第九話『クロス・チューン』(前編)
宝堂福子は、駅構内の書店で文庫サイズに畳まれた地図を買い、ポケットから取り出した携帯電話で、時間を確認する。
学校内でや、遠出をする時ならば当然のように「腕時計」を身につけるとしても、普段の日常で巻く習慣は福子にはなかった。
「……ちょっと、早すぎたかな?」
予定ではこのあと、ミシェール校内の女子寮までカレンを迎えに行った大子たちと、近くの喫茶店で落ち合う段取りになっている。
まだ待ち合わせの時刻まで、余裕がある。
構内の大型テレビ前にあるベンチに腰掛けて、今のうちに、周辺のスポット幾つかに目星をつけて、部長から与えられた「課題」についての検討を進めておくことに決めた。
日曜の駅は静かで、最大の利用客であるミシェール生徒の姿はなく、幾人かの老人が、黙って液晶の横長画面を眺めているだけだった。
ふと、大きな荷物を抱えた小さなお婆さんの姿が福子の目に入った。
ここで「大丈夫ですか?」と声をかけて、荷物を持って運ぶのも、ちょっと余計なお節介かなぁ、と思いながら、目で追う。
「老人扱い」されるのを嫌うお年寄りだって、意外と多いことを、家業の都合から、福子もよく知っていたから。
足元がふらついている。やっぱり心配になる。
そっと、後ろをついて歩く。声をかけようか、どうしようか。
その瞬間。
「あぁぁ~」
すってんと、お婆さんがすっ転んだ。
「ああっ、大丈夫ですか!?」
こんなことなら、もっと早く声をかけるべきだったと反省しつつ、福子もいっしょになって散らばった荷物を拾い集める。
風呂敷包みの書類幾つかと、何故か大量の蜜柑……これが、ほうぼうに転がっている。
「わぁっ!?」
すとん、と自分まで転がった。足が蜜柑にとられたせいだ。
これではミイラ取りがミイラじゃないか。赤面しながら体を起こし、しゃがんで蜜柑を拾い集め、お婆さんに渡す。
「あぁ、ほんまアリガトなぁ、すまんねェー」
切符を片手に、小さなお婆さんは何度も頭を下げる。
福子も、逆に申し訳なくなってくる。謝らねばならないのは、自分の方じゃないか、と。
余計な遠慮なんかしないで、お節介であれ、もっと早く手を貸していれば、お婆さんだって転ばないで済んだのに。
「いえいえ。……あの、一個踏んじゃいました、ゴメンなさい」
「ゴメンいわなならんのはワシの方よね。いやホンマ、あー無理っしゃーいけんねぇ、耄碌した年寄りが。アッハッハ。蜜柑よーけあるけぇ、気にせんでえぇよぉ」
相槌も打ち難いので、ただ笑顔で返す。
「お荷物、お持ちしましょうか? 電車に乗るんですよね?」
「んん。ああ、悪いねェ、うん」
床に置いた地図とケータイを掴み、風呂敷の一つを手に取る。
最小単位の回数券なら財布に入っている。使う機会がめったにない上に小額だから、この際使うことにした。
片手に荷物、片手にお婆さんの手を取って改札を通過し、目当ての番号のホームに立つまでに、軽く一〇分以上はかかった。とにかく、お婆さんの足は異様に遅い。
お婆さん一人で、大丈夫なのだろうか……?
