第二十一話『トラブルレター』(後編・その1)
第二十一話『トラブルレター』
★前編のあらすじ★
瀬戸内を一望する光風明媚な地に建つお嬢様学校「聖ミシェール女学園」。そこの奇妙な部活『探偵舎』の一年生・巴は、先輩である双子姉妹の姉・大子に呼び出され、風邪で休んでいる妹の福子宛に来たラブレター(?)の謎を相談するが……?
ほんとうに、これは大した話じゃないし、大した事件じゃないの。
自分でもわかってるし、巴ちゃんだってきっとそう。
……私──宝堂大子が納得できないのは、ほんの一点。
福子さんに聞けばすぐ答はわかるけど、私はそのことでとても戸惑っていたの。
福子さんと私との間には、「違い」がほとんどない。
そうなるように、ずっと頑張ってきたから。
私は、自分で自分を嫌いになるようなことがない。ないように努力してきた。
だって、それは「目の前に」明確に存在するもう一人の自分である福子さんをも否定することに繋がるから。
ナルシズムかも知れないけど、私は私が私を好きであるよう、好きになれる私であるよう、少々の無理をしながら生きてきた。
そして、それは福子さんも同じ。
人に迷惑をかけないように、親切心を忘れないように、学業でも両親や先生がたに迷惑をかけない成績を残せるように、料理や家事の腕前も身につけてお母様の負担を減らせるように、可愛いらしく振舞えるように、同時に、それは媚を売るような甘えた感じのものではなく、好感や敬意を抱いてもらえるような物であるように。そう自分に架せて生きてきた。
かなり無理をしている。
でも、そんな無理がいつしか自分の中で身についたのは、福子さんともどもそんな無理を通してきたから。
二人だから頑張れた。
私は福子さんを、大子姉様と同一視して、彼女を好きでいられた。
私も、「徳子」としての名前を捨てて、彼女の前で大子姉様として振舞えるよう生きてきた。
偽りであろうとも、通せばそれは事実になる。
私たちは無理をしてきたけど、いつしかその無理も無理と感じないほど自然に、周りもみんな私たちをそういった優等生的な子として認めてくれるようになった。
一目でそれを見破った、巴ちゃんを除いて。
二階の教室から鞄を取って、小走りに階下へ降りる。
探偵舎に私の教室は近いから、巴ちゃんにはちょっと待ってもらって、大急ぎで戻る。 戻る、といっても今日は部室には入らないけど。
今カレンとハチあわせたら、どうやっても解析とかされちゃいそう。
「……おまたせ。巴ちゃんの教室のほうは、校門への行き道だよね?」
「ええ、じゃあ……歩きながらうかがいます」
降参の溜息を吐きながら、私はこの、とても人間ワザとは思えない推理力を持った小柄な後輩と並んで歩く(小柄といっても、私とほとんど変わらないけど――)。
「待ち合わせ場所は……駅の近くの喫茶店で、今日の午後三時……ね」
喫茶店の名前と、今日の日付とPM3と読み取れる文字。私にわかるのはそれだけだった。
「本当に待ち合わせなのかはわかりませんけど。って、もうすぐじゃないですか! 急がなきゃ。しかも、やっぱり今日?」
……確かに、私はあのメモの意味を最初からわかってた。でも、何故?
そっと疑問を巴ちゃんに投げかける。
「どうして、私が『読めていた』ことが、わかったのかしら……?」
「まあ、大子さんの態度の不自然さが大きいといえば大きいです」
「あぁ……」
コールド・リーディング……これって、部長だけじゃなく実際、巴ちゃんだって十八番よね。
「でも、そもそもあんなものが『暗号』に見えるわけがないです」
「あらら……」
そ、それだけの理由で?
カマをかけられて私、ひっかかっちゃったの!?
「それもありますが、そこに意味的な物があるなら、日時場所に関する何か、または差出人が何者であるかの情報……ようはサインでしょうね。ただ、想定するなら、後者は前提からして薄いです」
「確かに、通じてる相手じゃなければ成立しない文面、ならびに共通の何かを持っていなければ暗号も成立しないなら、『記名』の必要は無いわね」
「全て手紙の差出人の書いたものであれば、ですけど」
ん……?
「えーっと……大子さんがあのメモの意味を知っていたと想定したのは……たぶん、時間に関係したことだと思ったんです」
「そんなことまで!?」
「部活をさぼる気まんまんなのに、時計を気にしてましたよね?」
「……それはそうだけど」
今、目の前にある『結果』から想定して、過程の矛盾を突く……巴ちゃんらしい。
「ところがあの手紙の文面では『明日』なんですよ。私はそこが引っかかって」
私もそこは気になってた。
「それと、大子さんには『読める』わけですよね? 福子さんにも当然それは読めるとして。じゃあ、他には?」
「いない……と、思う。私と福子さん、この世で二人だけの『共通認識』なの。私たちは、まだ赤ちゃんの頃から『会話』してたわ。日本語を覚えるずっと前から。自分たちだけで通じる『じぶん語』かな?」
「時々、別行動をしていながら、もう片方が知っているはずの無いような情報までお二人で共有していたのは、そういった語で会話が可能だからですね?」
「可聴域の低い音だから『声』や『会話』としては、誰も認識できないけどね。文字にしてもそうよ。アイウエオの書き方を憶えるより先に身につけたの」




