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聖学少女探偵舎 ~Web Novel Edition~  作者: 永河 光
第三部・名探偵、参上! MURDER BY DEATH
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第二〇話『少年、少女、初夏の風。』(後編・その1)

 第二〇話『少年、少女、初夏の風。』



★前編のあらすじ★


 天才的な頭脳を持ちながら、ある種「問題児」として線を引かれて孤立している二人の小学生、祈と茲子は、大人顔負けの無駄知識の議論で日々、暇を潰している。

 ある日、いつものように茲子は祈に無理筋のような探索をもちかけてきた。

 目下、彼らの住む県下を騒がせている、連続解体殺人鬼。その、「被害者の死体があるかも知れない場所」を特定した、と。

 そして茲子の指示通り進んだ先で見つけた、三ヶ月前から無人の元教会(といってもほぼ民家)の不気味なたたずまいの前で、柴田と名乗る保険の調査員が二人を呼び止め、家への侵入を持ちかけた。

 平然とガラスを割って教会内に入り込んだ二人は、異様な内部の様子に息を飲む……。





 (ここ)()は、僕──()()()(いのる)の知る限り、間違いなく宇宙一可愛い女の子だ。

 可愛いだけじゃなく、頭も良いし、ユーモアのセンスもある。

 それでいて気難しいし、ワガママな所もある。詩人のようなことをつぶやいたり、過激な行動もとる。

 それも含めて、なんつうか「ああ、もぉ、女の子だなぁーっ!?」っていつも悩まされたり困らされたりすることも多い。

 ぶっちゃけ、僕は彼女に恋をしてると思う。

 それは、間違いない。


 いや、愛だの恋だの、僕らってまだ九歳(もうじき十歳だけど)のちびっ子なんだぜ? そう軽々しく口にできやしない。

 彼女はどうなんだろう。仲の良い友達って以上には思っちゃいないのかな。

 今、僕と茲子は、不気味な無人の家の中にいる。もと教会……といっても、まあまっとうな教会じゃない筈の、散乱した家ん中に、こっそり忍び込んでいる。


 ドキドキする。


 怖かったり、興奮したり、こんなコトやっていいんだろうか? とか。家主はどうなってるのだろうか? そもそも、殺人鬼がどうのこうのって話は……?

 何より茲子と二人でこんな奇妙な場所にいることにドキドキする。


 差し込む光の中で、高さ六〇センチほどのキリスト像の前で、茲子は神妙な顔をしていた。

 十字を切り、手を合わせる。彼女はクリスチャンだっけ?

 ンなわきゃーない。

 でも、彼女を包む神秘的な空気は、しばし僕を惚けせていた。


 僕の名前は「祈(いのる)」という。

 正直、この名前は照れるっていうか気恥ずかしいっていうか、気まずい感じがちょっとあって、なるたけ苗字で呼ばれるほうが心地いい。茲子はまるで逆のことを口にするけど、そのせいで僕は彼女を名前で呼んで、茲子は僕を苗字で呼ぶ。舌ッ足らず気味に「ユッキ君」って僕を呼ぶのは、世界でただ一人茲子だけだ。

 こんな名前でも、僕には信心とか信仰心なんてモノは、カケラもない。

 しいていうなら──




「やっぱりこのインチキ牧師は殺されてると思う」


 不意に、茲子はそう告げた。


「え、な、なんで?」

「ここにある物だけ見てもだいたい予想がつくよ」


 自分の意思で逃げ出したのでないなら、出先で事件事故に巻き込まれたとか、誰かに拉致監禁されるか、殺されたか、だろう。

 それはわかるんだけど……。


「確かに、よっぽど慌てて逃げ出すんじゃなきゃ、開封したピーナッツをそのままにはしないな。でも、すぐ戻って来るつもりだったとか?」

「眼鏡を置いて出て行くなんて考え難いよ。それと、もう一つ。『()』がない」

「え?」

「被せちゃ意味がないって思ったのかな。保全でも隠ぺいでもなし、わかんネ」


 僕は呆気にとられていた。

 まただ。時折、茲子はこんな感じにドンドン僕にはついていけない「先」に進んでしまう。

 僕は彼女に追いつくのに必死だ。まあ、秀才だって自覚はあるけどさ。でも、秀才じゃどんなに頑張ったって、天才にはかなわないんだ。それでも、僕は茲子について行きたくて、身の丈にあってない無駄な知識を蓄えちゃいるけど、「思考」の部分ではついていけていない。


 この部屋にある「異常」は何だ?

 異常といえば何もかもだけど。散乱した書類、切り抜き、指……の玩具。だらしなさげな生活臭。積もったホコリ。イエス様。テレビ……ん?


 ビデオ一体型テレビの文字表示を見る。レターボックス比のモニタで、今となっちゃ、過去の録画物を再生するか、旧式のゲームをやる以外に使い道のない、死んだ規格の機械だ。いや、ケーブルの先には地デジのチューナーとアナログ変換するコンバーターくらいは付けてたのかな?

 どっちにせよ、テレビの録画機能なんてとっくの昔に死んでいるだろうけど、その機能の必然として、この類の機械にはLED表示の時計機能も同時に備えている。


 00:00:00


 この表示のまま点滅している。停電でもあったのか?





 突如、針金のような音がカチャン、と鳴った。


 ギシ、ギシ、ギシ。


 足音と共に誰かの影が不意に近づいた。

 全身をビクリとさせて、影を睨む。


「よォ。どーだい、首尾は」

「……柴田さん?」

「見知らぬ子供が勝手に入って、ドアのカギをあけていた。俺は調査のためにここに訪ねて来て、留守だとは知らなかった、ってコトで問題はクリアだ」


 そういいながら、柴田は屋内の様子を眺めて眉をひそめる。


「……なるほど、柴田さん理にかなってる。子供なんかに調査させたってまともな結果は得られるわけないもんね」


 つまり柴田は、ハナっから既成事実として「子供が勝手に侵入した痕跡」を作りたかっただけなんだ。

 扉だって、今やったみたいに最初からピッキング出来てたはずだ。

 やっぱり、一癖も二癖もある男だ。


「大会社の看板背負ってると、いくら空き家とわかってても、コッソリ忍び込むってわけにいかなかったのね」


 それでもし本当に()()出たら、そのままとんずらってワケにもいかないしなぁ。


「ま、そんな所だ。これでも機を窺うのにずいぶん待った方なんだが……」


 そのまま険しい顔で、柴田はぐるりと室内を一望し、腕を組む。

 柴田が顔をしかめたのは、散乱した書類の状態だけじゃなさそうだ。

 瞬間的に、何かに気付いた?

 この男は探偵(オプ)だ、ナメちゃいけない。


「逃亡か、死亡か。どっちだと思う?」


 茲子が、前置きもなくイキナリ柴田にそう話しかける。やや面くらいながら、それでも感心したようなそぶりで、柴田も応える。


「……嬢ちゃんもそう考えるか。質問に質問で返すのもナンだが、君はどっちだと思う?」

「殺害」


 なんでそう思えるんだろう。

 いや、状況的にそう考えてもおかしくないとは思うよ。でも、断定は危険だ。


「ん~。まァ確実でないにせよその可能性は……アリかな」


 アゴを撫でながら柴田も考え込む。

 こうも性急に失踪するのは、確かに考え難いけど……どうなんだろう?






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