丁度その瞬間、O県行きの電車が入って来た。
何度もお礼をいって、お婆さんは電車に乗り込んで行く。ホームで手を振り、お婆さんが着席したのを見届けて、ふっと……時間確認で自分のケータイに目を落とし、ストラップが違う物に変わっているのに気がついた。
「えっ?」
根付として、組紐に黄楊の福禄寿をぶら下げていた。
これは、違う。達磨だ。
後頭部を突くと、目玉がピョコンと飛び出る、わりとポピュラーな年代物の土産物。
操作ボタンで自局番号を出す。
全然しらない番号──。
「うそ? これ、同じ機種だけど……もしかして、お婆さんのケータイ!?」
慌てて窓を向く。お婆さんは、まだニコニコと笑顔をむけて手を振っていた。
ピロリン、パリララリン……♪
発車のメロディーが流れる。
「ああ、あのっ!」
乗車口に駆け込もうとしたその瞬間、扉が閉まった。
ガタン、ガタン……勢いをあげ、電車はアッという間に見えなくなって行った。
「ど、どうしよう……?」
電光掲示板が、同じ方面行きの電車が8分後に近づいているのを示した。
……追う?
幾ら8分差とはいえ、行き先が分からないのに追えるのだろうか?
……いや、行き先はわかる。
さっきチラリと目に入った切符は、隣のO県の山奥の地名だった。特急券は持っていなかったから、普通列車とローカル線を乗り継いで行くつもりなのだろうか。
とはいえ、闇雲に追いかけても、幾らお婆さんの足が遅いといっても、それで間に合うとも思えない。
ふっと思いついて、手の中のケータイを見つめる。お婆さんが自分のケータイを持っているなら、自分の番号にかければ繋がるはず。
場合が場合だけに、お婆さんのケータイを使い、素早くプッシュ。
『おかけになった電話番号は、現在……』
だめだ、電源を切っている。
……そうだ、お婆さんの家族は?
アドレス帳を開く。自分のケータイと同じ機種だから操作はわかる。しかし。
「……名前、書いてない」
ずらずらと電話番号だけが並んでいる。自力で操作して入力はしていないらしい。かかってきた番号を、1とか2とかの操作番号を振っただけで、ただ登録しているようだ。
そもそも、見知らぬ他人の名前なんてわからないにせよ、『自宅』とか『勤務先』のように見出しはあって良さそうなものの……老眼もあるお年寄りのこと。液晶画面の操作に不慣れなのは、仕方なしか。
……落ち着いて考えよう。ページ先頭の方で、かつ、固定電話の市外局番が、きっとお婆さんの自宅電話だ。幾つかある。ええっと……。
でも、幾ら緊急時であれ、他人様のケータイをそう何度も勝手に使うわけにも……。
「……そうだ!」
一つ、思いついて駅ナカの売店に駆け込む。
福子は、取り出したケータイの液晶画面を確認し、ゆっくりとプッシュした。
第九話『クロス・チューン』
(初稿:2004.07.30)
★
──数分後のこと。
日曜日に学校の近くまで来るのは、大子にとっても新鮮だった。
「いいのにさぁ、迎えに来なくたって」
やや照れたような、アラン・セーターにジーンズ、ベージュ色のコートを羽織ったカレンと並んで歩く。
「ただぼーっと待ってても、退屈だもの。それに、私と福子さん二人で考えてても、同じ意見にしかならないから。折衝とか、議論とか、意見交換とかには、ゼンゼン向いてないの」
草色のワンピースに、同系色のカシミアのボレロを羽織った小柄な大子と並ぶと、遠目にはカップルのようにも見える。
「双子ってのは面白いもんだね、色々と。まあそれで二人一緒には迎えに来なかった、ってのはわかるけど……」
「今のうちに福子さんは地図を買って、幾つか目星でもつけておくっていってたけど、たぶん何も決まらないと思う」
