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聖学少女探偵舎 ~Web Novel Edition~  作者: 永河 光
第二部・幾星霜、流る涯 Once Upon A Long Ago
156/272

第十七話『愛と死と』(前編・その2)

挿絵(By みてみん)


「で、これの何がヘンだって?」


 ほら、ミキは思った通りの反応をする。


「んーと、今朝なんだけど、ホラ正月でゴミ収集こなかったでしょ? だから溜まっててね、それで、たまたま今日の初ゴミ出しの時にさ、野良猫がバリバリひっちゃぶいてたのよね、ゴミ袋。んで、コラー! って追い回してたら私の持ってた袋もこう、破れてバサバサ~って、」

「話をもうちょっとまとめてから喋れ。何の話だよ!」

「だーからーぁ、その時に、可燃ゴミの袋が破けて、あわてて拾い集めてたら、その時にその……これがぁ」

「おめーホント、論理的に筋道たてて話すんの苦手だなァ! ようはアレか、拾ったってことだろ? たったそれだけの話すんのになんでそこまで頭おかしくなれるんだよばかやろう。5H2Wってのを考えろよ。『誰が』『何、を~』『いつ』『どこ、で/に/へ)』『なぜ』『どのように』だよ。ハイ!」

「え? あ、はい。えーとわたしが。これを。今朝。ゴミすて場で。うっかり。そんなかんじに。拾ったのよ。あれ、ちゃんと最初の説明で説明できてるじゃん!」

「できてねーって! そんなカンジってどんなカンジだよ。うっかりって何のうっかりだよ。今朝っつったってまだ今現在も朝だよ。何時頃の朝だよ」

「新聞くる前だったから、五時頃かなー?」

「はええよ! おめーん家アタマおかしいんじゃねえの?」

「えー!? な、なんで~!?」


 えーっと。


 とにかく今朝に、ゴミすて場でこのメモを発見して、それから私は部屋に戻って、お姉ちゃんにそのことを訊こうかどうしようかさんざん迷って、結局訊けなかったんだ。

 気になって気になって、ご飯も少ししかノドを通らなかった。なんでそんなにそれが気になるか、っていうと、……だから、こんなのを書くようなお姉ちゃんじゃないから、ってのも大きいし、何か書かれてる語群が妙にショッキングだったから。


 私の家は、ミシェールからはそう遠くない。

 通いで、しかも徒歩で通学ができる子は、そう多くはないみたいで、私の知る限りでは中等部だと大福姉妹と私だけみたい。

 わからないことを抱えたまま、じっと家にいるのも何となくモヤモヤしてきて、うっかりそんなのを見ちゃった時点でお姉ちゃんと顔を合わせるのも気まずいし。幸い、朝食の後にはすぐ、お姉ちゃんは家を出ていったんだけど……。

 だから、煩悶して頭を抱えてあーでもないこーでもないって考えてても仕方がないから、制服に袖を通して、冬休みだっていうのに、こうして学校にすっ飛んで来たんだ。


「……ん~わかんねーや。あのさぁ、なんでこんなのが気になったワケ?」


 思ったとおり。

 ミキは、呆れたような顔で、鼻でフフンって笑うだけだし。


「だーからーぁ、う~ん、ミキじゃやっぱ、ダメかなぁって思ったけどダメだったな~。あーぁあ。せめて、カレンならなー」

「待て。待て待て待て。聞き捨てならねえ! だいたい、これの何が問題なんだよ?」

「何もおかしいって思わないの?」


 もう一度、ぐいっとメモを突き出す。


「あのね、私はお姉ちゃんがどんな性格の人なのかを、よ~っく知ってるのよ」

「だから、私ゃチカのお姉ちゃんのことなんてカケラも知らねーっつの!」

「……う~ん、何っていうかなぁ。文学とか文芸とか、そーゆーのとはカケラも、まったく、ゼンゼン無縁な人なの! まーじーでっ!」


 そう。


 うちの姉さんの本棚には、たぶん教科書と参考書しか並んでいない。

 文庫本の一冊も、マンガ本の一冊すらも置いてないの。

 雑誌にしたって、ファッションとか音楽の載ってる若者向けの総合誌みたいなのがたまーに何冊か転がってるくらいで、それすらバックナンバーなんて二ヶ月も置かずに捨ててるし、何かの読み物連載を楽しみにしてるようには、まったく見えない。


