ってのも。どうなの、これ。
「それで部長。このパーティーの趣旨って、一体何なんでしょう?」
私は何も聞かされていない。
「九条さんってお金持ちが、定例で何だか内輪の小ぢんまりした自慢会みたいなのをやってるのよ。引退して、この辺の山奥に引っ込んでるお爺ちゃんだけど。時折人恋しくてこういった催しをしているの。口実は何だって良いみたい」
自慢って、さっきの美術品?
ていうか、内輪? 小ぢんまり?
会場めちゃめちゃ大きいんですけど。
人数、軽く三ケタはいるんですけど。