自分と同じ性格だからそれは間違いない、と確信している。
「体が二個あるのは便利だなぁ。でもさ、わざわざ買わないでも地図ならあるよ」
カレンは、懐から小型のパソコンのような物を取り出す。
「でもそれじゃ、みんなで同時には見られないじゃない?」
「そうでもないよ。こいつは有機ELを使った機種でね、視野角で視認性が変わるような液晶と違って……」
「うん、わかんないから良いわ、説明しなくて」
苦笑しながら手を振る。
駅が見えてきた。
緑の多い田舎町に、白木で出来た妙にお洒落な駅が、何となく浮いて見える。
女学生の利用者が多いために、こうなっちゃったのか。
ここから学園まで、徒歩でも三十分とかからない。とはいえ、当然朝の一、二を争う通学時には、殆どがそのままバスに乗り継いで学園前まで行く。
ここはカラオケ屋やゲームセンターのような物も何もない、良くいえば健全、悪くいえば退屈な土地。それでも、小さな商店街や大きめな病院もあり、最近では建売り住宅がけっこう増えてきた。それに伴ってコンビニも増え、全国チェーンのフランチャイズ喫茶店も、駅前に出来たばかり。
外側をさっと見回して、店内を覗く。
「あれ、福子まだ来てないね」
「おかしいなぁ、家を出たのが同時だから、三〇分くらい前には来てると思うんだけど……」
何かあるなら連絡して来るだろう。まずは珈琲と紅茶を頼み、店内の席に腰を落とす。屋外のテーブルにつくには、もう季節が寒すぎる。
「三〇分は待たせすぎじゃね?」
「それくらいあった方が準備に丁度良いかな、って」
「そーゆートコ、無駄に用意周到だよね君ら」
「無駄って……その言い方は、あんまり!」
宝堂姉妹は何事につけ、「こんなこともあろうかと」と、ササっと何かを用意しておく主義。たとえそれが、徒労に終わろうとも。前面に躍り出るのは苦手だけど、一歩引いたところから誰かのサポートをするのは、自分たちの性に合っている――。
もっとも、肝心な所で少し抜けているのは、お互いよく知っているけれど。
「ん~。何かヤボ用とか買い物で、席を立ったタイミングで入れ違っちゃったのかな……?」
「だろうね。さ~て、どうしたもんかなぁ。単に部費で騒ぎたいだけだよね、部長の魂胆は」
「騒がしい人だけど、騒ぐって目的でもないと思うなぁ」
クリームの山が乗った、スチームミルクたっぷりの珈琲にガムシロップを入れ、大子はシナモンスティックでかきまぜる。ストレートのダージリンに口つけながら、カレンは嫌そうな目でそのカップを眺める。
「キミら姉妹、ほんと甘党だなァ」
「そう?」
「んー、部長は甘い物ひかえてるよね、プロポーション調整とかいって。花ちゃんもそうかな」
「そうねぇ……立食パーティーみたいなのは、ちょっと考えないと駄目ね」
部長と花子も共に寮生、この二人ともが演劇部と兼任なので、今頃は学園内で劇の練習をしてる筈。あの三年生二人のプロポーションには、まったく絞る必要なんてないんじゃないのか、と、大子もカレンも共々、思うのだけど。
「まず、パーティーって感覚がさ、もーわかんないんだよ、うちのメンバーじゃ」
「そうね。お食事会って雰囲気も違うだろうし、カラオケ大会とか、そんなのやりそうもない人だもの」
「キミら姉妹も含めてね。なんか、ミシェールっておとなしい子ばっかりじゃない?」
「巴ちゃんも、あの子が何で喜ぶのか、ちょっと想像つかないわね」
「う~ん」
上級生の(早めの)追い出し会、新入生の(遅めの)歓迎会。しかも、探偵舎らしい物……。
かなりの無理難題を、二年生の三人は押し付けられた。
「場所もさ、いっそ部室とか、空いてる教室とか、その辺の公園とか、大子の家でもいいや。お金かからない所なら楽でいいけど……そこで何を? って話だよね」
