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聖学少女探偵舎 ~Web Novel Edition~  作者: 永河 光
第二部・幾星霜、流る涯 Once Upon A Long Ago
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第十七話『愛と死と』(前編・その4)

挿絵(By みてみん)


「で、その裏から重なった部分なの。七〇%ってこれ、普通だと思う?」

「……ん。どうだろ。そこは別に……いや、重なり過ぎ、かな? それこそ、さっきいった絵とかなら、トレスってのはわかるけど」

「そしてトレスにしては『重ならなすぎ』だよね。だから下書き……って、考えるべき、なのかな? って、思って」


 次に、凹凸の線にそって斜光を当ててコントラストを高めた画像のプリントアウトを出してみる。


「同系の文字が幾つか、ブレながら書かれた痕跡があるの。ちょっと判別は不能だけど、何か書かれてたことだけはわかるよ」

「よくこんなのチェックするなぁ、おい!」

「だって、クリスマスにせっかく顕微鏡とセットのデジカメ買って貰ったんだしさぁ。使わないとソンじゃない?」


 まー今回は顕微鏡の出番はほとんど無くて、拡大鏡接写と光源の自在反射くらいしか使えてないけど、まあわりと万能で優秀なおもちゃ。


「だから、ふつーそんなの貰って喜ぶ女いねーっつーの」

「なんでー!? ミキだってこーゆーの貰ったら嬉しいでしょ?」

「うん。いや、私やお前を基準にすんな!」


 なんでよ。私って、絵に描いたような「普通の子」じゃないの。


「ま、それは置いといて。ケバをチェックすると、ケシゴムで消した跡もあるのね、ノートパッドで最低でも二回は書き直した痕跡が見える点。この修正箇所の文字は面で圧迫されてるから、裏うつりはむしろ少ないほうだけど、これも重要だと思うの」

「となると……どうなんだろ、それ。文章整形って観点だと、トレスを前提として正誤の処理をしてるって話になんね」

「そそ、システマチックなのよ。そういう方面で考えるとね、わりと『お姉さんらしい』なって思える点、あるんだけどね」


 左手で書いてる点も、罫線を新たに引かないで並列に文字を均等に揃えたい、という判断かもしれない。そうなると、文意そのものより文字の位置、対応、そういった数学的観点で書かれているんじゃないか、って。


「お前のねーちゃん変わってんな!」

「だから、それ最初っからいってるじゃないのよ。今更なにいってんの」

「いってねえよ! 普通普通ずっといってんじゃんよ! つけ加えるならチカだってカケラも普通じゃねえよ。わかった。変人姉妹だ」

「え~~~~!?」


 そんなことないけどなぁ。


「でも、どうなんだろな。もひとつ、ごく単純かつ納得のいく考え方もあるんじゃね?」

「なによ。これだけちょっと意味わかんない前提で、納得できる回答、あるのかなぁ」

「これってさ、ようは誤脱字チェック前に文字の並びを見た、いわゆる文字()()ってことなんじゃね? どーよ」

「あぁ! そうかも。それかも。なるほど、レイアウトチェックかー」


 こういった「分析」って話になると、ミキだって飲み込みも早い。科学的根拠を出されるとミキも乗らざるを得ないかんじ。

 それにまあ、今みたいに頭だって回る子なんだ。だいたいバカなことばっか口にして、いつも(かたく)なにふざけてる子なんだけど。


「で、まあ問題は文意か。確かに、そもそもガチで遺書なら書き損じを丸めてこんな風に捨てるとも思えないしさ。こんな切れっぱしにエンピツ書きじゃ、メモか何かの下書き、チェックって考えた方が……まあでも、これ単体で完結ってことはないよな。本文は? それこそブンガク賞かもしんないけど、」

「ないない」


 あっさりいい切ってみる。


「いや、だからさぁ。チカの姉ちゃんがどんな人かなんて、こっちには何もわかんないんだし。チカだけで勝手に納得してても意味ないじゃんさー」

「ん~」


 お姉ちゃんは、高校生で、成績もまずまず。見た目も普通め(幸迦の方が可愛い、と両親も周囲も姉さえも口にするけども、さすがにそれを自分の口からはいえないし)、そもそも恋人のいるような気配もまるっきりない人で、え~っと。


