第十七話『愛と死と』(前編・その5)
「だからね、その文面がそもそもおかしいって思うの。こんな時代がかった、ブンガクな書き方を日常でするわけないじゃない。ブンガクっていったら『愛』とか『死』とか、そんなのばっかりだよね。ないってば、日常で。それで、何かを書き写したってことならさ、じゃあ何で今度はそう『何度か書き直した』痕跡があるのかな?」
「そりゃそーだ。そーだけど、となると……う~ん、わっかんねェなぁ?」
そういって、ミキも腕を組んで考え込む。
「でしょでしょ? ワっカンナイんだよ~! う~ん……」
私も真似をして腕組みで考え込む。
「いや、二人してワカンネーワカンネーいってたら話進まねーだろ! ん……あ、そうだよ! もしかすると、」
もしかすると、何?
「つまり修正の痕跡、これって、何かを見て、目視して写したワケじゃないってことだけど、それってつまりお姉ちゃんの頭ン中から出てきたワードって話だろう?」
う~ん、だから、そーゆー文学っぽいコト書くような人じゃないんだけどな~。
「だから、うろ覚えの記憶ン中から思い出しながら、ってコトかもよ? それか、何度かエラー・アンド・リトライで別媒体から『文字に直す』作業を必要した、とかさ」
あ、そっちの方ならあるかも。
あるかも?
「何かさ、例えば、お気に入りのバンドの歌詞を書きとめたとか」
耳コピ? もしくは、脳コピ。うろ覚えで思い出しながらの。ああ、なるほど。
それなら、何度か書き間違えたり、書き直したりって意味もわかる。
わかるけど。
「いやでも、最近こんな文学臭のする歌詞のバンドって、あったかなぁ? インディーズなら、もしかするとあるのかもしれないけど……それか、演歌」
「さすがに演歌はないなァ、う~ん」
「マニアックなミュージシャンのファンとも思えないしなぁ。べつに部屋にポスターとか貼ってないし」
二人して頭を抱え込む。
わからない。
その時、扉の開く音がした。
振り向くと、かなり目立つ、赤々とした髪がにゅっと高い位置にみえる。
カレンだ!
すらりと背が高くって、鮮やかな赤毛の、クォーターアイリッシュ、クォーターイタリアンでハーフジャパニーズの女の子。
モデルとして通用しそうな容姿で、ケミカルにもエレクトロニクスにもめっぽう強い、こんな強烈な個性の子ってさすがにそうそういないと思う。
同い年だけど、私は彼女にかなり憧れているトコがある。
「おお、丁度良いところに探偵が来た」
「まじでまじで。いや、待ってたのよー!」
ミキともども、カレンも帰省せずにこっちに残っていたみたいで、少しホっとした。
っていうか、そもそも帰省ってどこなんだろう? やっぱし外国?
肩にかるく積もった雪をパサパサっと手ではらい、黙ったままのカレンは、ツカツカっと無言で私に近付く。
いつもと、様子が違って見えた。
いつものカレンは、こんな深刻な顔をしていない。
もっと陽気で、ちょっと不敵で、軽く笑うか、鼻歌を口ずさむかの姿が、私のよく知るいつものカレン。
「……カレン、一体どうしたの?」
やっぱり、その様子のおかしさに少し、圧倒される。どうしたんだろう?
整った顔がずいっと私の前で固定された。身長差があるせいか、やや前かがみに、私に視線を近づけた。
メガネが湯気ですこし曇ってた。
「幸迦、あんたのお姉さんが……事故だか事件だか何だかわかんないけど、大ケガしたんだよ、どうする? 今からすぐ病院いく?」
えっ!?
「ちょ、あの。ど、どういうコト……!?」
なんで?
ど、どうして?
さすがにミキも目を丸くしていた。今の今まで、そのお姉さんの話をしていたんだから無理もないけど。で、でも……?
カレンは、電話連絡を受けた職員から頼まれて、私を探しに来たらしい。校内放送で呼び出すのを憚られたのか、私が理科室にしかいないって当たりをつけて、一直線で来たんだと思うけど。
確かに私は、家を出る時お母さんに「学校行ってくる」っていったけど……。
「カレン、どゆこったソレ? 状況くわしく話してくんない?」
何もいえず口をぱくぱくさせている私の横で、ミキがフォローに入ってくれた。
「状況そのものは私もまだ詳しくは知らないよ。連絡うけただけだから。でも、ざっと聞いたかぎり……ちょっと大変っぽい」
「え、大変っ……!?」
大変って。大けがって。あのっ。
「幸迦ん家、この近くだろ? 学校からそう遠くない丘の斜面、そこで発見されたんだ。一面の雪の中で……」
うそぅ? 今朝、顔をあわせたばかりなんだよ? ……顔を合わせづらくて、ちゃんと目もあわせなかったけど。私、あんな態度しちゃって、なのに、お、お姉ちゃん……。
「これ、気を確かに聞いてね。血を流して倒れてるのを、通りすがりの農家の人が発見したそうなんだ。幸い、今んとこ命に別状はない……と聞いてる。ちゃんとお医者さんの報告きかないと、何ともいえないけどね。とにかく、一歩間違えばヤバい所だったそうだ」
「……雪の中? ちょ、ちょっと待って、血を流す、って……!? 事故かなんかでそんなのって、ひき逃げか何か? それか、落石とか雪崩とか?」
や、やめてよ……もぉ!
「そこんとこ詳しくはまだ。ちょっと転んで鼻血だしたとか、そーゆー状況でもないらしい。結構な量の出血で……交通事故とかはありえない状況だそうだから、警察も当初は、刃物か何かでやられたのか、石か何かでアタマ割られたのか、毒物で血でも噴いたのか……ってそんな話を幸迦の前でやってどーするよ私っ! ああっゴメン! ええっと、どうしよ? すぐ病院いく?」
「……血……?」
手が、がくがく震えてるのが自分でもわかる。
サーっと自分の血の気が引いてるのがわかる。
お姉ちゃんが……?
今朝まで、ふつうにしていたのに?
どうして? 何故? わかんない。
「白い雪の中……血まみれだと?」
ミキは眉間にシワをよせて考え込んでいる。そりゃそうだよ、それって……、
「ああ。あと、傍らに何かの小瓶が……」
「何だって!?」
薬の壜を手にこの白い雪の中
二人はどこまでも歩んでゆく。
「ああ、だから毒物とか素っ頓狂なコトいったのか。待ってよ。一人だけ? 心中とかじゃないの?」
「……何だよそれ。わかんないけど、一人のはず。雪の上には、姉さんの他に足跡はないって。でも……どうなんだろ。状況からすると、第三者がいなきゃウソじゃないかって感じだよ。他の誰かが──」
「だ、誰かって……誰よ?」
これはふたりの赤い糸。
白い粉雪にうかぶ赤の絆。
「知らない。ただ、現場にはかなりの血の……おい、幸迦! どうした? しっかり!」
蒼白な顔面のまま、私は、そこで倒れ込んだ。
意識が遠のいて行くのを、感じる。
そしてミキの、ウムムと考え込むうなり声だけが耳に残って、たぶん……
──私は、気を、失った。
(後編につづく)