「この辺に設定したら、私たちや寮生の部長たちはいいけど、巴ちゃんだとH市内よね。休日に呼ぶなら、定期券が使えるから交通費は良いとしても、結構体力的にキツいかな?」
「こないだ、大子は家に呼んでたじゃん!」
「それは、まあ……」
その際に、カレンのちょっとした企みをサクっと粉砕したことで、まだちょっと根に持っているのだろうか。少しむくれた顔で紅茶をすする級友の前で、さて、どういったものかと大子は考える。
カレンは、飄々としたようでいて、子供っぽくムキになりやすい所もある。もっとも、あまり根を引かないし、さっぱりした性格なのも確かだけれど。
肉親相手でも敬語で呼ぶような宝堂姉妹に対し「カレンでいーよカレンで。同級なんだし」といい、それ以来、呼び捨てで名前を呼び合える相手も、カレンだけだった。
呼び捨ての間柄が、親愛のしるしというわけでもない。でも、そんな間柄の友人がカレンだけなのも、やっぱり「特別な相手」と自分(たち)で思っているのだろう。
とりとめもなく話し、半分ほど飲み終え、二人は壁の時計を眺める。
「ん~……それにしても、福子さん遅いなぁ」
「ちょっと遅すぎるよね」
大黒天の根付がぶら下がったケータイを胸元から取り出す。組紐は、福子とお揃いで最近買った物だ。
キーをワンプッシュ、アドレス帳を開き、福子の番号を選択。
ティキティキティキ……。
『おかけになった番号は、現在……』
「え?」
機械的な声の案内だけが響いた。
「不通? どうして?」
繋がらない。留守電のガイドの流れている途中で切る。
「……電源、切ってるのかなぁ?」
「なんで?」
「さー?」
「キャリアはドコモだよね、それ。おかしいなぁ。ここいらなら、滅多に圏外にはなんないよ」
田舎とはいえ、道沿いに電信柱も張り巡らせてあるし、そこに一定間隔で基地局もある筈。
「電話通じないとお手上げだなぁ。何か、双子のテレパシーでわかんない?」
「ないない、そんなの」
喫茶店を出て、駅で呼び出しをして貰うことに決めた。小さな駅だから、構内、隣接周辺にいるなら、どこの店にいてもわかるだろう。
「テレパシーはともかくさ、双子の直感みたいな物で何かわからない?」
それ、どっちも同じようなものじゃない。大子は首を振る。
「SFじゃないのよ? 視界にいるなら、ある程度何を考えているかもわかるけど……」
「いや、ソレじゅーぶん凄いって!」
「何故?」
大子にとっては、それはごく普通で、当たり前の話。
窓口の事務員さんに頼み、構内に呼び出しが響く。
自分の苗字が大きな声で連呼されるのは、大子としてもちょっと恥ずかしかった。
暫く待っても、駅の呼び出しに反応はない。
「福子の行きそうな所の心当たり、ない?」
首を振る。
「待ち合わせ前に長時間油を売るなんて、考えられない」
双子で、意思も常に通じ合っていた大子ですら、皆目行方の検討がつかない。
駅までは、自宅のお寺から徒歩で来られる。そこからわざわざ、電車に乗ってどこかに行ったとは、さすがに考え難い。
「……まさか、誘拐されたとか?」
「いや、それはないと思うけど」
もう、中二なんだから……そうは思っていても、世間的にはまだまだ子供。
少し不安になる。
「事故ったとか」
「お財布に身分証くらい入れてると思う。何かあったら家に連絡あるし、家に連絡があれば私にも連絡来るかな」
「じゃあ、ひき逃げにあって、犯人がそのまま福子を車に……」
「ちょ、やめてよぉ~!」
縁起でもない。
「単純にバッテリー切れ……は、無いな。キミら用意周到だもん」
「そうね。まして前日から予定が立ってるんだもん。二人して、ちゃんと充電はしてきたわ」