「ミシェールとは違う共学の高校に通ってるけど……」

「家、近いのに? 学力足りないわけでもないんでしょ? チカなんて理科以外はじゅうぶんバカなんだし」

「うん。いやバカは余計。進学校のF市の高校に行ってて。ホントはH市内のH大附属に行きたいっていってたけど、片道で一時間以上かかるじゃない」

「この学校だって片道一時間以上かけて通ってる子、結構いるよ」

「そうだけど、親が反対しちゃってさ。そんなの毎日じゃ、疲れに行くようなもんだからダメだって。まして寮とかに一人暮らしで目が届かないのも良くないって」

「ンなこといわれたら、寮生の私らなんかどうすんだよ」

「ソレ私にゆってもー」


 まあ、妥協点ってことで、片道二〇分ほどで通えるF市の高校に進んだんだけど、でもそれだったらミシェールでも良かったんじゃないかな、って正直思う。現に、中学まではお姉ちゃんもミシェールだったんだし。


「だいたい、ミシェールだって進学に関してならそー悪くない学校だろ? 殆ど持ちあがりだから目立たないけど、他校への志願者はほぼ希望通りのトコに合格してるよ」

「まーそれは学校よりも個人の力って所だからねぇ」


 進学重視の中高一貫校だと、だいたい五年かけて六年ぶんのカリキュラムを詰め込んで、残り一年でみっちり受験対策の指導を行うのが常らしいけど、ミシェールは基本、普通の授業を普通通りにやっているだけだと思う。

 普通だけど、まあ丁寧で、ようは落ちこぼれる子をなるたけ出さないような指導をやってるから、進学の面でもたぶん優秀なんだ。


「そりゃそうだけど。ん、お姉さんってガリ勉ってタイプ?」

「そうでもないけど、まあまじめっていうか、勉強くらいしか趣味がない感じで……だから、ブンガクっぽい本とか読んでないんだよね。そんなの読むなら参考書って感じ」


 でも、べつに堅苦しいって感じでもないし。何なんだろう、う~ん。

 真面目は真面目だけど、すごーく穏やかな人。

 私には優しくって、良いお姉さんだけど、私みたいにアルコールランプみたくパーッと火がついてワーっと加熱するタイプとは違うかな。

 喩えるなら、触媒反応みたいに、ぽわっと暖かくて、ゆるやかな感じ。


「えらくまた次期科学部部長っぽい形容だな。う~ん、その、お姉さんの学校での様子なんかは、わかる?」


 意味的解釈の分析に入ってきたか。

 でも、そーゆーのってアレでしょ、プロファイル。ミキにわかるのかなぁ。


「学校の話はほとんど家でしないなぁ。部活もやってないし」

「塾や予備校に通ってるってことは? 知らない所で知らない交流があればさ、色々と違うもんだよ」

「それはない。ああ、家庭教師の先生はいるけど。H大生のお兄さんで、あ~最近だと私も教えてもらってるかな」

「憧れの人って感じ?」

「ゼンゼン。面白いお兄さんだけど、失敗した波田陽区みたいな顔。ちょっとエッチなこといったりするけど、悪い人じゃないからまあ、ひっぱたく程度で不問にしてる」

「また強烈だな、ソレ。やめさせちまえよ。ていうか、そもそも波田陽区が失敗ヅラじゃねえか。あれ以上どう失敗するんだよオイ。逆に見てみたいよ。ん~、そうなると、恋文って感じでもなさそうだなぁ。いやいやいや、わかんねーぞ学校、共学なんだし」

「わかんないかな?」

「家族にだってホントのこというもんか。こと、色恋ってモンが絡むとさー」

「……ミキがそんなこといってもサッパリ説得力ない!」

「ぶち殺すぞこのやろう」

「……色恋、からんでるかなぁ?」

「ワカンネ。まああくまで『題材』は、だけどさ、この文面みる限りは」


 まあ、確かに。

 この内容は、普通に考えたらまちがいなく「心中物」なんだろうけど。

 だからこそ、余計におかしいと思うんだ。





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