「ん~。……そんなこといってもなぁ、ぶっちゃけこんなの見て疑問を抱く方がどうかしてるんじゃないの?」

「あのさぁ……じゃあ、仮によ。これを書いていたのが、ミキやカレンだったら、どう思う?」

「んっ?」


 ここでやっと、ミキは眉間にシワをよせて考え込みはじめる。


「……ないな。うん。いや、私は私がどんな人間かをよーく知ってるし、まかり間違ってもこんなの書くわきゃないから、まあ最初っから除外項目だよ。理解の(らち)外だよ。だけどもし、これを『カレンが書いていた』とするなら……う~ん……」

「でしょ? でしょっ!? 考え込むでしょ」

「まず正気を疑うね。悪いモンでも食ったか、いや食い物でどうにかなるわきゃないから脳に異変をきたす何かを吸引、摂取したんじゃないかって心配が先だな」

「ひどいなぁ」


 あと粘膜からの経口摂取ってのもあるから食べ物説は否定できないけど。いや、そうじゃなくて。そっちに話を転がしてどうすんの。


「まあ、本人に突きつけてうりゃうりゃってからかう……のも、確かに(はばか)れるなァ。どゆこったよ、って訊くのに(ちゅう) (ちょ)する文面ではあるなぁ。見ちゃった方がわちゃぁ……ってなるというか赤面しちゃうっていうか」

「ああ、うん……そこまでいわないけど、見ちゃったコトを後悔するカンジ……?」

「まあ、なんつーの。春だしセンチメンタルに変容を起こしたとか何とか……」

「新春だけど春って季節じゃないし」

「わかっていってんだよ! う~ん……あのさぁ、チカの姉ちゃんって、ようは私とかカレンみたいなタイプなの?」

「冗談じゃないです。めっそうもない。ふざけないで下さい。うちの姉を何だと思ってるんですか、失敬な」

「このやろうてめぇ」

「ん~、だからまあ、べつにガチガチに石頭だとかそーゆーんじゃないし、極端に変わり者でもないけど、でも、性質的には同じくらい『これは、ない』ってタイプなの。まあ得意といえば数学が得意ってくらいで」

「何だ、チカん家って根っからの理系ってことじゃん、それ」

「ん~どうなんだろ。私、数学はどっちかっていうと苦手だし」

「なんで数学苦手で理科が得意なんだよ。おかしいよ。化学式とか物理法則とかめっちゃ数学じゃんよ」

「そーゆーのは好きだから得意なの。だいたいその辺、計算よりも暗記でイケるじゃない? 水兵リーベー僕の船、だよ」

「エッチでリッチな中井貴一か。海岸で腰でも振ってろって話だけど、いやそーゆー()()()はどうでもよくて。つか、それ覚えるのって高校でじゃん」

「ミキだって周期表とか全部覚えてるでしょ。好きこそものの上手なれ、だよー」

「だからホントおまえの話って脱線すんな」

「あ、はいはい」


 とにかくお姉ちゃんが「こんな文章を書く」ってことは、それこそミキやカレンや、あと私がこんなの書くくらいあり得ないの。


「ん~。でもさ、『()()』っていうことはもう『()()』わけじゃん、ここに。『()()』わけはないってこと。つまり、チカの知ってるお姉さんの姿が、そのお姉さんの全てってワケでもないってコトでしょ? これ、お姉さんの文字なのは間違いないんだ?」

「うん。買い物とかおつかいのメモで見慣れてるし。あのさぁ、だったら、そうしたらこのメモって何だと思う?」

「まあ、ふつーは遺書……かなぁ、この文面の内容なら……」


 うん。だから、そこで一番ドキっとして、聞くに聞けないところもあるの。

 考えすぎ、思い過ごしなら良いんだけど。


「っていうか、こんな文学的な遺書を書く姉じゃないですし。まじで」

「う~ん、どうなんだろ。ソレって思い込みかも……」


 うん、かもしれない。

 私は私が思っているほど、お姉ちゃんのことを知らないのかも知れない。

 でも、


「……ちょっと、思ったの。これって、ひょっとしたらもしかすると、何かの『暗号文』じゃないか、って」

「暗号? ハハッ……まさかー」

「でも、ブンガクっ気がからっきしのお姉ちゃんで、このメモってなると……そう考えてみてもおかしくはないかな、って」


 だから、()()()()()()()()()()()


 学校にさえ行けば、もしかしたらカレンたちがいるかも知れないって、そう思ったから。

 藁にもすがる思いで私はここに来たの。

 ……でも、さすがに事件でも何でもないのに(私にとっては大事件だけど)「これ、どう思う?」って相談はできないから、なるべく自然の会話の成り行きから、この話にもって行けるようにしたかったんだけど、……いや、あまり自然にはなっていないかも。

 どうだろう?





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