「ケータイ落としたってのはどう? これが一番、考え方としては楽だわ」
「もしそうなら、公衆電話で連絡して来ると思う」
「だよなぁ、自宅番号ぐらいは暗記してるか。う~ん……」
頭を悩ませど、答は出ない。
とにかく、福子を探して駅周辺を二人は歩き回る。
小さなアーケード、駄菓子屋にガチャガチャ、ねぎ畑、販売機……。
古本屋、平屋のスーパー、日曜休業のパン屋、レストラン……。
どう考えても福子が立ち寄りそうにない。
「てゆーか、無目的に歩き回ってもラチあかないわ、こりゃ」
「……うん。まあ、無事だとは思うけど」
「それは、双子の直感で?」
「うん。苦しいとか死にそうな目に遭うとか、そんなことにはなってない、とは……思う。カンだけど」
カンでも、過去に経験はある。
あの時とは違う。
……とはいえ、やっぱり心配だ。
「もう一度、考えを整理しよう。つまり……ケータイが使えない場所にいる、または使えない状況にある、ってコトだね」
「電源を、ウッカリずーっと切ったままとか?」
「それなら先に本人が気がついてるんじゃない?『おかしいなぁ、連絡ないなぁ。アレっ?』ってさ。どっちにせよ、『通じない』ってだけじゃなく『来ない』ことの方が重要なんだ、今の問題は」
確かに。
「う~ん……窓のないどこかの地下とか? それか電車……」
「じゃあ、なんでそんな所にいるのか、って話だよね」
「ケータイと一緒に、お財布も落としちゃったとか? それだと公衆電話も使えないわ」
「で、一時間どこを歩き回ってるって?」
「う~ん」
待ち合わせ場所は伝えているはずだ。
「いずれにせよ、連絡ない要因にケータイ落とした可能性は高いかもね。普通、番号なんて覚えられないし」
「え?」
「え?」
お互い、顔を見あわせる。
「覚えてるけど? カレンは070xxxxで部長は090xxxx、巴ちゃんは……」
「いや、あのさぁっ!? なんでそんなの記憶できんの?」
「普通じゃないの?」
カレンはおかしなことをいうものだなぁ、とキョトンとした目で大子は見つめる。
「……まあ、いいや。じゃ、福子も暗記できてる筈だなぁ。交番とか、何だったらどこかの民家に貸してって頼めるよね」
「非常事態ならできなくもないけど。何でもないのにそんな図々しいことはできないなぁ」
「可愛い子ってのは何かと得する物なんだよ。利用しようよ」
「ヤだなぁ」
「って、そんな話じゃないや、今は。う~ん、ますますそうなると、わかんないなぁ。……やっぱ誘拐?」
なんですぐ誘拐に話を持って行くのよ……。そもそも開口一番、「ケータイ落とした?」じゃなくて「誘拐?」だったじゃないの、カレンは……。
「だったら、犯人から連絡ぐらいあっても良さそうよ?」
「……しかし、営利誘拐ならまだ良いけど」
「良いわけないじゃない。……けど?」
「……違う目的とか」
「……ど、どんな?」
「だってホラ、キミら可愛いじゃない」
「ヤだなぁ~、そーゆーの、想像もしたくないなぁ!」
まあ、幾ら何でも、誘拐だけはないわ。
ちょっとそれは、非現実的すぎる……。大子はそう思う。そう思いたい。
ふっと思い立って、大子は懐から再びケータイを取り出す。
「これと同じ機種を福子さんも持ってるんだけど、ほら、この機種だと、フタを閉めてても脇のボタン長押しで簡単にオフにできるのね。うっかりオフにしたままも考えられるけど……」
「ん、ちょっと待って、これ……GPSついてるじゃん! そりゃそうだ、普段ガラケーぜんぜん使わないから失念してたわ!」
「がらけー? GPS……っていうと、えーと」
「常識じゃん。知らない? Global Positioning System、衛星を利用して、位置情報を得る機能。旧機種ならともかく、今なら大抵のケータイについてるよね、これ。カーナビとか、子供やお年寄りの位置を正確に掴むとかさ。え~っと」
カレンは小型のパソコンのような物を取り出し、カチャカチャっと検索する。
「ビンゴだ! この機種のサービスだと位置情報完全把握可能じゃん! あ~、これなら一発だわ! どこに居ても即、居場所もわかるよ! よっしゃー!」
「……えーと、それ、どうやって?」
「……ん」
カレンは考え込む。
「……知らない、っていってたよね今」
「そんな機能があるなんて、今、はじめて知ったわ」
「……ケータイ買ったらさ、ふつー、マニュアル読まない?」
「読んだことない。っていうか、あんな厚いのどこを読んで良いかわからないから、使い方ガイドの用紙一枚読むくらいだなぁ」
「普通は読むって! しんじらんない!」
「それ、普通なの……?」
「……てことは、GPSナビの契約……」
「しらない」
「とほほ」
がくぅっと、カレンは肩を落とす。
「……事前に登録しておけば、他のケータイやパソコンで即、位置がわかるんだけどなぁ~」
「それ、今から契約できないの?」
「本人のケータイからじゃないと、無理じゃん」
一発で、話は振り出しに戻ってしまった。
……いずれにせよ、電源を切っているなら、GPSでも把握はできないか。そう考えれば、今のアイディアだって的外れではあるのだろう、とカレンも気付く。
再び、腕組みして二人は考え込む。
「……便利っていうなら、もう一つあるわ」
「なに?」
「巴ちゃん」
「いや、何かあったらすぐ巴を頼るのはよくない!」
ぴしゃりと手を伸ばし、カレンは抗議した。
この前の件が、よっぽどこたえたのだろう。
「でも、私たちが何をどう考えても……」
「巴を巻き込んでも同じだよ。これじゃ、あんまりにも情報がなさすぎる。やたら余計な心配を広めるだけだし。それに、福子にしたって、いつフラっと現れるか、わかんないじゃない?」
「う~ん……」
「探すのに人手が欲しいなら、むしろ部長たちだなぁ。バスのタイミング次第だけど、連絡すれば20分以内には来るよ」
「だからといって、部長を呼んでも……」
ケータイの画面を眺めながらため息をつく。
と、その時。着メロが響いた。
「あ、なんだ。連絡来たじゃない」
「……福子さんじゃないわ、これ」
「誰?」
「……それが」
通話ボタンを押し、耳にあてがう。
「もしもし、大子ですけど……」
誰だよ、とせっつくカレンが、反対側から無理に耳を押し付ける。
『ああ、大子先輩。そちらに福子先輩はいらっしゃいます?』
「……いないけど。っていうか、探しているの。もう一時間近く行方不明で」
おい、それ! と、声を出さずに口をパクパクさせながらカレンが目を見開いている。
それもそのはずだ。一体、どうして……?
『そうですか……ああ、なるほど』
「いや、あなたが分かっても私にはわからないわ! 巴ちゃん、説明してくれない?」
『え~と、話せば長くなるっていうか、一刻一秒を争うので……すみません、後でまた連絡します! それと……福子先輩の電話、もう通じると思います』
「え?」
『ただ、その電話は今、見知らぬお婆さんが持っていますけど。お婆さん、電車内では電源を切る癖をつけていたみたいです。今はO市の駅にいて……あ、切りますね。また後で!』
プツン。
「……なんで、巴がっ!?」
「こっちが聞きたいわよ!」
一体、どういうことなんだろうか? とにかく、今の話が本当なら、一度福子の電話に連絡をいれてみるべきだ。
操作すべく指を置こうとしたその瞬間、またベルが鳴った。
「今度は、誰!?」
「……ぜんぜん知らない番号」
一体、何がどうなっているのか? このコールは、一体誰からだろうか?
大子はケータイの通話ボタンを押す。
「はい、もしもし──」
「誰から?」
せっつくように、小声でカレンが横からささやく。
「……切れてる」
「なんで?」
なんでっていわれても。今の番号にリダイアルをする。
不通のアナウンスが流れる。
「……電源切ってるみたい」
用心のためにメモリーに登録。
「ん~、お婆さんがどうのこうのいってたね。じゃあ今、何かの理由で、福子はそのお婆さんにケータイを渡して……どこに行ってるって?」
「さあ……そのお婆さんと一緒には居ないって話よね、それは。一応かけてみる」
福子のケータイに電話をかける。呼び出し音が流れた。
『あーぃもしもし、太一かぃね? ああ、違うた、違うた、この電話なぁワシんじゃぁなかったわいね、アッハッハ』
確かに、見知らぬお婆さんの声だ。
「ええっと、すみません、一体どういうことなんでしょうか? そのケータイは……」
『あぁ、その声は今朝の娘さんじゃね? やァ、スマンかったねェ、お婆ちゃん、頭ボケよってじゃけェ、アッハッハ』
今朝?
……ということは、福子と会ったのだろう。大子とカレンは目配せする。
『ケータイ間違ぅて持ってってしもうてねェ、ほいで、さっきの子ォが、そこで動かんで待っとってくださいいぃよってじゃけえ、しかし、どんよーなにしたもんかいねぇ』
さっきの子?
ケータイを間違えて持って行ったというのも、普通考えにくい話だけど。
「さっきの子って、きっと巴だね。そうか、お婆さんが福子のケータイで、アドレス帳から短縮でかけたら、巴に繋がったってわけか」
ケータイの裏側から、ぴたっと耳をくっつけていたカレンがつぶやく。
「じゃあ、福子はお婆さんのケータイと取り違えて……で、今どこに?」
「えーと、もしもし? お婆さん、今はO市ですよね?」
隣の県だ。
『ウンー、O駅よね。ヘソクリあんまないけぇ、鈍行でコッソリな、アッハハ。まーこっからローカル線で山奥ンほう行くんじゃけどね、ハンコ取りにいかにゃーイケンけぇ。ほぃで、どの番号のるんかわからんようなってなァ、ハッハッハ。まー駅員さんに聞きゃー、ええがいにしてくれる思うんじゃけどね、ほでも、太一と待ち合わせるコトにしょったけぇ、どげなぁにしょーかいねえ、と』
それで巴が何かを急いでいたのだろうか?
……それにしても。
幾ら何でも、見ず知らずのお婆さんを追って、わざわざ隣の県まで行く?
「あの、さっきお婆さんと話してた子は、何ていってました?」
巴がどう考え、何をするつもりなのか──それが今は一番のヒントかも知れない。
『んー、なんかねえ、ケータイ届けてくれるーいうてね、そこで動かんと待っとってくれーって』
うわっ、本当にお婆さんを追って!?
『どっちゃにしても、太一と連絡とれなんだら意味なーけぇ。ワシャもうちょっと駅におるよウン』
「そうですか。……えーっと、太一さんって、息子さんですか?」
『うんー。まあ、二十年も姿みせんで、ろくでもない息子じゃけどね。それでもまぁ、生きとったーゆうんは嬉しいもんよねえ、うん』
何か複雑な事情もありそうだ。
「わかりました。それでは……電話、はやく届くと良いですね」
『そうねえ、ホンマ、ありがとぉねェ』
ここで一端、電話を切った。
「……ふぅ」
「なんか、めっちゃめちゃな状態だねえ。O駅っていうと、県庁所在地の所の大きな駅だよね。あそこなら、ローカル線で奥地とか、山陰側とか、瀬戸大橋で四国とか、各方面に繋がってるかな」
正直、大子には何がどうなっているか、何故そうなったのかが、いまだに理解できない。
だいたい、何故、巴が……?
「とにかく、自分のケータイ番号ならわかってるわよね。もうお婆さんと通じるなら、福子さんなら連絡取れてると思うな」
「だったら、時間の問題で解決……かな?」
「うん、たぶん……」
「でも今のお婆さん、一言も福子と電話で話したなんていってないよ? それどころか、大子に向かって『今朝の娘さん』って」
「あ」
「つまり……お婆さんと福子は、まだ連絡とれてない訳だ」
「……なら、巴ちゃんはどうして『電話を届ける』なんていったの?」
「お婆さんも巴も、福子の行き先を知らないって話だよね。一体どこに……?」
「知らなくても、でも『届ける』っていったからには、巴ちゃんにはアテがあるわけよね?」
「そこも謎なんだよなぁ」
さっきの電話まで、巴は福子の居場所を知らなかった筈。
――そちらに福子先輩はいらっしゃいます?
巴の開口一番が、この言葉だったのだから。
今だって知らない……いや、「なるほど」って、何かわかったようなことをいってたからには、巴にはもう、掴めているのだろうか?
「う~ん」
二人一緒に考え込む。謎だ。
それに、そうまでして急いで向かわなければならない事情って何だろうか?
妙な胸騒ぎと、あせりだけが高まってゆく。一体、福子は……?
★
──その、少し前のこと。
宝堂福子は、駅の構内をざっと眺め、公衆電話を探していた。モバイル端末の所持が当たり前になった世の中では、なかなか公衆電話も見あたらない。
そもそも、毎日通っている駅ですら、どこに設置してあるのか、すぐには思い出せなかったのだから。
こういった時に役に立たない「記憶力」の特技に、何の意味があるのだろうか、と苦笑もする。なにしろ、「意識して記憶」しない限り、覚えられないのだから。
さあ……どうしよう?
手元の、お婆さんのケータイは、さすがに何度も勝手に使うわけにはいかない。
「せめて大子姉様とカレンに、ちゃんと連絡ぐらいは入れないと……」
反対側のホームの売店に緑電話が見えた。階段へと歩を進める。
不意に、ケータイが鳴った。
……どうしよう? 出るべきか、出ないでいるか。かといって、放置もできないし。
「はい、ええっと、すみません、この電話は……」
『おや、タツヨさんじゃありませんね?』
落ち着いた、大人の男性の声だ。
「ええと、タツヨさんって、お婆さんですよね。すみません、今、このケータイは私が預かっていて……」
『おや? では、今タツヨさんはどこに?』
もうじき来ます、と答えるべきだろうか。少し、嫌な予感がした。
「ええっと……もしかして、太一さんですか?」
お婆さんがホームへの行き道、口にしていた名前だ。確か『太一に会う』といっていた。
『ええ、ええそうです、母にね、二〇年ぶりに会うんですよ』
「そうですか……」
『ええっと、ああ本当だ。どうして君みたいな女の子が、タツヨさんのケータイを持ってここに来ているのか、大変興味深いですね』
トンっと、背中に誰かが当たった。
「あっ、失礼。ごめんなさ……」
『いえいえ』
耳元の声と、目の前の男性の声が、軽い遅延と共にハモった。
年齢は四、五十代だろうか。中年――という感じではない。痩せて、上等なスーツを着た実年男性……なのに、雰囲気が少し不気味だ。
両脇に、大柄の男性を二人連れている。見た感じ、怖い雰囲気だ。
「ええっと……」
「ほら、この声。君ですね」
両脇にがっちりと、大人に挟まれる。足がすこし震える。
「君の位置はホラ、このGPSの機能でね。こうやって通話可能な状態になっていれば、位置情報もわかるんです。ええっと……おかしいな。君がタツヨさんの代理……とは思えないし、美佐の所に孫娘がいるとは聞いてないな。書面も持っていないようだし」
「な、何のことでしょう?」
ケータイを、背後のサコッシュに収め直すふりをして、相手に見えないよう、後ろ手で素早く番号を押す。
こちらの番号だけでも伝えておけば──。気付いて!
通信音を確認と同時にカバーを閉じる。
「ちょっと……来てくれるかな? それと、ケータイの電源を切ってね」
背筋に汗が流れているのを、福子は感じる。
もしかして、自分はここで、誘拐されてしまうのだろうか……?
(後編につづく)




